27. 三機関文化祭③
魔法騎士団には本営と詰所がある。
本営は今いる場所で、詰所は国中のあちこちにある。
「俺等も昼前までは王都の詰所にいたんだ」
カロンが出店で買った串焼きを頬張る。
「文化祭だからって警備が薄いと犯罪が起こるからね。交代で戻ってきた所に、アルクセイが声をかけてきたってわけ。……あ、こら。食べるのはいいけど、俺の頭に食べかす落とさないでよ」
「はーいっ」
(食べるのはいいんだ)
隣で、キランの上で串焼きを食べるノアをちらりと見る。元気に返事をしたけれど、盛大に食べかすをこぼしている。だが、黙っておくことにした。仮に知ったとしても、キランならどうせ許す姿が想像できた。
カロンは時々、ノアを支えて両手が塞がっているキランの口元に、串焼きを運び食べさせていた。
「で?母ちゃんは見つかったかよ」
カロンがノアを見上げる。
「いなーい」
何とも気の無い返事に、キランが心配そうに眉間に皺を寄せた。
「本当に探してる?」
「探してるよ、本当にいないんだもん。母ちゃんも俺のことなんか探してないよ」
その言葉に、カロンが私に耳打ちした。
「どういうこと?」
「んー……妹が産まれてから、ノアのお母さんはそっちにてんてこまい。それで拗ねてるんだと思う。小さい赤ちゃんがいるのに、ノアを連れてくる辺り、無関心ではない筈だよ」
きっと、あまり構ってあげられないノアを想って連れてきたのだろう。
カロンは「ふーん」と素っ気ない返事をしたが、どこか何かを考えているような顔だった。
「……ま、心配するこたねぇか」
「え?」
「世の中には、悪い母親もいるってこと」
聞き返そうと「それってどういう……」と言いかけた所で、視界が開け、客席が広がった。それと同時にノアの大きく元気な声があがり、話は中断された。
「ねぇ!ねぇ!見て!!かっこいい!!」
小さな指で差し示した先を、視線で追う。
客席がぐるっと囲んだその中央、そこには魔法や武器を使い、騎士官に挑む一般人がいた。
「あらぁ、あの騎士様、また勝っちゃうんじゃない?」
「強いしかっこいいし……何て名前なのかしら?」
近くでご婦人たちが、おほほ〜なんて笑いながら楽しく談笑している。
「うわ、オーウェンだ」
「その反応、オーウェンが聞いたら喜びそう」
「なに言ってんの、キラン」
視線の先には、見慣れた金髪頭が一般人相手に戦っていた。戦うといっても、適当に交わして、適当に軽く魔法を当てている。
しかも、つまらなさそうな顔で。
「ほら、オーウェンって顔だけはいいだろ」
串焼きを食べ終わったようで、カロンは串でくるくると宙で円を描いた。
「顔だけって」
「それ以外は、お前も良く知ってると思うけどさ」
幼馴染だろう、酷い言い草だ。とはいえ、否定はできない。
「模擬戦は飛び入り可能の勝ち抜き戦。オーウェン一人に任せれば回せるし、巷じゃ天才と噂されて、更には顔も良い。客も飽きない。それ以外の騎士官は通常業務に回せる。……ていうのが、上の判断」
「へー……」
オーウェンがいる中央を見下ろす。
道理で、不機嫌そうなわけだ。意外に顔に出るんだよなあ、あの人。
それまで話を聞いていたノアが、身体を少し前のめりに倒して、キランの顔を覗き込んだ。
「俺も出れる?」
「ノアはまだ早いよ、大人になってから」
ちぇっと、ノアがつまらなさそうな顔をする。
カロンがノアから空いた串を受け取っていると、何か妙案でも思い付いたかのように「あ」と声を出した。
「アルクセイ、お前出れば?」
「なんで私!?」
とんでもない提案に、驚いてカロンに振り向いた。
「アーク、強いの?弱そうだよ」
「そんなことないよ、俺らなんて軽くぶっ飛ばせるくらいには強い」
「へぇ……!」
キランまで余計なことを言うものだから、ノアの視線が私へ向かう。
まん丸の、キラキラとした目が。
「……分かったよ」
「やったあ!」
私は小さくため息を吐いた。人前はどうも昔から好きではない。
「じゃ、気が変わらねぇ内に受付行くかぁ!」
「ノアと一緒に見てるから、心配しないでいいよ」
まるで愉快なおもちゃを見つけたかのように楽しそうな双子が、恨めしく感じた。
♢
先ほどの一般市民は、どうやら負けてしまったらしい。
すれ違いざまに「やっぱり騎士官ってのは強えなあ!」と豪快に笑いながら去っていった。
軽く手首と足首を回し、指を鳴らす。
受付で聞いたルールを思い出した。
『基本、何でもありです。ただし相手が参ったと言うまで。人道に反する行為がありましたら反則負けです』
何とも大雑把なルールだった。
分かりやすくて良いけど、よく何も問題が起きなかったなと思う。
垂布を捲ると、先ほどまで客席で眺めていた光景が広がった。
砂の地面、ただ広い空間。
構わず、足を踏み出すと、客席から「あれ護政官か?」「女の子じゃん、戦えんの?」と、想定通りの声が降ってきた。
その先に、見慣れた金髪の男が、不機嫌そうな顔を更に不機嫌に歪ませた。
「何でお前がいるんだよ」
「成り行き上、仕方なくだよ」
子どもの期待を裏切れなかったとは言えなかった。説明が長くなるし。
オーウェンは視線を私の頭からつま先まで動かすと、億劫そうに首を横に倒し、自身の首に手を添え、分かりやすくため息を吐いた。
「どんな成り行きだよ……せめて、もっとマシな格好で来い」
「それは私も思う」
まあ、対策はしているから問題はない。
「それより、ルールは?本当に魔法以外もいいの?」
肩を回しながら確認をすると、オーウェンの眉がぴくりと少し上がる。
理解が早くて助かる。
「あんたと本気でやり合える場所なんて早々無いし、ちょっと派手な方がお客さんは喜ぶんじゃない?」
建前は充分。
私は顎を引いて、目の前のオーウェンを見据える。
学生時代の六年間、私がこいつに魔法だけで勝とうしていたのも、魔獣討伐授業では魔法以外も使っていたのを、この男は知っている。
(確かに、あいつの得意な魔法で勝ちたいって気持ちはあるけど……。ここ最近、机にかじりついて身体が鈍ってるんだよねぇ……)
仕方ないとは言え、文官はあまりにも身体を動かす機会がない。なさすぎる。
ストレス発散の相手がオーウェンなのは、申し分ない。多分こいつなら、私が多少やりすぎても何とかする。
オーウェンは小さく息を吐いた。
「ルールはお前の言う通りで合ってる。……後悔すんなよ」
そして首を軽く鳴らし、私を見下ろす。
「もちろん」
にやりと笑ってみせる。
『――開始!』
頃合いを見計らっていたのか、風魔法で拡張された声が場内に響き渡ったのだ。
開始宣言と同時に地面を蹴り出して、反対側にいるオーウェンに向かって走り出した。
オーウェンが魔法を繰り出そうと、腕を前に突き出す。
(最初はそう来ると思ってた!)
オーウェンの癖はよく知っている。近接戦にそこまで慣れていないはずのこいつが、そこに隙があるなんて気付かないだろう。
私は直前で前のめりに飛び、その腕に手をついて足を跳ね上げた。
『紫電、穿て』
つま先に雷魔法が纏ったのが、感覚で分かる。
そのまま回転してオーウェンの背中に、まずは一発……
「早いな」
そう思った時だった。
腕を掴まれた。
ドラスニール族の女性は、すばしっこいのが特徴だ。私も例外じゃない。
スタートダッシュで不意をついたつもりだった。
なのに、掴まれた。
「……!『踊れ、火鳥!』」
掴まれた手に火の子が舞い散り、オーウェンは私を放り投げる。私はそれを利用し体を捻りながら着地するとあいつから距離を取った。
「……人の腕掴んどいて、何が早いんだか」
「いや、早ぇよ。俺、そこまでスピード出せねぇし」
オーウェンは火の粉が散った手を、軽く払う。
(こいつ……また変な煽り方を覚えて!)
褒めたところで受け止めてるんだから、嫌なやつ!余裕そうなその態度にも腹が立つ!
魔法騎士団で幹部候補だ何だと持て囃されているけれど、想像以上に鍛えられているみたいだ。
「……つまり」
――つまりさ?
「……これ、本気でやっちゃっていいってこと?」
気がついたら、声に出していた。
思わず口角が上がってしまったのが、自分でも分かる。結局、どう足掻いても私は戦闘民族だ。
私の声が届いてしまったのか分からないけれど、オーウェンは眉間に皺を寄せた。
「お前に近づかれるのは、ちと厄介だな」
オーウェンは手のひらを地面に翳した。
『樹嶺隆起』
すると、翳した所から小さく地面が盛り上がった。
まるで怒り狂ったモグラの魔獣がこちらへ突進してくるかのように、盛り上がりは次第に大きくなり、木の幹がうねっている姿が現れた。
鋭い枝先が私へ向かうのを、身体を翻してかわしていく。
気づいた時には、オーウェンと私の間に、鋭く枝先が伸びた。
(神代語詠唱とか……!私ができないのを知って、わざと見せびらかすんだから!)
いつかの魔獣討伐授業も、そうだった。
あの時は確か、詠唱省略だけではなく、更には複合魔法も見せてきたのだ。
今では私も詠唱省略はできるようになったが、それよりもまた先にオーウェンは行っている。
(神代語、難しくて苦手なんだよなぁ……!
何を詠唱してるか分からないから、魔法が読めない!)
まるで意思があるように自分へ向かってくる枝先を、避けていく。
神代語は、神話時代の言語。
聖霊たちが大喜びするので、効果や威力が高まる。
八階位に向けて、神代語も勉強しているけれど、あれはダメだ。
頭の中が、見事に絡まる。
「ほら、飛び跳ねんのが得意なんだろ?頑張って逃げろ」
にやにやと、大変意地の悪い笑みでオーウェンは指先をひょいひょいと動かして、枝を操る。騎士官がしていい顔じゃない。
「うるさいよ」
魔法が読めない?なら、行動を読めばいい。
読めなければ、直前で察すればいい。それができるのが、ドラスニール族だ。
自分を狙う枝から逃げていたら、いつの間にかオーウェンと距離が大分離れてしまった。
(なら、)
いつの間にか辺り一面が、地面から棘のように突き出た枝でいっぱいになった。
それを足場にして、距離を詰める。
「そう来るか」
それまで左右に指を動かしていたオーウェンの指、それが今度は上へと動いた。
枝は私を捕らえるように追いかけて、上へ上へと重なり、次第に巨木のように伸びていった。
あっという間に、上へと押し上げられてしまった。
景色は良いけれど、距離がある。
「やっぱ猿は高い所が似合うな」
「じゃあ、猿にはできないこと、見せてあげるよ」
オーウェンを見下ろし、私は腕を天に翳した。
次で文化祭編終わります。




