31. ランジェッタ村の聖女
騎士官が男の子のなりたい職業のひとつならば、護政官は女の子のなりたい職業のひとつらしい。
護政官の制服は紺色の布地に、胸元は白いインナーで覆われ、袖は袖口に近づくにつれ広がり、中から白い刺繍が施された薄い布地が控えめに揺れる。下は腰より少し高い位置のタイトスカートかパンツを用途に合わせて選ぶことができる。
国の顔らしく、品があって見栄えの良いデザイン。
加えて、ロットー護政官の教育のもと身だしなみを鍛えられる。
傍から見たらとても上品な仕事に見えるのだそうだ。
……もちろん、実際はそんなことはない。
「そうそう。枢機会から上がってきた施策案の書類は、次の会議に通すから不備を確認した後はここに魔力を絡めながらサインをしてね。魔力香が残ってサインした人の証明になるから」
机の上に広げられた数枚の書類。
今朝、要確認書類として積まれていたひとつだ。
ミア・コナーズ先輩の指導のもと、必要な項目に抜けが無いか、上から順に確認をしていく。
私の指先を眺めていた彼女は、何かに気づいたように「あら」と声をあげた。
「南区の歓楽街に公園?これは会議が荒れるわね」
「あの辺りって子どもの出入りってあるんですか?」
「あまりないけど、あそこには娼婦の子どもや、娼館が引き取っている孤児が住んでるわね。ただ、こういうのは順序立てないと市民の反感を買ってしまうのよ」
「……あ。計画実施予定日も責任者も記載がありません」
「と、なると?」
「不受理です。枢機会に返します」
「そう。枢機会も魔法騎士団も書類は雑なところがあるから気をつけてね」
思い出すのは双子から来た定期報告の書類だ。
中でもカロンは酷い。字は雑だし、空欄だらけ。
書類をまとめて、そばにあるラックへと重ねる。
「はい、じゃあ次は北区の第四極小瘴気孔の定期観測ね。今は王都の瘴気孔で測定方法と魔導具での鎮静化を覚えてもらって、ゆくゆくは王都の外に出張してもらうことになるわ。王都から距離が離れれば離れるほど、神殿の数は少なくなるから手が回らなくなるの」
「神殿に所属している神官も、ニルスから派遣されていて数は少ないんですよね……」
「そう。しかも優秀な神官はニルスにある巨大瘴気孔の鎮静維持のために外に出せないらしくてね……巨大瘴気孔の重要度はわかるけれど、もう少しニルスには人材育成に力を入れてもらいたいんだけど……」
ミア先輩の口から、物憂げなため息がこぼれた。彼女はそれに気づいて、すぐに背筋を伸ばして隣にいる私ににこりと笑いかけた。
ミア先輩は笑うと頬が丸く盛り上がるのでとても可愛い。
「アルクセイも随分、仕事に慣れてきたね」
「ミア先輩のおかげです」
めちゃくちゃな書類に対する不受理の仕方、王庁のロビーで「待ち時間が長い」と杖を振り回して怒鳴り散らす老人への穏やかな対処法、騎士団からの頻度の高い武器購入稟議書に対する抗議文の作成方法、王都で豊穣神の加護が乱れていると聞いて駆けつけたらただの供物不足だった時の管理不足の柔らかい指摘の仕方、その他たくさん。
決して華やかではない仕事の数々を、ミア先輩は懇切丁寧に教えてくれたのだ。
「そろそろ王都の加護調査にも出てもらうことになるわ」
「……それって、つまり」
「外回りになるから、護衛騎士と予定調整も必要になるわね」
「……」
うげ。思わず口が歪むのが、自分でもわかった。
ミア先輩は私の反応を見て、太めの眉を寄せて苦笑いを浮かべた。
「悪いことばかりじゃないから。私も、自分の護衛騎士にはよく助けてもらっているもの」
「わかっています、わかっているんですけど……」
相手があのオーウェンなのだ。別の人ならまだしも。
あいつと仕事をするなんて、上手くいくイメージが湧かない。帰ってくるたびに、必要以上に疲れることになりそうだ。
「みんな、集まってくれ」
会議から戻ってきたシェラウザ局長は片手の資料で肩を叩きながら、その大きな身体で机の間を縫うように歩いてきた。中央まで進んでくると、その眉間にいつもより深い皺が刻まれているのが見えた。
ミア先輩と共にシェラウザ局長のもとに集まる。
「あー……東部のランジェッタ村で、聖女が現れたという報告について知らせなくてはいけないことがある」
その村の名前は大ばあ様からよく聞いていた。私が生まれた村だ。
母の体調に合わせてその村に一時期滞在して、そして私を産んだのだそうだ。
今回はその村に聖女が出現した、と騒がれていたので調査が入った。縁のある土地だったので、自分の担当じゃないけど気になっていた。
まあ、聖女が出現したなんて話は、私が護政官になってからの短い間に何度もあった。
……詐欺紛いのものがほとんどだったけれど。
シェラウザ局長は珍しく言葉を探している様子で、後頭部を乱暴に掻きながら小さく唸った。
「結論から言おう。今回は可能性が非常に高い」
——非常に高い。
その発言に周囲はざわついた。
「もともと、ランジェッタ村はマーランカ族が聖女の誕生を予言した土地だ。件の人物は、かつて聖霊王が産まれたとされるジェグアール海の海辺に突如出現したのを村の漁師が見つけた」
確か神話では、聖女は聖霊王の娘だ。
ここまで条件が揃うと、聖女だと思いたくはなるが、一番重要なのは別にある。
「よろしいですか、シェラウザ局長」
隣にいたミア先輩がすっと手を挙げる。
「何だね、コナーズ護政官」
「その人物は、聖属性の魔法は使えるのでしょうか」
そう。それが一番重要なところだ。
今までの自称聖女たちは結局、聖属性の魔法は使えず、魔導具で偽装していた。
「報告によると、子どもの怪我を一瞬で治したそうだ」
シェラウザ局長のそばにいたフェガート護政官が小さく頷く。
彼が今回の担当だ。護政官としては八年目で、物腰の柔らかさで知られている。どんなクレーム対応でも、最後は相手を満足させて帰らせるので、一目置かれている人だ。
そんな大先輩の顔色が悪い。珍しく疲労の色が見えている。
「上は彼女を王庁預かりとして保護をすることに決めた。彼女は身寄りがなく、行く当てもないそうだ。聖女かどうか見極めるためにも、瘴気鎮静の業務以外も彼女に担わせることとなった」
「……それも上からの指示で?」
ロットー護政官のこめかみが僅かに痙攣している。苛立っているのか、組んだ腕の上で人差し指をとんとんと叩いていた。
そんなロットー護政官に、シェラウザ局長はため息を吐く。
「そうです。申し訳ないですが、そのように対応をお願いします」
「……いいでしょう。あなたの立場もあります。ですが、この仕事の本分を忘れないように。私たちは市民のためにあるのですから」
「……重々承知しております」
熊のような巨体の局長が、子どものように小さく見えた。
それもそのはずだ。
ロットー護政官は見た目こそ若く見えるが、護政官の中で一番の古株。
そんな人物に、いくら局長といえど、頭は上がらないのだろう。
(……なんか、嫌な予感がするな)
シェラウザ局長、フェガート護政官、ロットー護政官。
三人の不穏な様子。
胸がやけにざわついた。
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