↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で私を突き落とした犯人が、この世界にもいるようです~転生令嬢は、前世の殺人事件を追う~  作者: 月夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/5

最終話 始まりの日

院長の裁きは、ひと月ほどで決まった。


4人の娘を塔から突き落とし、うち3人を死なせた罪。王立天文院長という地位も、学者としての名声も、院長を守る盾にはならない。


取り調べのあいだ、院長はほとんど何もしゃべらなかったという。


ただ一度だけ、兄にこう言ったそうだ。


「わたしが止めなければ、いずれ誰かが同じことをする。祈りは、人より長生きするものだ」


その話を聞かせてくれたのは、夜更けの居間でのこと。兄は葡萄酒の杯を手の中で回しながら、ひどく疲れた顔をしていた。


「リーネ。あの人は、最後まで自分が間違っているとは言わなかった」


「……そう」


「お前を落とそうとした相手だ。憎んでいいんだぞ」


「憎んでるわ。たぶん」


自分の声が、思っていたより弱い。


兄は杯を置いて、わたしの頭に手をのせた。子どものころ、夜中に前世の夢を見て泣いていたわたしに、よくそうしてくれたように。


「もう、塔には上がるな」


「上がらないわ。当分は」


「当分、か」


兄は苦笑いして、それ以上は何も言わなかった。


院長の最後の言葉に、わたしは返す言葉を持たない。祈りは、人より長生きする。それがどれほど本当のことか、この世界でたぶん、わたしだけが知っているのだから。


◇


天文院の新しい院長が決まるまでのあいだ、観測は見習いのエミルがひとりで続けることになった。


わたしは外出禁止をもう一度言い渡されたけれど、天文院へ行くことだけは、なぜか父が許してくれた。命の恩人に礼を尽くすのは貴族の務めだ、というのが父の理屈だ。ほんとうは、塔の上から戻ってきてから眠れなくなった娘を、少しでも外に出したかったのだと思う。


半地下の観測室で、エミルは黙って帳面をめくっていた。


「院長の計算を、ぜんぶ洗い直しました」


「それで?」


「院長は、間違っていなかった。小月は近づいています。ここ数年で速さが変わったのも本当です」


エミルは、帳面の一枚をわたしに見せかけて、やめた。代わりに、窓の外の空を指さした。


「でも、院長はひとつだけ間違えていた。小月が近づくのは、誰かの祈りが足りないからじゃない。大月に引かれているからです。大月と小月は、互いに引き合っている。軽い方が、少しずつ重い方へ寄っていく。それだけのことです」


「止める方法は」


「ありません。何人の娘を塔から落としても、何も変わらない。小月はいつか大月に近づきすぎて、砕けて、消える。僕が生きているうちではないし、リーネさまが生きているうちでもない。けれど、いつか必ず」


エミルは、静かに帳面を閉じた。


「月が、ひとつになる日が来ます」


わたしは、うなずいた。


知っている。


わたしは、その空を見たことがある。


◇


王都の噂というものは、わたしが思っていたよりずっと足が速い。


天文院長が、古い月鎮めの儀式を蘇らせようとした。それを、ハルシュタイン家の娘が身を挺して止めた。


最初のうちは、それだけの話。


けれど、エミルの洗い直した計算が王宮に上がり、小月がいずれ落ちることがおおやけになると、噂は少しずつ形を変えはじめた。


月鎮めは、ほんとうに効いていたのではないか。


数百年前に小月が近づいたときも、昔の人は娘を還して、月を留めたのではないか。


だとしたら、それを止めた娘のせいで、小月は落ちるのではないか。


市場で、そう話している人の声を聞いた。マルタがあわてて、わたしの耳をふさごうとした。


「お嬢さま、気になさってはいけません。みんな、怖いだけなんです」


分かっている。


人は、怖いものに理由をつけたがる。誰かのせいにできれば、少しだけ怖くなくなる。


そして、その誰かの名前は、きっと長く残る。


月鎮めを止めた令嬢。ふたつめの月を落とした令嬢。


その名前を、歌にする人がいるかもしれない。祈りを途絶えさせてはならないと、ひっそり儀式を守り続ける家が出てくるかもしれない。何百年もかけて、祈りは祭りになり、儀式は灯籠になり、最後の一句だけが、そのまま残る。


そしてずっと先の、月がひとつになった空の下で、ある家の少年が、幼なじみの背中を押す。


あの屋上で、わたしを殺したのは、カイの手だった。


けれど、その手をあそこまで運んできたのは、わたしだ。


わたしが今、ここで院長を止めたから。


◇


「始まりは、どこにあるんでしょうね」


ある日の夕方、観測室で、わたしの話をひととおり聞き終えたエミルが言った。


全部、話した。前の世界のこと。屋上のこと。カイのこと。月がひとつしかなかった空のこと。


エミルは、最後まで笑わなかった。茂みの中のわたしを見つけたときと同じ、少しあきれたような、けれどまじめな顔で、黙って聞いていた。


「リーネさまが院長を止めたから、言い伝えが生まれて、その言い伝えのせいで、未来のリーネさまが殺される。殺されたから、こちらに生まれ変わって、また院長を止める。どこが最初なのか、分からない」


「どこにもないのかもしれないわね」


わたしは、天井の細い窓から空を見上げた。


「輪には、始まりがないもの」


「……怖くないんですか」


「怖いわ」


正直に答えた。


「でもね、エミル。あの夜、わたしが落ちていたら、次は5人目の娘が出ていたと思うの。院長さまは、月が落ちるのを止めるまで、やめなかったでしょうから」


「たぶん、そうです」


「仕立て屋の娘さんね、先週、婚約したんですって」


エミルが、少し驚いた顔をした。


「お兄さまが教えてくれたの。あの子は、生きてる。それだけは、未来がどうなっても変わらない」


言葉にしてみて、ようやく、自分がそう思っていることに気がついた。


もう一度あの塔の上に立ったとしても、わたしはきっと、同じことをする。


◇


その夜、母がわたしの部屋を訪ねてきた。


小さな、古い木箱を抱えている。


「あなたが17になったら渡そうと思っていたのに、ばたばたしていて、すっかり遅れてしまったわ」


木箱の中には、首飾りが入っていた。


青い石。


灯り石の光を受けて、水の底みたいに、ゆらゆらと光っている。


「おばあさまから、わたしが受け継いだものよ。ハルシュタインの娘が、代々受け継いできたの」


わたしは、しばらくそれを見つめていた。


見覚えがある。


薄暗い展示室の真ん中。ガラスケースの中。照明を浴びて光っていた、ずっと昔の時代の首飾り。


――昔の、えらい人のものらしいよ。


カイは、あのとき、知っていたのだ。


わたしは、首飾りを手に取った。ひんやりとした重みが、てのひらに沈む。


「つけてみて」


母に言われて、首にかける。鏡の中で、青い石が胸元に落ち着いた。


「よく似合うわ」


母は、満足そうに笑った。


窓の外には、ふたつの月。


わたしは、ずっと先の空のことを考えた。月がひとつになった空。魔法のない街。蛇が寝そべったような形の川。満員の電車で、背の高い幼なじみに守られながら、毎朝その川を眺めていた女の子。


その子は、いつか、ガラスケースの中にこの首飾りを見つける。


そして、なぜか、その前から動けなくなる。


◇


夕方の公園で、子どもたちが縄跳びをしている。


長い縄を2人で回して、残りの子が順番に飛びこんでいく。わたしの番が来て、縄の中に飛びこんだ。足もとで縄が地面を叩く。みんなが歌う。


とうの うえの むすめさん


つきに かえれば あすがくる


ふたつめの 月を とめたくば


むすめを ひとり おくりましょ


いつもは、このあたりで誰かが引っかかる。けれど今日は、誰も引っかからなかった。わたしは飛び続け、歌は続いていく。


りねさま とめた とめちゃった


ふたつめの 月は おっこちた


縄から飛び出して、息を弾ませながら、隣の子に訊いた。


「りねさまって、だあれ?」


隣の子は、首をかしげた。


「知らない。昔の、えらい人」


見上げると、夕焼けの残る空に、月がひとつ浮かんでいた。




お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。