30. 休日②
騎士官っていうのは食べるのも早ければ身支度も早くなるよう鍛えられているのか。ほんの十分で戻ってきたオーウェンは無精髭もボサボサの髪も整えられて、服も完璧。疲労の色があれだけ顔に滲んでいたのに、今はそれも見えない。
いつもの女の子にモテそうな男になっていた。
(……隣、歩きたくないなあ)
王都の石畳を半個分ずつ、じりじりと距離を取る。
横目でオーウェンを見る。
妖精姫なんて呼ばれていたジル、その彼の隣に堂々と立てるくらいの容姿。
対して私は平々凡々だ。悪い意味で人目を集める。
学園の中では私の成績が上位だったから一緒にいるのを許されたけど、外に出たらそれを知る人はいない。
そもそもこいつと出かける日が来るなんて。
「何それ、頭の」
オーウェンは私の髪飾りをちらと見て言った。
トランディアの人からしたら、私の一族の紋様は珍しいのだろう。
「一族の。里帰りした時に持たされた」
「ふうん」
驚くほど会話が弾まない。聞いといて、ふうんって何だお前は。いつもの調子はどうしたと言ってやりたいところだが、そもそもこいつは疲れてるのだろう。変に突っかかるのはやめた。
ふと、目の先に郵便屋を見つけ、足早に軒先にある差し込み口に手紙を入れた。
「で、お前は何買うの」
オーウェンの声が背中に飛んできた。
振り向く。
「気分転換のつもりだったから決めてない。中央区を適当に見るよ」
「そ。じゃあ、俺は西区行くから。用事が済んだら中央区の噴水広場で落ち合うのでいいか」
「あ、うん」
そういう感じか。
少し肩透かしを食らったけど、渡りに船だ。
私もその方が気楽で助かる。買い物にオーウェンが一緒にいたら、正直気を遣ってしまって気分転換も何もない。
オーウェンは斜めに分かれた道を左へと進んでいった。
金髪頭を見送って、私は最近できたと聞いた路面店へ向かう。
服や化粧品を何となく眺めた後は、雑貨店に行ってペンやインクを見て回る。魔導具式のものになると筆圧が自動調整されるらしいが、値段が跳ね上がる。うーんパス。
いろんな品物を見て、食料品店でお酒やおつまみなどを買った後、石畳を歩いていると雑貨店のガラス越しのそれと目が合ってしまった。
(あ、これいいな)
引き寄せられるように店の中に入る。
店の隅で雑に飾られている観葉植物。私よりも背が高い。
瑞々しい艶をしていて、葉っぱの形も丸く、どこか可愛らしい。葉が薄いのか少し透けている。つんと触ると、葉脈にある水分が光を反射して輝く。
「……わあ」
好きになってしまった。一目惚れと言っても過言ではない。
もともと、部屋の寂しさが気になっていたところだ。連れて帰って、毎日水をあげたい。たくさん話しかけて、つんと触れて、中の水が揺れ動くのを見て癒されたい。
決めた。持って帰る。
「すみません、これください!」
即決だ。
奥から店主が来て「大丈夫?持てる?」と聞かれたが、こちとらドラスニール族。舐めないでもらいたい。そう思ったけれど、私も大人なので「大丈夫です〜」と笑ってみせた。
支払いを済ませて、世話の仕方を教えてもらい、植木鉢を抱える。重くはないけど、葉っぱで視界が塞がる。
「……ちょっと無計画だった?」
王都なのに視界が森だ。葉の隙間からやっと前が見える。
これは帰るのに一苦労しそうだけど、絶対にその苦労をする価値はある。なんてったって一目惚れ相手なのだ。
「大変そうだねぇ、持ってあげようか」
男の人の声だ。声からして、父さんくらいの年齢だろうか。
すぐ目の前に立っているようだけれど、抱えた観葉植物の葉に視界を塞がれて、姿も表情もよくわからない。
「……結構です。自分で持てます」
植木鉢をぎゅっと抱きしめて、立ち去ろうと避けるが、目の前の男は行く手を阻むように身体をずらした。
「いやいや、だって前見えてないでしょ?家まで持って行ってあげるよ」
「気配を読んで進むので問題ないです、どいてください」
「あはは、可愛い。頑張り屋さんなんだね。大丈夫、おじさんが持ってあげる」
背が低いからか、小さい子どもだと思われているらしい。失礼にもほどがある。一族ではまだだけど、これでもこの国では成人女性だ。
男がすっと、植木鉢に手を伸ばそうとするのが葉の隙間から見え、思わず身構えた時だった。後ろから誰かに観葉植物を奪われた。
(私の観葉植物!)
「連れに何か?」
オーウェンだった。
観葉植物を片手で抱えて、もう片方の手で私を背後へと押しやる。
「ちょっと!」
観葉植物を奪われたこともそうだけど、何より私一人でどうにかできる。
「うっせぇな、黙ってろ」
オーウェンは声をひそめて、さらに私を後ろへと押し込んだ。
「あ、なぁんだ、お兄さんがいたんだねぇ。良かった良かった」
「はぁ!?」
お兄さん!?誰が、誰の!!
大きな声を出してしまったけれど、聞き捨てならない。その誤解を訂正しようと必死にオーウェンの背中から顔を出した。
だが、声をかけてきた男は、既に雑踏の中に消えていた。
「違うわ!私の方が三日は年上だ!!」
オーウェンの腕越しに叫んだけれど、もう誰に届いているかもわからない。
「やめろ、騒ぐな。恥ずかしい」
呆れた様子で、オーウェンは私を押し込めていた腕を離した。
「ったく。何やってんだよ、歩く植物かと思ったわ」
「植物は歩かない」
「当然だろ」
ふんとそっぽを向く。
行き場のない怒りは、あとは霧散するのを待つしかない。
「助けてくれてどうもありがとう。で、返してよ、それ」
オーウェンの腕の中にいる観葉植物を指差す。
「やだ。何これ」
やだ、とは。
オーウェンは私に構うことなく、無駄に長い足を一歩踏み出した。帰ろうなんて打ち合わせもせずに帰路に就き始めた。
「観葉植物。部屋に飾るの。可愛いでしょ」
「可愛いねぇ……あぁ、ミュジャか」
歩くたびに葉が揺れてきらめく。
「知ってるの?」
「ロレンティアが詳しい」
そういえば幼馴染なのを思い出す。
オーウェンは片手でミュジャを持ち、道行く人をさっさとかわす。タッパの違いを見せつけられている気がするが、ここで意地になって取り返したところで、さっきみたいに歩く植物になる。人にぶつかったら危ない。
無理に奪い返すのは諦めた。
「お前こういうの好きだったの?」
「興味はなかったんだけど、いいなって思って。名前をつけて可愛がることにした」
「じゃあ俺がつけてやるよ」
にやりとオーウェンが笑う。喧嘩をふっかけてくる前のいつもの性格の悪そうな顔だ。反射的に半目になる。
「『猿の木』」
「最低」
「じゃあ、『チビの木』」
「ネーミングセンスない」
「じゃあお前は何かあるのかよ」
「……『みどりちゃん』」
「お前も人のこと言えねぇな」
だって急に言われたのだから仕方がない。
むっとして力が入ったからか、もう片方の手で持っている買い物袋がガサリと音を立てた。
「葉がいっぱいだからモジャでいいだろ。ほら、喜んでる」
「その代弁、ロレンティアなら説得力があった」
「ほら、モジャ。俺が運んでやってんだから、感謝しろよー」
「あんたが勝手に運んでるんでしょ」
「いやいや、お前が持てねぇから持ってやってんだろ?」
「持てるよ、視界が塞がるだけで」
「それ持てるって言わねぇだろ」
「こんなうるさい奴に持たれるなんてモジャが可哀想」
「ほら、モジャでいいじゃん」
「……」
黙るしかなかった。半目で隣の男を睨みつけるが、ニヤニヤと笑っている。
モジャモジャ言うものだから、つい口をついて出てしまったのだ。
オーウェンとくだらないことを話していると、いつの間にか共舎に着いていた。
エントランスを通り抜けると、ラウンジのソファにジルが座っていた。その向かいに、なぜか互い違いになるようにメーベルが座っている。真向かいに座ればいいのに。
ジルは私たちに気づくと片手を上げ、吸っていた煙草の先を魔法で凍らせた。
「あれ、ジルだ」
「やあ。ちょっと時間があったからね、会いにきたんだ。何それ?」
「モジャ」
「何それ」
オーウェンがすかさず口を挟むので私は横目で睨んだ。
ジルはくすくす笑った。
ジルは人差し指を宙でくるりと回すと、メーベルが「ちょっと」と抗議の声をあげた。どうやら彼女の煙草の火も凍らせたらしい。
私とキラン以外はみんな喫煙者なので、敵が多い。煙草の火を凍らせてくれたのは、正直助かる。
「あ、帰ってきてたんだ?」
振り返ると、カロンとキランがいた。
二人の腕の中には買い物袋。
ガチャガチャと硝子同士がぶつかる音がする。
「何それ?」
キランがオーウェンの持つ観葉植物を指差す。
「モ、」
「観葉植物」
「ふぅん?」
今度は言わせなかった。
隣の男は私を横目で見て、小さく「モジャでいいじゃん」と呟いた。
何だそれ、気に入っているの?
「ジルが今日はもう予定がねぇって言うから呑もうって話になってさ。お前らも呑む?」
「じゃーん。結構良い奴あったよ」
そう言ってキランは袋から花蜜酒を出した。
「俺、それ甘いから無理」
オーウェンが嫌そうに口元を歪ませる。
「ちゃんと甘くないのもある。ダヴィオ酒とか」
「ならいい」
どうやら呑むらしい。
メーベルを見ると、彼女はすぐに気がついた。
「あんたが呑むなら私も呑む」
「何それ」
「馬鹿騒ぎする男どもの中で私一人は嫌」
「なるほど」
特に双子は騒ぐし、酒を呑むとオーウェンもジルもそれを咎めることはしない。
つまりうるさい。
「ちょうど私も買ってきたから呑もうかな」
片手で持っていた買い物袋を掲げる。
本当は晩酌用に買ったけれど、まあいいだろう。
「じゃあオーウェンの部屋な」
「何で俺だよ」
モジャを抱え直しながら、オーウェンは眉間に皺を寄せた。
「だって俺らの部屋はきたねぇし」
「主にカロンが俺の部屋まで汚すんだけどね」
両手を後頭部で組みながら悪びれる様子がないカロンに、キランが困ったように笑う。
「アルクセイとメーベルの部屋は気まずいだろ?その点、オーウェンの部屋はまとも」
「お前ら部屋を片付けろよ」
「それ、魔獣にテーブルマナーを覚えろって言ってるのと同義」
「はあ……まあいいけど。荷物置いてくっから待ってろ」
そう言うと、オーウェンは顎を上げて私を促し、私の部屋へとさっさと向かった。
どうやら部屋までモジャを運んでくれるらしい。カロンが後ろで「へぇ」と意味ありげに何か言っていたが気にしないことにした。
学生の頃の寮は異性の出入りを完全に禁じられていたけれど、共舎は比較的ゆるい。とはいえ、女性職員の居住区域を堂々と歩くのは勇気がいることだと思うが、オーウェンは何も気にせず私の部屋まで来た。
「あ」
「あ?」
脳裏に青い花が窓辺で揺れているのが浮かんだ。
「こ、ここまででいい」
「あっそ」
オーウェンは屈んでモジャを床に置くと、肩を回した。
「じゃ、準備できたら俺の部屋」
「わかった。……あと、これ」
買い物袋の中から小さい紙袋を引っ張り出すと、オーウェンに押し付けるように渡した。
「今日、連れ出して悪かったから。これ、口直しのリコの実」
リコの実は噛み潰すと口の中で弾け、鼻まで抜ける眠気覚ましだ。
甘いものが好きな人は飴にして舐めているが、この男のように甘いのが苦手な人は実のまま食べる。
オーウェンはそれを受け取ると「ふぅん」と紙袋を眺めた。
「意外。こういうことするんだ?」
「あんたね……礼を言えとは言わないけど、文句を言うなら返して」
私が手を伸ばすと、オーウェンは紙袋を手のひらに隠した。
「ま、もらっとくわ」
「初めから素直にそうしなよ」
「はいはい。じゃあな」
そう言うとオーウェンは踵を返して、私の部屋の前を後にした。
「さてと」
私は床に置かれたモジャと対峙した。
とても可愛い。
悔しいことにすっかりモジャが定着していたことに気がついた。
次話から仮聖女編です。




