38. とある対策会議
それがどういうきっかけで始まったのか、私は知らない。
トラブル処理で夕飯時を過ぎてから帰ってきた私は、同期の護政官のシャーリー・ウィゼットに手を引かれ、食堂の長卓へと連れていかれた。
食欲を満たせないなら睡眠欲を満たしたいと思い始めていたので、その手招きは正直に言うと面倒だった。
とはいえ、断る気力も残っておらず、促されるまま長卓に座る。
「アルクセイ、これ食べて」
ミア先輩が私の前にパンを置いた。
「肉も食べて」
そう言ってシャーリーが焼いた肉を。
「野菜もね」
メーベルがサラダを。
「現実逃避用の酒も」
「安心の強めの奴だよ」
と、双子が。
「ちょっと」
「え、いらねぇの?」
「……いるけど……」
長卓に置かれた酒瓶を抱きしめる。
現実逃避は……、うん。今の私には必要だ。
これは寝る前に飲もう。
よくよく周りを見渡せば、なぜか王城住まいのジルやオーウェン、他の政官までもちらほらといた。
「何の集まり?」
「カンザキ対策会議」
隣に座るメーベルに小さな声で質問したら、思いがけない言葉に、私は思わず眉を顰めた。
「対策会議って……災害じゃあるまいし」
「仕事に悪影響が出ている時点で、災害でしょ」
ここ最近の私の業務を思い出す。
確かに災害だった。
返す言葉が見つからず、口をつぐんだ。
「酷すぎるよ」
向かいに座ったシャーリーが声を荒らげる。
その声に驚いて、私はそれ以上メーベルと話をするのをやめた。シャーリーを見ると、青く長い髪が怒りで揺れていた。
いつも朗らかで人懐っこい彼女が珍しく怒っている。
「彼女が王庁で働いているのって、聖女と断定されるまでは国庫を使うわけにはいかないからじゃん?なのに、任せられた仕事は二つ返事で請け負ってから人に押し付けて、自分の手柄だよ!?」
「業務を形式的に引き受けた上で、実務を他者へ不当に再委託」
その隣に座っていたミア先輩がにっこりと言い直した。
いつも穏やかに笑うミア先輩の笑顔が今日は何だか怖い。
「シャーリー護政官。感情的になると、ただの陰口大会よ」
「……すみません」
しゅるしゅるとシャーリーが萎んでいった。
「実害報告と把握、対策と対応を話すために集まっているのよ。……どうにも、局長が何度も上申してくださっているけれど、そのたびに握りつぶされているようだから」
ミア先輩は泰然とした態度を保っているけれど、シャーリーと同じように怒っているのは誰の目にも明らかだった。
「結局、彼女がやっているのは瘴気孔の鎮静業務のみ。……上には傭兵と同じく討伐数に応じた報奨金制に切り替えてもらいたいですね」
ま、そんなことするわけないか。とメーベルは小さく付け加えた。
「こちらはアンブロジオ騎士官が注意をしたと報告を受けているが、未だに騎士官への接触行為を続けている。……これは騎士団の威厳にも関わる話だ。市民に示しがつかない」
腕を組みながら話をするのは、魔法騎士団の第三騎士隊長だ。日に焼けた褐色の肌は健康的で、室内より晴れた空の下が似合う印象の人だ。キランの上司だ。
その隣に座る男性枢機官が頷いてから口を開く。
「……枢機会では、妙に会議へ出席したがります。議場からその都度、追い出しているのに、議場の外で情報を盗み聞きしているようで……彼女を支持する貴族派にかいつまんだ内容を面白おかしく流してしまうから、会議が増えてしまっています」
確か彼は先日西区への遊歩道設置を立案した枢機官。
二人とも、ミア先輩の同期だ。
親しげに三人で話している姿を何度も見かけていたので、彼らのことは覚えている。……最近は、カンザキがその輪に割って入っている光景が増えたが。
「ええ、貴族派も彼女を取り込もうと躍起になっています。中には同調している者も。仮とはいえ聖女ですから」
少し遠くに座っていたジルが口を開いた。
今日は珍しく眼鏡をかけている。ノーフレームのシンプルな眼鏡だけど、洗練されたデザインで高級なのが私にもわかる。とてもよく似合っているけれど、今はそれを言えるような雰囲気ではない。
「彼女の存在感が貴族派の中であまりにも大きくなってしまっています。先日の護衛騎士の変更が良い例でしょう」
「え?あれって、そんなに影響が大きいの?」
それまで黙っていたのに、つい口を挟んでしまった。
私としてはずっと腐れ縁と言っても過言ではないオーウェンとやっと離れられたのが嬉しくて、局長の執務室を出た後は鼻歌まで歌っちゃったのだ。
だってあの男は仕事中でも関係なく喧嘩を売ってきて、迷惑極まりなかった。カロンもうるさい方だが、うるさいの性質ってものが違う。
壁にもたれていたオーウェンが大きくため息を吐き、わかりやすく顔を歪ませた後、長卓へ近寄った。目の前のミア先輩まで苦笑いしている。
「いいか。政官に家柄や血筋は確かに関係ねぇけど、そういう目で見るやつがいないわけじゃない」
「そういう目?」
一体どういう意味か。
ていうか、こいつに言われるのは腹が立つ。
私の声色から、いつもの喧嘩の雰囲気を察したのかジルが話に割って入った。
「オーウェンの家は公爵家で父君は宰相でしょ?先日の辞令は、その息子を動かせるほどの権力が彼女にあるのだと示してしまったんだよ」
ジルのその表情はいつもより真面目だった。
この場にいる、貴族出身の政官たちも数人頷いていた。
——なるほど。
貴族社会に馴染みのない私にはそこまで考えが及ばなかった。
「まぁ、カロンを君の護衛騎士につけたのも結構配慮されているけどね」
「え、そうなの?」
どういうことかと首を傾げると、今度はカロンが身を乗り出した。
「アルクセイはさ、一応ドラスニール族のお姫さんなわけだろ?」
「厳密には違うけどね、別に跡を継ぐわけでもないし」
族長はその世代で一番強い人が選ばれる。族長の娘だからといってお姫様扱いされることはないし、されたこともない。
「そこら辺の内情は置いといても、傍からすりゃお前は誰もがビビる世界最強の戦闘民族で、その族長の娘なわけ」
カロンは私に人差し指を向けた。
こうも改めて言われると、申し訳なく思えてくる。
「んで、俺んちはお前んとこと同じ、神話から続く一族で四季神の眷属、トランディア四貴族の一角ウェッダーバン家。キランじゃなく俺なのは、俺が長子だから。俺はオーウェンより強くねぇから、ドラスニール族からすれば不満だろうが、格だけで言えば申し分ない」
そういえば、護衛騎士の辞令が最初に出た時、シェラウザ局長は『あちらも随分と悩んだようだな』と言っていた気がする。
いまさら、その本当の意味を理解した。
(そこまで気を遣われてると思わなかったな……)
思わず額を押さえた。
周りの人たちが私に対して普通に接してくれているから、気づかなかった。
「あの」
不意にシャーリーが手を挙げた。
会話の流れを窺っていたのか、おずおずとした様子だった。
私を含め、みんな彼女に注目した。
いつも読んで下さってありがとうございます。
アルクセイ視点に戻りました。
長くなったので一度区切ります。
共舎(宿舎)にいる人間は市民出身と貴族の長子以外が主です。
三機間に入る貴族は基本的に跡取り以外なので、幼い頃から魔法学園や、貴族と市民の垣根が少ない学校にいれるなどして、そういった教育を施します。




