32. 仮聖女
彼女が来てから、シェラウザ局長の眉間の皺は深くなり、ロットー護政官はこめかみが震え、王庁内には様々なため息が溢れるようになった。
「わぁ〜!意外に筋肉あるんだね〜〜!!」
王庁のロビーに、場にそぐわない黄色い声が響き渡る。
「あれ、どう思う?」
来庁者が途絶えているからか、珍しくメーベルがカウンターに寄りかかっていた。姿勢を崩し、細い顎を上げて件の人物を指した。
そこには王庁の立番をしているキランにベタベタと触る少女……ミコト・カンザキがいた。長く黒い髪を揺らし、周囲の視線も気にせずにキランに話しかけている。
当のキランはというと、必死にこちらに視線を向けている。
「助けて!」と大声で、目で叫んでいる。器用だと思う。
「私も仕事で忙しいから自分で何とかしてほしいなあって思う」
「わかる。あの子、女は敵って態度じゃない?関わりたくないのよね」
書類を書きながら、ちらりと横目でメーベルを見ると、ここ数日のことを思い出したのか、口元が引き攣っていた。
(何ていうか……強烈なんだよなあ……)
キランの腕にしがみついてはしゃぐ仮聖女様。
ここ数日、彼女は凄かった。
とにかく凄かった。
『たぶん正ヒロイン?で転生したカンザキ・ミコト、十六歳ですぅ!ミコトって呼んでくださいね!よろしくお願いしますっ』
何を言っているのか、まったくわからなかった。
わかったのは、彼女の故郷では家名が先に来ることくらい。
あと名前と年齢。
これが朝礼にぶち込まれたのだ。目も覚める。
あのフェガート護政官が疲弊していた理由が、説明されるまでもなく理解できた。
彼女は自分を聖女だと確信しているらしいが、仮なのと身寄りがないので王庁で『護政官補助』として働くのだそうだ。
——ちなみに、それを知らされた時の反応も、なかなかだった。
『特別な役職が出てくる展開って、夢小説っぽーい!でもぉ原作知らないし、この世界って結構マイナージャンルなのかなぁ〜。それとも聖女だから乙ゲー?』
二回目になるが、何を言っているのかわからなかった。
一度、女性護政官が意味を聞こうとしたことがあった。
『あ?あぁ、いいのいいの。こっちの話だから〜』
彼女は男性の前とは違う、少し低くてだるそうな声で、鬱陶しそうに手のひらをひらひらと振ったのだ。
また別の日には、女性護政官が業務上の不備を指摘すると、彼女は舌打ちをしたうえに、わざと泣いてみせたり、男性に『怒られちゃった……』と擦り寄ったりしていた。あまりの変わりように、目を疑ったものだ。
どこぞの金髪男のようだったけれど、あいつは人を陥れようとか、そういうことはしない。
——悪質。
その言葉に尽きた。
みんな、彼女と関わるのをなるべく避けて仕事をしている。
「あ、オーウェンだ」
「あら、ほんと」
噂をすれば何とやら。
その隣にはロットー護政官。三機関合同会議に出席していたはずだ。
おそらくオーウェンも。さすが幹部候補様だ、妬ましい。
会議が終わったのだろう。二人とも書類を小脇に抱えて歩いていたが、騒がしい入口を見て足が止まった。
二人は二言三言、何か言葉を交わすとロットー護政官が眉間を押さえながら大きくため息を吐いた。少しして意を決したように、キランとカンザキのもとまで進み、何か注意をした。カンザキはあからさまに嫌そうな顔をしたけれど、そのすぐ後ろにいたオーウェンに気がつくと、もう目はずっとオーウェンに釘付けになっていた。
「わかりやす」
メーベルが半笑いを浮かべた。
私も心の中で手を合わせていたら、視界を塞ぐように、突如目の前が真っ白になった。顔を上げると、白い枢機官服をまとった男性が立っていた。
蜂蜜色の巻き毛が逆光で透けている。そばかすが印象的な人だ。名前は知らない。
「あのさ、この前の食事の約束についてなのだけど……」
「え、食事?はい?」
約束?まったく身に覚えがない。そもそもこの人とは話したこともないはずだ。
それまで照れくさそうにしていた枢機官は、途端に訝しむように私を見下ろした。
「それ、あの子じゃないですか?」
隣にいたメーベルが、今度は顎ではなく指で、入口の方を指し示す。
ロットー護政官の叱責をまったく聞いておらず、両手を組んでオーウェンをうっとり見るカンザキ、その傍らで酷く疲れた顔をしているキラン、そして目を合わせるつもりがないのか、書類を眺めるオーウェンがいた。
彼はしばらく考えた後、私を振り返ると「ごめん、人違いでした」と丁寧に謝罪をし、もう一度入口の光景を一瞥してから枢機会に続く通路へと向かっていった。
(……うそ、そんなに似てる?)
私は唖然としながら、その後ろ姿を見送った。
神崎美琴 16歳
異世界デビュー。
開設するだけしといた小説用のXアカウント、どう運用するか悩んでいたんですが、ちまちました設定を呟くことにしました。




