36. 押し付け
※カンザキ視点です。
寒くなってきた。
人が言うには冬女神の季節が来たんだって。
冬女神の性質は停滞と温存。だから無理をしてはいけないらしい。
聖女ってことで、瘴気孔の鎮静も任されてオーウェンと一緒に行っていたんだけど、最近は鎮静するのに時間がかかる。
前は、両手をかざせばすぐに鎮静できた。
『……瘴気孔はね、本来、神殿の神官が聖魔法を使ってもかなり時間がかかるのよ。鎮静魔導具も同じ』
最初の頃、短時間で鎮静を終わらせた私にミア先輩が言った。
でも今は日が傾くまで時間がかかっちゃう。
何かが変。
手のひらから溢れる白い光も、ここに来た時と比べるとだいぶ弱くなってる。
ピピッ
王庁から渡された測定魔導具が、瘴気の濃度を測り終えた音だ。
表示された数字を見て、安心して息を吐いた。
「……やっと終わった」
寒いのに、汗をかいてしまった。
額を拭う。手のひらが冷たいからちょうどよかった。
ちらりと背後を振り向くと、オーウェンは私ではなく、魔導盤を静かに叩いていた。
(やばい……魔法が使えなくなってきてる)
自分の手のひらを見る。
元いた世界よりもか弱くて華奢な手。
冬女神の季節だから、魔法が弱くなってきているんじゃない。
例えるなら、残り少ないマヨネーズを何とか絞り出そうとしているような感覚。
最初とは違う。
「……そうだ」
良いことを思いついた。
ここ最近、イケオジ枠に居させてあげていたシェラウザ局長は、やれ瘴気孔鎮静となると、すぐ私を指名してきていた。
おかげでこの仕事にも飽きてきたところだ。
♢
「シェラウザ局長〜〜……もうアルクセイ先輩が可哀想です。私の瘴気孔鎮静に同行させてあげられませんか?」
王庁に戻り、早速シェラウザ局長に頼んでみた。
みんながこの上目遣いが好きなのを私は知っている。
シェラウザ局長はいつものように難しい顔をした後、ちらりとアルクセイを見た。
アルクセイは机に向かって、今日もせっせと魔導盤を叩いてる。
食べる暇も惜しんで仕事をしているみたいで、残業で帰りも遅いらしい。
何だかやつれて、肌も青白い。
(このまま辞めてくれたら一番良いんだけど、仕事って生きるためにしてるんでしょ?)
それは可哀想だから、そこまでは追い詰めない。
シェラウザ局長が随分と悩んでいると、後ろから声がかかった。
「シェラウザ局長。私、ぜひ同行させて頂きたいです」
妙に殊勝。
笑みが抑えきれない。
本当に私の思う通りに動いてくれるんだから。
「ね、局長。アルクセイ先輩もこう仰ってるんですから」
良い子だから、先輩の腕を取って仲良しアピールをしてあげた。
シェラウザ局長は「お前がそう言うなら」と言った。
私、けっこう信頼されてるみたい。
(当然だよね、だって聖女だもん)
その日は王都の中央区の外れにある極小瘴気孔の鎮静だった。
アルクセイが一緒に来るということはつまり、護衛騎士のカロンも一緒。攻略キャラが二人も一緒なのは、好感度を上げるのも同時にできるから効率が良い。
(あれ?この二人ってここまで仲が悪かったっけ?)
オーウェンとアルクセイは一切、目を合わせようとはしなかった。
思い返せば、初めて話しかけた中庭の時も口喧嘩をしていた。護衛騎士の交換の時もアルクセイは嬉しそうだったし。
(気にしなくていっか。私の邪魔をしなければいいもん)
ただ、その間にいるカロンが妙に居心地が悪そうで、ちょっと面白かった。
私はオーウェンとカロンの間に入って、昨日王城で食べたデザートがおいしかったとか、王城にいるエマっていう女官が意地悪で困っているとか、色々と話をしてあげた。
二人は私の話を聞いてくれたけど、アルクセイは終始黙ったまま。
身の程を知って、大人しくしているみたい。今度、何かご褒美をあげないと。
目的地の森に到着する。
この瘴気孔の付近は、瘴気の影響で動物が魔獣になるらしい。
特に森は魔獣が潜むのに打ってつけだそうで、オーウェンとカロンは私たちより少し離れた場所で見張ってくれることになった。
瘴気孔はいろんな形をしている。
それは例えば井戸だったり、川縁の石積みの間だったり、木のウロだったり。
今回は兎の巣のような穴だった。
湿った嫌な空気が頬を撫でる。
私とアルクセイはその穴の周りに腰を下ろした。
「じゃあ、アルクセイさん。私、魔導具の使い方を知らないからさ?お手本にするからやってみてよ」
両手で頬杖をついて、オーウェンとカロンに聞こえないように声を潜め、向こうに座るアルクセイを見る。
頬がこけて、何だか貧相。惨め。
アルクセイはしばらく私を見つめた後、縦皺が目立つ唇を小さく動かした。
「いいですよ」
(うん、余計なことを言わなくて偉いじゃん)
笑っちゃう。
アルクセイは腰に下げた小さな鞄から、鎮静魔導具を取り出した。
それは屋根が尖った塔のような形をしていた。
ミア先輩が言うには最近普及した魔導具で、瘴気の濃度も測れるんだって。
アルクセイが先端のガラス玉に触れると、それが光り、塔の側面が一枚ずつ花のように開いていく。ミルク飴のような匂いが立ち込める。
開き切ると、中央にガラス玉がゆっくりと降りてきた。
アルクセイは一度、そこを覗き込むと、魔導盤に何かを記録した。たぶん、瘴気の濃度だろう。
宙でふわふわと浮いたそれは、回転しながら光を放つ。
徐々に瘴気が薄れていくのがわかる。
「ね〜ぇ〜〜、これ時間かかるんでしょお?なんか面白い話をしてよぉ」
このままどれくらい待てばいいかわからないなんて、つまらない。
本当はこの場を離れて遊びに行きたいけれど、そんなことをしたら魔力がなくなったことがバレちゃうからしない。
アルクセイは私を一度見上げて、再び魔導盤を見た。
片手でカタカタと何かを打ち込んだ。
「ないですよ、今仕事中ですし」
「つまんなぁい」
最近面白いことが何もない。
頑張って好感度は上げているはずなのに、イベントらしいイベントは起きない。
まだ何か間違えてるのかな。
「あ、もちろんこれ、私が鎮静したってことにしてくれるよね?」
「記録しておきますね」
「さすがアルクセイ先輩じゃん!頼りになる〜〜!」
魔法が使えなくなってきてるのがバレたら、きっとバッドエンドになっちゃうもん。アルクセイなら黙ってるから本当に助かる。
早く聖女って認められるのが一番なんだけど。
何が原因だろう。
「あ、そっか」
「?」
アルクセイが顔を上げる。
「ううん、何でもなぁい」
「……そうですか」
目の前の彼女は眉間に皺を寄せながら、今度は瘴気孔に目を向けた。
(だって、この子がいるってことは私、まだちゃんと成り代われてないってことでしょ?この子を消せば、もっと上手くいく)
カンザキ視点はここまでです。




