33. なんで?
「何で助けてくれなかったんだよ!」
昼休み。中庭にキランの悲痛な声が響いた。
メーベルと石造りのテーブルで食事を摂っていたら、ぞろぞろとジルが、そしてジルに用事があったオーウェンが、煙草を吸った帰りの双子が……と集まってきたのだ。
椅子に腰掛けるキランを前に、私は最後の一口を飲み込んだ。
「護政官が騎士官を助けていいの?」
護政官が『国の顔』なら、騎士官は『国の剣』だ。
「ダメだけど!でもあの子、王庁の預かりだよね!?監督責任はそっちだよね!?」
「私たち、か弱い新人なので、どうにも」
ねぇ?とメーベルが肩を竦めて私に視線を送る。全くもってその通りなので、私はうんうんとうなずいた。
現に私たち新人は守られており、主に先輩たちが彼女の対応をしているのが現状だ。それでも、先輩たちが頭を抱えているのを見るのは歯痒いものがある。
「だから、俺が助けたんだろ」
カップに入れた紅茶を飲みながら、オーウェンが気だるそうに言った。
キランは少しだけ顔を上げる。恨めしそうな目で腕の隙間からオーウェンを覗いた。
「隊長への報告付きでね」
「必要だったから」
「正論すぎて反論できない!」
不憫に思ったのか、ジルが「ほら、甘いものでも食べな」とポケットを探ると、飴やらチョコやら何やら甘いものが包まれたカラフルな包装紙がたくさん出てきた。
キランは「……もらう」と素直にその中から緑色の包みを選んで口に入れた。それまでキランの隣でゲラゲラと笑いながら聞いていたカロンが横から手を出して、包みを一つ取る。
「いつもこんなの持ち歩いてんの?」
「枢機官は頭を使うんだよ。甘いものを食べないと頭が回らない」
「毎日、会議ばっかりだもんなあ」
ジルは苦笑いを浮かべながら、自身も桃色の包みを取ると長い指で包装紙を剥がして口に入れた。
ふと何かを思い出したらしい。「そういえば」と切り出した。
「ヒューゲル枢機官だったかしら。あの人、アルクセイをカンザキと勘違いしてたわよ」
なるほど、あの人はそういう名前らしい。
メーベルは意外に顔が広い。
ジルは「あぁ、やっぱり」と答えた。
「アルクセイに誘われたって彼から聞いていたけど、どんなに話を聞いてもアルクセイじゃないなあって思ってたんだよね。君と彼女、背格好とか色々似てるからさ」
「えぇ〜……似てる?」
「見た目だけね。中身は似ても似つかないよ」
少し安心してしまった。
浅はかなことだと思うが、好意的に評価はされているのは素直に嬉しかった。
ただ、そんなに似てるのなら髪でも切った方がいいのかもしれない。人違いされるのは相手にも申し訳ないし。
髪の毛を指先で弄る。
「にしても、上はどうするつもりなんだろうな。ジルもオーウェンも、何か聞いてねぇの?」
頭の後ろで両腕を組みながら、カロンが軽い調子でオーウェンとジルに視線を送った。
確かに。
片や幹部候補、片や王族だ。何か聞かされていてもおかしくなさそうだ。
「さぁ?それより、そろそろ休憩終わるんじゃない?」
「だな。解散」
ジルが立ち上がり、それに続いてオーウェンも立ち上がった。
「いや、それおかしくない?」
思わずメーベルが突っ込んだ。
「だって、本当に時間だもの。俺、午後も仕事が盛りだくさんなんだよねぇ。ほら、君たちもでしょ?行かなくていいの?」
確かにジルの言う通りだった。
渋々立ち上がるが、メーベルの言う通りあからさますぎる。
オーウェンに視線を送るが、当人はだるそうに肩を回した。
「俺は午後から実地訓練。暇なのは只今をもって終了」
「あからさまじゃない?」
「気のせい。お前はとっとと加護調査の日程書類を回せ」
「期日はまだだけど」
「期日より早く出せよ、難しいのか?」
私だって仕事が盛りだくさんだ。簡単か難しいかで言うなら、難しい。
けれど正直に言えるわけがなく、何ならこの男の態度は相変わらず腹が立つので一発攻撃魔法でもぶちかまそうかと手を振り上げた時だった。
突然、死角から誰かに抱きつかれた。
その反動で少しよろけたが、両足で踏みとどまる。
腕に抱きついてきた人物、それはミコト・カンザキだった。
「アルクセイさんっ!」
丸い目が私を見つめる。
待って、私たちそんなに仲が良いわけでもなければ、これが初めて交わす交流だ。
みんなの視線が私と彼女に集まる。
戸惑っていると、カンザキは「あっごめんなさい!」と申し訳なさそうな態度で、この場にいるメーベル以外にぐるりと視線を向けた。
「私、ミコト・カンザキって言います!聖女ですっ」
突然の自己紹介が始まった。
誰も何も聞いていないのに。
「あ、うん」
カロンにとっても唐突すぎたのか、まさかの真顔で返事をした。
キランがスゥっとメーベルの後ろまで下がった。多分、メーベルの顔が魔除けの仮面みたいに彼女へ「あっちへ行け」オーラを放っていたからかもしれない。私もメーベルの後ろに行きたいけれど、カンザキは私の腕を掴んだまま離さない。
「……ごきげんよう、カンザキ護政官補助殿。どういったご用件ですか?我々、仕事に戻らなくてはいけないのであまり長居はできないのですが……」
身を屈めて恭しくジルが返す。
さすが、身のこなしが王族らしい。洗練されている。そして先ほどの聖女発言を無視している所が更に王族っぽい。いや、正真正銘の王族なんだけど。ついつい気安く接してしまうので忘れてしまう。
一方でカンザキはそんな言葉の裏には気づいていない様子で、ジルを見て頬を赤らめた後に、次はオーウェンへ視線を送った。
「あのぉ……その加護調査、私も一緒に連れて行ってくれませんか?」
その瞬間、身体の中ですっと冷えた何かが通ったのが分かった。
「聖女の私が行ったら、何かお役に立てると思うんです」
カンザキはしおらしく、ぎゅっと私の袖を掴んだ。
加護調査というのは、ミア先輩が私の仕事を信頼して頼んでくれた大事な仕事だ。
彼女は自分の仕事の合間を割いて、私に具体例と共に説明しながら、加護分布図の読み解き方と対応策を丁寧に教えてくれたのだ。
一朝一夕で請け負えるような簡単な仕事じゃない。
思わず拳に力が入る。
「……カンザキ護政官補助。業務に同行をしたいのならば、アンブロジオ騎士官ではなくシェラウザ局長へ申し出るべきです。加護調査の権限は王庁にあり、魔法騎士団にはありません」
我ながら冷たい言い方をしていると思う。
努力して、後から追い抜かされるならまだ分かる。けれど、横から掻っ攫っていかれるのは嫌だ。
(私の言い分は間違っていない、はず)
ここまで人に厳しく言うのは初めてで、心臓がバクバクと嫌な跳ね方をしているのがわかる。
「……私ぃ、アルクセイさんじゃなくてアンブロジオさんに聞いているんですけどぉ……。アルクセイさん、怖い……」
カンザキは悲しそうに視線を伏せる。掴んでいた腕を緩めていた。
(言いすぎたかも……)
もっと優しい言い方をするべきだったかもしれない。そう反省していると、カンザキは甘えるように上目遣いをした。
そして、私の手に触れたかと思うと途端に痛みが走った。
「っ!」
すぐに爪を立てられたと気づいた。
それも思い切り。
驚いて思わず腕を振り払うと、カンザキは「キャッ」と甲高い声をあげて、そのままオーウェンへとよろけていった。
「ごめんなさい、そこまで怒ることなんて思わなくて……ぐすっ」
「すみませんが」
オーウェンはカンザキを受け止めることもなく、一歩身を引いて彼女から離れた。その声がいつもより低く、聞いたことが無いくらい冷えていた。
「ロットー護政官からも言われたはずでは?騎士官は帯剣しておりますので、無闇に身体を触らないで頂きたい」
「あのおばさん……じゃなかった、えぇっとぉ……ろっとー?護政官。あの人、すっごく怖くてぇ……あんまり頭に入って来なくてぇ……」
「……ちゃんと頭に入れろ。騎士官への妨害になるって言ってんだろ。この国ではそれなりの罪になるんだよ」
「(オーウェンが、)」
手の痛みより、私は目の前の男に驚いていた。
オーウェンが、あのオーウェンが。
女の子相手に猫も被らずここまで強い態度を取っているなんて、今まで見たことがない。
そりゃ、私やメーベルみたいな異性の友人には雑に接しているけれど、ここまでの態度を取られたことはない。
他のみんなも同じことを思っているのか、驚いていた。
でもそれを態度には出さず、そして口を挟もうともしなかった。
出せなかった、というのが正しいかもしれない。……その位の気迫があった。
「や、やだぁ、こわぁ〜い……」
この期に及んで、カンザキはまだオーウェンに触れようと右手を伸ばすけれど、彼はため息を吐きながら、また一歩後へと下がり身を引いた。
「加護調査については」
そしてカンザキを見下ろす。オーウェンのその目には嫌悪感が満ちていた。
固唾を飲んで見守っていると、不意にジルに無言で手を取られた。
何か言葉を発するでもなく、カンザキに爪を立てられた場所を確認してから、氷魔法で冷やし始めた。
「アルクセイ護政官の言う通りです。どうしてもと言うなら、シェラウザ局長に進言してみては?私は仕事があるのでこれで」
オーウェンは一瞬だけ、私へと視線を向けたあと、踵を返し魔法騎士団への通路へ向かっていった。
その背中が遠くなってから、ジルはすぅっと目を細め、呆然としているカンザキを見下ろした。
口角が穏やかに上がっているが、その目は笑っていない。
「では、私たちも。仕事があるので失礼しますね」
彼もまた枢機官服の長い裾を翻し、双子達も珍しく静かに仕事へと戻っていった。
メーベルは「バカらしい」と小さく呟いて、背中を向けた。しばらくして、私もハッと我に返った。仕事に戻らなくてはいけない。
既に小さくなったメーベルの背中を追いかけようとした時だった。
「え」
カンザキが不意に声を漏らした。
私はその声に思わず立ち止まり、振り向いてしまった。
「何?」
彼女は両手をゆっくりと上げ、頭を抱えた。
「何で?何で何で何で何で何で何で何で何で、なっんっでぇっ!?」
まるで理解できないものに直面したかのように、カンザキは突然頭を掻きむしり始めた。あまりにも突然で異常にも見えるその行動に、私はその場に立ち竦んだ。
誰もいなくなった中庭にカンザキの声が残る。
「これが乙ゲーなら、ヒロイン補正でぜぇんぶ上手く行くはずでしょ?多少なりともルート選択のフラグくらい立つはずなんじゃないの!?なぁんんんでぇぇぇぇ!!??」
自傷にも感じるその行為を止めるべきか、自問自答を繰り返していた時だった。
「あ、そうか」
ぴたりとカンザキが止まった。
その両手の指の隙間には、掻き毟った時に抜けたのか毛がたくさん絡みついていた。
それまで背中を向けていたカンザキは急に私の方へ振り返ると、視線を私に合わせたまま突然近づいてきた。それも鼻と鼻が触れ合うかと思うくらいに。
「これ、成り代わりなんだ。私があんたに成り代われば、ヒロインになれる」
信じられないくらい強い力で、両腕を掴まれる。
カンザキの血走った目に何も言えずにいると、彼女はやっと理解したかのように笑った。
にたぁ、と。
そしてパッと離れると、まるで何も無かったかのように私から離れてその場で楽しそうにくるくると回った。
「あ〜すっきりした〜〜!夢小説でも定番だもんねぇ〜〜!!」
何を言っているのか分からないし、先ほどまでみんなと昼休憩を取っていたのがまるで嘘みたいだ。それ程までに、現実感がない。
唖然としている私に、カンザキはにっこりと笑いかけた。
「この世界は私のためにあるんだから、なるべく早く身を引いた方が良いよ」
そう言い残すと、カンザキはまるでスキップするかのように軽い足取りで王庁へと戻って行った。
ちゃんと地面があるのに、何故か足元が酷く不安定な気がした。
異文化交流でした。




