25. 三機関文化祭①
三機関文化祭。
それは年に一回、市民たちに向けて三機関をより身近に感じてもらうための催しで、新人政官達が主導となる。
レオナルド・シェラウザ局長曰く、
「まあ新人達の実地研修と、お役所仕事のイメージアップ目的だな」
……とのことらしい。
「だからってこんな服、着る必要あるのかなぁ……」
先輩から渡されたのは、トランディアの伝統衣装だった。
トランディアには花蜜摘みという文化がその昔にあり、中高木程度の花木の蜜を採集する仕事がある。主に女性が従事していた歴史があり、花蜜乙女なんて呼ばれていたらしい。
トランディア伝統の刺繍があしらわれて、デザインも可愛いと言えば可愛いのだけど、そういった由縁からか、足捌きが良いように裾丈は短めで、肩周りが出ていたりと軽装な一方で、胸周りや足腰周りなど重要な所はしっかりとしている。
歩きながら呟いた私の小さなぼやきは、喧騒の中にかき消された。
王庁のロビーはいつもと様相が違っていて、賑やかだ。小さな子どもがあちこち動き回っている。ぶつかってしまわないように気をつけなくてはいけない。
王庁では今年一年の事業を市民向けに説明する展示や、加護分布図を用いた土地の相談会をしている。通常業務は先輩達で行っているので、親が用事を済ませられるよう、子ども向けに相談窓口や絵本の読み聞かせも行っている。
「……神さまたちは驚き、
多くが姿を隠しました。
それでも、人間を愛した神さまたちは、
どうにかしようとしました。
けれど――うまくいきません。
そのとき立ち上がったのは、
三王と、ひとりの少女でした」
「聖女さまだ!」
同期のシャーリーが大きめのラグを広げて、子どもを集めて読み聞かせをしている姿を、横目でちらりと見る。
今読んでいるのは定番の、子ども向けの神話の絵本だ。
(やっぱり、聖女って人気)
護政官になって三月ほどが経ったけど、その間に二件も聖女の調査依頼があった。どれも結局は自称で本物では無かったけれど、それだけ聖女を求められているのだろう。
(瘴気も年々増えているし)
学生時代の魔獣討伐訓練。
出現するはずのない場所にサーペントが出たのは、瘴気の増加が原因だったとユルゲンス先生に説明されたのを思い出した。
(瘴気が増え続ける世の中で、未だ現れない聖女様、そして『魔法使いと聖女が世界を救う』っていうマーランカ族の予言……)
みんな今か今かと待っているのだ。
「てぃっ!」
――そんなことを考えていたからか、小さな気配に気づかなかった。
裾が乱暴にもふわりと持ち上がる感覚。
慌てて手で抑える。
「しろ!」
視線を下に向けると、無邪気そうな少年が無邪気な笑顔を向けていた。
スカートを捲られたのだ。
「違う!」
こんな丈の短いスカートで、何も対策をしていないわけがない。ちゃんと短い丈の下履を履いているので、この子が見たのは決して下着ではない。
反射的に返してしまったことに気づいて、ハッとして周りを見ると、視線がこちらに集まっている。遠くでシェラウザ局長がごほんと咳払いをした音が聞こえ、ロットー護政官の鋭い視線に背筋が凍った。
「えーっと……君一人?」
相手は子どもだ。むきになった所で、こちらがみっともなくなるだけだ。
膝を折り、視線を下ろすと、少年の水色の瞳が不安げに揺れた。
「そうだけどー……」
口を尖らせて視線を逸らし、居心地悪そうに床を蹴っている。その仕草は、一族にいる時、子守をしている時によく見たことのある仕草だった。
「母ちゃん、ミゼラのことばっかだし……。俺は一人でも平気だから?親離れってやつ!」
「ミゼラ?」
「この前産まれたの、俺の妹だって!」
少年は小さな手を広げて「こんくらいしかねぇの!」と説明する。
つまるところ、迷子なのだろう。
「でも、お母さんは探しているんじゃないかな」
「そんなことないよ、ミゼラばっかりで、きっと気づいてないもん」
自分で言って悲しくなってしまったのか、彼は視線を伏せた。うっすらとその目に涙が溜まっていく。
頬杖をついて聞いていた私は、その様子に小さく息を吐いた。
「ちょっと待ってね」
立ち上がって周囲を見渡すと、すぐに見慣れた赤髪を見つけた。
メーベルだ。
貼り付けた笑顔で来庁者の対応を終えた所だった。彼女もまた同じように民族衣装を着ているけれど、私と違って裾から覗く美脚の、何と眩いことか。
……余計なことを考えてしまった。
私は軽く手を挙げた。すぐにメーベルと視線が合うと、彼女は普段の気だるそうな表情に戻っていた。
人混みを縫うようにして目の前まで来ると、メーベルは視線を下ろし、「あぁ」と納得したような声を出した。どうやら大まかな事態を察してくれたようだ。
「迷子みたい。お母さんと来ているみたいだから、ちょっと探してきていい?」
来庁者の案内も、護政官の仕事だ。
それに今日みたいな派手な格好をして子どもと一緒に歩いていれば、母親もすぐに見つかるだろう。
「いいよ。君、名前は?」
「の、ノア……。ノア・ライル……」
メーベルは美人だ。それも、近寄りがたいタイプの。
子どもから見ると、怖気付いてしまうのだろう。
少年……ノアは私の足に隠れるように身を潜めた。
メーベルは気にする様子もなく、取り出したメモ帳にサラサラと名前を書き留めていった。
「母親が探しに来るかもしれないから、枢機会と騎士団にも通達しておく」
メーベルの言葉に、ノアがぴくりと反応し、「探してねぇもん……」と小さな声で口を尖らせた。
私はため息混じりに彼の頭を撫でながら、メーベルに答えた。
「助かる。一応、次の展示担当にまで時間があるから大丈夫とは思うけど、もし間に合わなかったら順番飛ばして、そのままメーベルにお願いしていいかな」
「間に合わなかったらね」
つまり、間に合えという意味だ。
私は「頑張る」とだけ答えて、ノアの手を引いた。
「ねぇ、賭けをしない?」
我ながら良い案だと思い、私はノアに視線を落とすと、彼は私の提案に小首を傾げた。
「賭け?」
「うん。私はね、お母さんはノアのことを探してると思うんだ。だから、もし探していたら、大好きって言ってあげて」
「えぇ〜……だってお母さん、いつも俺のこと怒るし……探してないと思うから、俺が勝っちゃうよ?」
(そんな筈ないと思うけど)
ノアの身体に合った服、使い古されていない靴、うなじで切り揃えられた髪。どれを取っても、この子の後ろに、母親の愛情が見える。
おそらく下の子に目を取られて、ノアと逸れてしまったのだろう。
「じゃあ俺が勝ったらねぇ〜……一日中俺と遊んでもらう!」
「いいよ、そういうのは得意」
「言ったな!……あっ!ねえ、お姉さんのことはなんてよべばいい?」
「私?私はね、アルクセイっていうの」
「アレク……?」
口をもごもごさせている。呼ぼうとするが、小さな子どもには上手く発音できないようだった。
私の名前はこの国では珍しく、発音も少し難しい。周りに小さな子どもがいないので、ついつい忘れがちだ。
「ごめん、アークでいいよ。子どもの頃の呼び名なの」
「なんか変わった名前だな〜!」
呼びやすくなった途端、ノアはパッと表情を明るくさせたのだった。
三機関ってなんぞや回です。
何だかんだ続けられていて嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。
アレクセイは一般的だけど、アルクセイだとちょっと変わっていてトランディアにはあまり無い音なので、発音しづらいという感じです。
あとノアの「俺」の発音は「お↑れ↓」でお願いします。




