29. 休日①
春女神の季節も終わりに入り、土や草の匂いが風に乗って漂う頃になってきた。
政官としての仕事、共舎での生活にも慣れてきた。
一人用の部屋は来た時とあまり変わらなくて殺風景なのが最近の悩みだ。
木製の机に、さっき届いたばかりの手紙を並べる。
まずはソナとオルヴァッキからだ。
『王都に気になるカフェができたの!今度一緒に行かない?』
これはソナ。
次にオルヴァッキの手紙を開く。
「……うん、元気そう」
白い便箋に笑顔のマークが書かれていた。
便箋の隅には汚れが拭き切れていない手で触れたのか黒い煤が付いている。
二人とも短い。非常に短い。
ソナは話したいことがたくさんあって、手紙ではまとまり切れない。
だから彼女から手紙が来る時は大抵、遊びの誘いだ。
問題なのはオルヴァッキだ。
これはもう手紙ではない。生存確認だ。
彼女は一度仕事に集中すると寝食を忘れてしまうみたいで、手紙を出しても、彼女から返ってくることは奇跡に近い。心配したロレンティアが、誰か一人にだけでも必ず手紙を出すよう提案して、今の形になった。
引き出しから便箋を取り出し、ペンをインクに浸す。
「ソナには六週目の星の日なら空いてるよ、っと。オルヴァッキには……仕事順調そうでよかったね、かな」
二人への手紙はいつもすぐ書き終わるので、軽い気持ちで臨める。
一方でロレンティアやエマ、ベラ、スザンナからの手紙は丁寧だ。
さすが貴族女子。時候の挨拶から始まり、それではごきげんようで締めくくられる。数枚にもわたる便箋をぴったりズレなく折るのだからすごい。
『卒業してからは家を継ぐために父上から色々と厳しく教えていただいてるの。領民のためにも頑張らないとね。ああ、そうそう。オルヴァッキから手紙が届いたら教えて。倒れてないといいのだけれど。——ロレンティア』
相変わらず友達想いな人だ。
手紙には押し花まで同封されていて、いかにもロレンティアらしい。
他にも、スザンナやベラの手紙には各々近況報告が綴られている。
エマに至っては王城で女官として働いているのだけれど、婚約者が想像以上に紳士で、さらにはオーウェンにはない年上の余裕と優しさなんかも持ち合わせているようで揺れ動いているらしい。
「エマへ。そろそろ目を覚ます時なんじゃない?あいつのいいところって顔だけだよ」
手紙を書き終え、それぞれに封をしてから重ねて適当な麻紐で括った。
今日は休みだ。
机から立ち上がる。
「手紙を出しに行って……ついでに買い物でもしようかな」
朝早く目が覚めたので、欠伸をしながらクローゼットから服を数枚選んだ。
足捌きの良いシンプルなワンピースに、この前一族のおばさんたちに持たされた髪飾りをつける。
「ん、良いかな」
手紙を持ち、編み上げブーツを履いて部屋を出る。
廊下には良い匂いが立ち込めていた。
朝食の時間だ。
匂いに誘われるがままに食堂へ向かう。
三機関の政官たちが住んでいるのもあり、食堂の中は人が多い。
枢機会の白、王庁の紺色、魔法騎士団の黒色を身に纏った人たちの他に、私服姿の人がちらほらといる。特に魔法騎士団は休みが持ち回りなので、これから仕事へ行く人が多い。
トレーを持って、調理場のおばちゃんことミゼッタさんに「あ、このスープのセットで」と、カウンターに置いてある今日のメニューから一つを選ぶ。ほどなくして出てきた食事を持って、空いてる席に座る。
しばらく経ってから、不意に聞き馴染んだ声が降ってきた。
「あれ、お前今日デート?」
顔を上げると双子がいた。
私服を着ていることから、彼らも今日は休日なのだろう。
双子はさも当然のように私の席の向かいに座った。図々しいにもほどがある。
「違う、用事があるから出かけるの」
双子の目が、そばに置いた手紙へと向かう。
「手紙出すだけでしょ?」
キランは不思議そうな顔をする。引っかかるものがないわけではないけど、構わずスープを口に含む。
「気分転換だよ。ついでに買い物するだけ」
「へー、アルクセイって女の子なんだね」
「何だと思ってたの」
「命が惜しいからノーコメント」
そう言うとキランはさっさと食事を終えた。早い。
騎士官は有事に即対応するため、早食いの習慣をつけないと、下手すると一日中何も食べられない日もあるそうだ。
普段から早食いを心がけるキランに対して、カロンは比較的ゆっくりめだ。本人曰く、臨機応変、らしい。とはいえ、それでも早い方だ。既に半分食べ終わっている。
「じゃあオーウェンも連れてってくれよ」
「はあ?」
突然の提案に思わず顔を上げる。
一体何を言い始めるんだとカロンの顔を見ると、最後の一切れのパンを頬張っていた。
「あいつ、上から目をかけられててさ。昨晩も日が昇る前に帰ってきてさ」
それは何となく知っている。
クロエ・ロッコ隊長率いる第一騎士隊。そこは魔法騎士団の中でも優秀な人材が所属している。
入団早々、第一騎士隊に配属されてからは、たまに見かけても幹部と呼ばれる人たちと一緒にいるのだ。
あいつが休んでいるところを見たことはほとんどない。
「じゃあそっとしておいてあげなよ……疲れてるでしょ」
「いやいや、せっかくの休みだよ?気晴らしも大事だよ」
「てことで起こしてくっから」
「ちょっと!」
言うが早いか、双子はさっさとトレーを持って席を立ち、食器を片付けると私の制止の声など聞かずに食堂から出ていってしまった。
なぜその行動の早さが勉強や仕事には生かされることがないのかが甚だ疑問だ。
こうなると、相手がいくらオーウェンでも不憫だ。
私が先に出かけてしまえば、あの双子だってさすがに諦めるだろう。
もともと朝はそんなに食べないので、量が少ない。
残りを手早く食べて、食堂を出たところでオーウェンを引きずった双子と鉢合わせてしまった。
「身支度ぐらいさせてあげなよ……」
その姿には、さすがに同情した。
無精髭に寝癖のついた髪。
明らかに寝起きだ。もしロレンティアが見たら三人まとめて叱るだろう。
隣で双子が「まあまあ」と実に適当に宥めてきた。
その時、近くで通りがかりの政官から「やだぁ」「かわいい〜」などとこそこそ声が聞こえた。顔が良いと何でも受け入れられてしまうらしい。世も末か?
「なに、出かけんの」
寝起きのいつもより気だるそうな声で、伸びた髪をかき上げる。
「……出かけるけど」
「一人で行けないってこいつらが言ってた」
「行けるわ」
双子を睨む。
私を何だと思っているんだ。適当にもほどがある。
双子は「そうだっけ?」「忘れちまったなあ」と、どこ吹く風でとぼけている。
「じゃあ、買い物頼むわ。王都の西区にあるジェガンダって店でシャグ買ってきて」
「は……?シャグ……?」
「煙草の葉。オグダラが四割、フェダラグが三割、リャイロンが一割、残りはゲルダム。それじゃねぇと魔力練成が鈍るんだわ」
「いやいやいや、非喫煙者に謎の呪文を唱えないで」
聞き馴染みのない単語ばかりだし、そもそもどうやって頼むのかもわからない。ていうか煙草の匂いは苦手だ。
「じゃあ、自分で行く」
オーウェンは大きく欠伸をすると踵を返した。
「支度してくるから待ってて」
呆気に取られる。
「え、あいつ来るの?」
オーウェンの後ろ姿を指差しながら、双子に聞いた。
双子も意外だったようで、唖然としてその背中を眺めていた。
「俺ら、面白いもんが見れると思ってたのに……」
その隣でキランが「つまんない……」と声を漏らした。
お前ら人を何だと思っているんだ。
(あいつも少しは怒ればいいのに)
私は額に手を当て、ため息を吐いた。




