37. 春の式典とささくれ
今年も冬女神の季節が終わって、春女神の季節がそろそろやってくる。
護政官になって季節が一巡した。
王城の大広間。
前回の春女神の季節にここで叙任式をしたのが懐かしい。
今日は春の式典だ。
季節が移り変わるたびに、政官と貴族たちを王城に招いて、その功労を王様が労う日だ。そういった理由から、この日は政官も正装をする。
私も前回の春女神の季節にドレスを仕立てたけれど、ここ最近はサイズが変わってしまい、慌てて仕立て直した。
政官の証がついた懸章を肩から下げて、護政官の列に並び王様の話を聞く。
「再び季節は一巡した。それも目まぐるしいほどに。魔導具界は目覚ましい発展を遂げ、多くの人がその恩恵を得た」
叙任式の時の私だったらもっと素直に話を聞けたと思う。
でも今はそういう気分ではない。
背筋を伸ばしたまま、目の前に立つ同僚の後れ髪を数えていた。
「では、我が心よ、剣よ、手よ。そして国を支える民たちよ。その働きに感謝しよう。私の礼を受け取るが良い」
そう言って王笏で床を叩くと、途端に様相が変わった。
高い天井に張り巡らされていた梁はぐにゃりと形を変えて、豪華なシャンデリアに。照明は落とされ、壁の蝋燭に次々と火が灯った。どこからともなく、華麗な音楽が会場内に響き渡った。
侍従たちの手で、料理が長卓に運ばれていく。
酒も配られたけれど、このパーティーは純粋な労いの場ではないので、私は通りがかった侍従に返した。胃にも悪いし。
地方を治める領主やその次期跡取り、また市民でも功労者を招く。いわゆる社交の場でもある。
特に護政官は人との距離が近い立場だ。
しっかりと貴族同士の動きを観察し、市民たちとも交流をしなくてはいけない。
「きゃっ!」
周囲を見渡そうと、身体の向きを変えた時だった。
死角から誰かが飛び込んできて、私にぶつかった。
そしてガラスが割れる音。床を見ると、グラスの破片が散っていた。
次に顔を上げると、カンザキの悲壮な顔、そしてドレスには赤いシミがついていた。
一瞬、間をおいて、それが果実酒なのだと気づいた。
「ひどい……!」
「はい?」
何のことだかわからず、思わず首を傾げる。
それにしても、フリルがすごいドレスを着ている。布の塊に人が埋まっているみたいだ。重くないのかな、なんてどうでもいいことを考えてしまった。
「果実酒をかけるなんて……!アルクセイさん、私もう耐えられない……!!」
ああ、なるほど。
そこでやっと理解した。
周囲を見渡すと、皆の目が私たちへと向けられている。
カンザキは顔を上げると、フリルの重そうなドレスを引きずって、たまたま近くにいたらしいオーウェンに泣きついた。
「自分の居場所を奪われたと思っているかもしれないけれど……!こうなったのは当然の報いなの!」
「はぁ……当然の報いと仰いましても」
あ、ささくれ。
右手の中指にできたささくれをいじりながら面倒くさそうに返すと、カンザキはうわぁんと嗚咽を漏らし、両手で顔を覆った。
「あなたにたくさん意地悪を言われたり……、仕事のミスを隠蔽するよう、私に脅したり……!この前の瘴気孔の鎮静だって、私がやったのに、書類ではあなたがしたことになっていて……!」
「はぁ」
それはそうだ、書類に嘘を書いてはいけない。
「私がどんなに言っても、あなたは変わってくれなかった……!」
「変わったと思いますけど」
前回の春と比べると、心はこんなにやさぐれてる。
「でもっ……もう耐えられない……!この国の人のためにも……!だから罪を告白して償って……!」
たくさんの視線がじとりと突き刺さる。
「私……!あなたと友達になりたかったんだよ……!」
「いや、無理でしょう」
何言ってるんだか。
カンザキの言葉を切り捨てると、彼女はオーウェンの礼装用の騎士官服の裾を縋るように掴む。
オーウェンの金色の瞳を縁取る長い睫毛がゆったりと伏せられた。
その光景に笑ってしまいそうになるのを、ぐっと堪える。
「……アルクセイ護政官。何か弁明はありますか?」
ジルの冷ややかな声が大広間に広がる。
その手にはこの場には相応しくない魔導盤があった。
(ああ〜……面倒くさい)
この後の展開を予想して、心の中で盛大に舌打ちをする。
叶うことなら、今すぐにでも机の上に積み重なった書類の山を片付けたい。
目を細め、ささくれは諦めて手を下ろし、前を見据える。
「弁明。……ええ、もちろん。ありますよ、ね?」
(面倒くさいなぁ……学生の頃はあんなに楽しかったのに)
カンザキが目の前でさめざめと泣くこの断罪劇の原因を、私は多少の現実逃避も兼ねて思い返すことにした。
いつも読んでくださってありがとうございます。




