26. 三機関文化祭②
一先ず来たのは枢機会だ。
枢機会と聞くと、真っ先に浮かぶのは会議。
それから会議。
そしてまた会議。
もちろん、会議以外にも外交や書類仕事なんかもあるけれど、基本的には会議で政策や施策なんかを話し合っている。
「ここは?」
ノアが私の手を握り、見上げる。
「枢機会だよ」
「すうきかい?来たことないかも」
それもそうだろう。
三機関の中で、特に枢機会は一般市民から距離がある。
王庁は役所として市民の暮らしに関わるし、騎士団は街の警備や事件対応があるから、普段の生活で見かける機会もある。
けれど枢機会は、人目につかない。あっても新聞なんかで報じられる程度だ。
「この国のルールを考える場所だから、そうだと思うよ」
「そう言えば、隣の家のじいちゃんが『枢機会め、また勝手に決めやがって!』って怒ってた!」
「うーん……勝手に、ではないんだけれどね」
一丁前に腕を組んで、ノアは鼻をふんと鳴らした。
恐らく隣の家のじいちゃんが怒っているのは、法改正のことだろう。
枢機会は、王様や王庁、騎士団から上がってきた問題を話し合い、国としての方針を整える場所だ。法律を作ったり、制度を直したり、外交や騎士団を動かす理由を決めたりする。
そうしてまとめたものを王様に通し、認められたら王庁が実際の仕事として形にしていく。
……決して勝手に決めているわけではない。
けれど、世の中ではどうにも政治家は嫌われ役だ。
開放されているロビーは人はまばらで、床を見ると王庁より傷のない石床が、きらりと光を反射している。貴族からの寄付金も多いので、こういう所は自棄にお金がかかっている。
どうやら、展示や子ども向けに暗号ゲームなどの催しをしているらしい。
静かな場所と賑やかな場所が混在していて、なかなか落差がある。
そんなロビーの一角で、人だかりが出来ていた。
背が伸びたのと元々の容姿で、人混みの中でもすぐに目に入る。
ジルだ。
私も目立つ格好をしているからか、すぐに目が合った。それまでの作り笑いとは違い、パッと嬉しそうな、いつもの笑顔になる。
彼は枢機官の白い上衣を翻しながら、人を掻き分け、私とノアの下まで寄ってきた。
「わぁ、可愛いね。アルクセイ」
「そ、そうかな」
「うん。似合ってる」
ジルは私の髪に指を伸ばし、髪飾りに触れた。どうやらズレていたのを直してくれたらしい。
(……なんかジル、卒業してからやけに褒めてくれるようになったな)
身嗜みについてはロットー護政官に散々鍛えられているので、審美眼のあるジルに褒められるのは嬉しい。
「それより、大丈夫なの?」
視線を先ほどの人だかりに移す。
庶民とは違う上等な衣服を身に纏った人たち……貴族だろう。
ジルが離れたことで、何となく散り散りになり始めている。
「うん、大丈夫。今は仕事中なのに、城の話をされて困っていたところだから、助かったよ」
なるほど。
第七子とは言え、ジルは王子様だ。
そんな彼と謁見できる機会を、貴族達が見逃すはずがない。
ジルは「それよりも……」と視線を落とす。
「こんにちは」
ジルはしゃがみこむと、笑顔でノアと視線を合わせる。
さっきからやけに静かなのに気がついて、ノアの顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せ、口をあんぐりと開けていた。
「おとこ……?おんな……?」
どうやら混乱しているらしかった。
よく一緒にいるから、つい忘れてしまうけれど、男性になった今でもジルはとても綺麗だし、顔も女性のような繊細さが残る容姿をしている。ただ骨格も声もしっかりとした男性なので、ノアが混乱するのも仕方がない。
ジルはくすくすと笑った。
「今は男だよ」
「今は……?」
「うん、前は女の人にもなれたんだよ」
ジルめ、子ども相手をからかって。意地悪め。
なんて思いながらも、ノアがどんな反応をするか気になって何も言わない私も、意地悪だ。
私はチラリとノアを横目で見ると、彼は思いの外、混乱した様子でいた。
「おっぱい取れちゃったの……?」
「っ!」
思わず吹き出したのは私だった。
ジルに至っては口元を抑えて顔を背け、笑いを堪えている。
「俺のお母さんもおっぱい取れる……?」
さらなる追撃。
「だ、大丈夫。取れないよ、取れない」
ジルが特異体質なだけだ。
不安げなノアに、私は笑いを堪えながら背中を撫でて宥めた。
小さな声で「ジル」と諌めると、彼は両手を合わせて「ごめんごめん」と、震えた声で謝った。とはいえ、私も同罪だ。
「それよりノア、お母さんはいる?」
気を取り直して、本来の目的に話を戻す。ノアは「えぇっと」と小さな頭を振って、周囲を見渡す。私の隣で、ジルが耳打ちしてきた。
「通達にあった迷子?」
「そ」
どうやら、すぐにメーベルが通達を出してくれたらしい。
ジルは「なるほど」と彼に視線を送った。
「どうせなら、ぐるっと回ってみる?」
ジルは少し考えた後、そう言ってノアに手を伸ばした。
「いいの?持ち場とかあるんじゃないの?」
「すぐにまた貴族達が集まってくるだろうから、一度席を外したいんだ。それに子どもと一緒なら、変に声をかけてこないでしょ」
ちらりと視線を、先ほどまでジルがいた場所にやると、既に散り散りになり始めていた。「ね?」とジルが肩をすくめた。
ノアは私とジルの手を握り、ジルの案内で枢機会を回った。
枢機会の催しはどれもノアにはまだ早かったようで、あまり興味を示さなかったので、ジルは「来年の後輩予定に共有するよ」と苦笑いを浮かべた。
結局、枢機会にノアの母親はいなかった。
ノアはジルに手を振り、私たちは枢機会を後にして、魔法騎士団へと向かった。
魔法騎士団は王庁を挟んで、枢機会の反対側に位置している。
建物の外に訓練所などがあるため、三機関の中で一番広い。
「わあ!人多い!」
「騎士団だからね」
そして、この文化祭で一番人気だ。
剣を携え、魔法で戦う騎士官に、男の子は憧れるものだそうで、ノアも道行く騎士官に目を輝かせていた。
騎士団は円形演習場での模擬戦だ。
毎年恒例らしく、政官も市民も飛び込み参加可能で、勝ち抜き戦方式。
市民の平和を守る騎士官の腕を直接体感できるという趣旨だそうだ。
円形演習場に入ると、出店で軽食を買い食べながら見ようとする人や、筋肉隆々の人、小さな木剣を持って駆け回る子ども達で賑わっている。
ここまで人が多いと、ノアのお母さんを探すどころか、ノアと逸れてしまわないようにするのが精一杯だ。
「あ」
見慣れた橙色の後頭部が二つ、人混みの合間から見えた。
(そうだ)
『弾けろ』
腕を上げて目標を定め、そしてパチン。指を鳴らす。
指先から小さな雷がジグザグと、けれどまっすぐと進み、橙色の頭二つ……カロンとキランに当たった。
「いてっ」
「たっ」
二人は同時にうなじを抑えて、振り返る。さすが双子だ。動きがほぼ同時だった。
双子は私と目が合い、私は軽く手を振った。
双子は嫌そうに顔を歪めた後、何か観念したかのように私の元へ来た。
「呼ぶなら普通に呼んでくれねぇ?」
カロンはいつも真っ先に文句を言う。
「あれ、地味に痛いんだよ」
そして訴えるのがキラン。
「ごめん、ちょっと助けて欲しくて。この人混みでしょ?ああでもしないと気付いてくれないと思ったの」
視線をノアに落とすと、双子も後を追うように視線を落とした。
「アルクセイの隠し、ぐぉッ!?」
「キラン、よく考えて、言葉を選んで」
皆まで言わせてたまるか。
私はキランの両頬を片手で掴んだ。
となりでカロンが楽しそうにゲラゲラ笑ってるのも、腹立たしい。
「いひゃいひゃい!」
「ま・い・ご!あんた達、王庁から通達事項、確認してないでしょ!」
「来てた来てた、今思い出したから!弟を離してやってくれよ、ドラスニール族の腕力、マジで馬鹿になんねぇから」
力加減はしていたつもりだったけれど。
仕方なく手を離すと、キランの頬は少し赤くなっていた。
自分の両頬を摩るキランの横で、カロンはノアの頭を撫でた。
「この人混みで、お前らの背丈じゃ人探しできねぇもんな」
「ああ、だから俺等を呼び止めたんだ」
それに続いて、キランが身を屈めてノアに視線を合わせた。
相手は双子だというのに、ノアは変に恐縮している。
(……まあ、騎士官って男の子の憧れみたいなものだしなあ)
双子も騎士官服を着れば、それなりに見える。
ノアが恐縮するのも納得だ。
「名前は?何て言うの?」
「ノ、ノア!」
「よし、ノア。おいで」
そう言うと、キランはノアを抱きかかえると、そのまま肩に乗せた。
「わっ!わわ!すごい!たかい!!」
ノアは最初は恐々としていたが、すぐにいつもより高い視界が気に入ったらしい。
キランの肩の上で、目をきらきらと輝かせた。
オーウェンやジル程ではないけれど、双子も充分に背が高くなったし、騎士団に入ってからは体つきもしっかりして、どことなく頼もしくなった。
皆、なにかしら、確実に変わっている。
学生の時とは違う。
そんなことを、キランとノアの後ろ姿を眺めながら考えていると、隣にいたカロンが私の顔を覗き込むように身をかがめた。
「ご期待に添えた?」
その顔は、随分と腹の立つしたり顔だった。
「……まあ、おおむね。助かる」
「いいってことよ、護政官殿」
言わずとも意図を汲んでくれたのは有り難いが、あまり褒めると調子に乗る。
けれど、カロンは私の無愛想を気にも留めない様子で、けらけらと笑った。




