28. 三機関文化祭④
※途中まで一人称視点です。
突然出てきた小柄な女性護政官。
観客は、こんな女の子が戦えるのかとあまり期待していなかったが、その予想は良い意味で裏切られた。
その見た目からは想像できない素早い動きと魔法の繰り出し方。
相手の騎士官が、今までの試合では手を抜いていたことも、観客たちに知れ渡った。
「アークつよい!!!」
歓声が響き渡る中で、ノアは丸い頬を上気させ興奮した様子でその戦いを見ていた。思わず力が入って、キランの橙色の髪の毛を少し引っ張ってしまうくらいだった。
「いや〜……あれはお互いに本気出しちゃってねぇか?」
まるで子どものじゃれ合い……にしては命懸けなやり取りにカロンは呆れたように頬を引き攣らせた。
「アルクセイなんて、ぜんぜん乗り気じゃなかったのに。見てよ、あんな魔法出されてめっちゃ笑ってる。こわ」
「大人しい振りが上手くなったのに、残念すぎるんだよ」
「どうしよ……」
そんな中、キランに肩車をしてもらっていたノアが呟いた。
キランの髪を掴んでいた小さな手が、今度は不安そうにぎゅっと握りこまれた。
その目の先には、オーウェンの魔法で上へと追いやられたアルクセイがいた。
「いたたっ、どうしたの?ノア」
「どうしよ……アーク、わかってないよ……」
一体どういうことか。
双子がノアに聞こうとした時、彼は大きく息を吸い込み、僅かに身体を反らした。
そして、その小さな口を大きく開いた。
「アークーーーー!!」
広い会場の中で、子どもの大きく高い声は歓声よりもよく通った。
魔法を繰り出そうと手を天に翳したアルクセイが僅かに止まる。
「そんな高い所にいたらパンツ見えちゃうよーーーー!!危ないよーーーー!!!!」
「「ブッ」」
思わず吹き出す双子。
その瞬間、名前を呼ばれた当の本人は大きく目を見開き、見る見るうちに顔を赤くしていったのだった。
♢
——……中にはちゃんと下着が見えないように丈の短い下穿きを穿いている。
それをノアに説明したっけ?
……うん、してない。白じゃないって否定しただけだ。
それはいい。いや、良くない。
それよりも、この会場にいる人たちに下着が見えるのも構わない破廉恥な人間と思われる方が問題だ。
「違っ……!」
顔が熱くなるのがわかる。
雷魔法を雨霰のように降らそうと翳した手。
指先から魔力練成が狂っていくのがわかる。
僅かに足元の枝が蠢きだして、盛大に動揺していた私は反応が遅れた。身体の芯がズレて、足元が滑る。バランスを崩したと気がついた時には遅かった。
落ちていく身体。
無数の悲鳴のような声が会場内を包む。
落ちていく先……そこにいる男だけは、いつもの顔だった。
まるで、私が簡単に落ちないと知っているかのように。
(ムカつく)
オーウェンの想像通りになるのが。
私は身体を翻す。
どうせならもっと重力が欲しい。
『天風よ、重なれ』
肩に、背中にずしりと重みが乗る。
地面がどんどんと近くなる。足を上げ、踵をオーウェンへと向ける。
風魔法が足にもかかるのがわかる。
オーウェンは指先を私へと向けていた。
顔は、実に楽しそうに笑っていた。
『時間切れ!』
——その瞬間だった。
風魔法で拡張された声が、会場内に響き渡る。
私の踵はオーウェンには当たらず、私はそのままつま先から地面に降り立ち、オーウェンの指先はため息と共に下ろされた。
「「ちっ」」
心外にも舌打ちが重なった。
♢
「やりすぎです!」
幕裏に呼び出され、私とオーウェンは二人、並ばされていた。
目の前にいるのは王庁所属の男性広報官。
一般市民に悪い印象を持たれないよう魔法騎士団へ出向し、試合を監督するのが今日の役目だ。
「この模擬試合の目的は、魔法騎士団には新人でも有能な人材がおり、武力やその立ち居振る舞いにおいて申し分ないことを市民へ示し安心や信頼を得ることです!」
背後で双子が笑いを堪える声が聞こえる。
「それなのに!アンブロジオ騎士官!地形を変えて戦闘なんてしたら、市民が街を壊されると捉えたらどうするんです!?」
「おっしゃる通りです」
横目でチラリと隣の男を見上げる。
申し訳なさそうな声色を出してはいるけれど、その表情。
こいつ、悪いと思っていない。
むしろうるさいとすら思っている。
「アルクセイ護政官!」
広報官の眼鏡が光る。
「はい!」
肩が強張る。
「あなたも!市民に寄り添う護政官が暴力的だと思われたらどうするんですか!」
いや、頼り甲斐のある護政官って思われるんじゃないですか?と返そうとしたけれど、頭からお尻まで全ての言葉を飲み込んだ。
「……誠に申し訳ございません」
背後で双子が堪えきれずゲラゲラと笑い出した。
お前ら後で覚えてろよ。
広報官が「あなた方の上司にもよぉく伝えておきますから!」と垂幕をめくり上げ、ぷりぷりしながら去っていった。
大きなため息が出た。
(シェラウザ局長に怒られる……)
あの大きな人が書類を机に放り投げながら私を叱責する。そんなイメージがすぐに頭に浮かんできた。
「ノア!!!!」
突然、女性の悲痛な声が幕裏の中で響き渡る。
声の主を見ると、小さな赤ちゃんを胸に抱いた女性が額に汗を滲ませ、垂幕をかき分けていた。
走ったのだろうか、肩が上下している。
「お母さん!!」
キランのそばにいたノアがその姿を見つけるなり、すぐに駆け出す。
母親も片手に赤子を抱いたまま、ノアへと駆け寄るともう片方の腕を広げて小さな身体を抱きしめた。
「ああっ、探したんだから!」
怪我がないか、彼女は片手で頭のてっぺんからつま先までノアを確かめると、もう一度抱きしめた。
垂幕が再び捲り上がる。
そこには腕を組んで不機嫌そうなメーベルと、苦笑いを浮かべ片手で垂幕を押し上げるジルがいた。二人はそのまま幕裏へと入ってきた。
「君たちが枢機会から出た後、メーベルがこの方を連れてきたから魔法騎士団まで案内したんだよ」
「なぁんで、迷子の親探ししていた人が、模擬戦に参加してるのかしら……」
怒っている。怒っていらっしゃる。
腰に手をやり、顔を斜にしてこちらを見るメーベルの目は鋭く冷たい。
つまりメーベルとノアのお母さんは、私たちを追いかけて王庁から枢機会、そして魔法騎士団と三機関を全て回ってしまったことになる。
やっと追いついたと思ったら、当の私が模擬戦で道草を食っているなんて、怒るのは当然だ。
「こ、これには紆余曲折ありまして……あの、その……ごめんなさい」
「後でその辺り、よぉく聞かせてもらうわ」
「まぁ、ノアくんが頑張ってアルクセイを応援したおかげで、こうやってお母さんと会えたわけだし……」
ジルはまあまあとメーベルを宥め、ノアと母親に目を向けた。
抱き合うノアと母親、その真ん中で彼女の腕の中の赤子がケラケラと楽しそうに笑い声をあげる、そんな三人の姿があった。
メーベルがその声に少し顔を緩めたのを私は見逃さなかったけれど、彼女はすぐに私の目に気づき、目を細めた。
そう、私は罪人。いたたまれなくなって、メーベルから目を逸らした。
「ねぇ、お母さん。おれのこと、探してたの……?」
母親に抱きしめられ、肩に顔を埋めていたノアは、頭を傾けて少し震えた声で問いかけた。
「当然じゃない!私の宝物だもの!!」
パッと母親は顔をあげた。
思いの外、大きな声が出たようで、少し恥ずかしそうに、ごほんと咳払いをした。
「最近、寂しい思いをさせちゃってたものね。大好きよ、ノア」
「……へへ!!」
その時、ノアと目が合った。
「おれも!お母さんだーいすき!!」
(賭けは私の勝ちかな)
小さな腕で母親を抱きしめ、赤子の額にもキスをするノアを眺めて、私は息を吐いた。一仕事を終えた気分だ。
「ほら、次の展示担当の番、そろそろあんたの時間よ」
「はぁい……」
……ただし、仕事というのは次から次へと湧き出るものである。
メーベルに腕を掴まれ、ずるずると引きずられるように幕裏を後にしようとした時、視界の隅で母親が慌てて立ち上がった。
「ご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした。何とお礼を言っていいものか……!」
「あ、いえいえ。これも業務の一環ですので……」
申し訳なさそうな母親を宥めるように、私は手をひらひらと振った。
母親の足元にいたノアが一瞬、何かを考えこんだ後、パタパタと私のもとへ駆け寄った。
「アーク!」
「ん?」
メーベルが気を利かせて腕を離してくれたので、私は身体を屈め、ノアと目線を合わせた。
「おれが大きくなったら結婚してあげる!」
うん?
どういう意味だ?と口を開く前に、ノアは小さな身体を伸ばして、私の頬へ唇を寄せた。ちゅ、と小さい音が耳元で聞こえる。近くにいたジルが「おや」と愉快そうに声をあげた。
「へへ!じゃあね!!」
「あっ、こら、ノア!!待ちなさい!また迷子になるでしょう!!……ご、ごめんなさい、護政官さん、うちの子が本当に……すみません……!!」
ノアは律儀に双子にも「じゃーねー!」と手を振りながら、幕裏を子犬のように元気よく飛び出していった。その後ろを母親が申し訳なさそうにペコペコと頭を下げ、慌ててノアを追っていった。
「あー……」
広報官の説教からずっと黙っていたオーウェンが、気だるそうに懐から捕縛魔導具を取り出した。
「子ども相手にってことで、現行犯?」
「不可抗力です!!!!」
幕裏の中に私の声が響き渡った。
以上、三機関紹介回でした。
ブックマークありがとうございます!
そしていつも読んでくださっている方はありがとうございます。
お盆終わりましたね。
お盆休み中はたくさん書くぞー!と思っていましたが、暇さえあれば寝ていました。
時間がたくさんあるというのはダメですね。
タイムリミットがないと書けないタイプです。




