表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/33

回想第十一話「ゆめの観察記録」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおりとゆめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662171/

【02】ななみとリリカ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662784/


■前作「銀色の結晶」すずの記録室アーカイブ

※前作の登場キャラクター情報も含まれています。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/1/

すずの記録には、こう残っている。


「ゆめの記録。ななみとリリカが村を去った後より。記録者:すず。協力:もか」


そのすぐ下にもかが書き足していた。


「ゆめちゃんって、思ってたよりずっと、いろんなこと考えてた」


すずがそれに答えている。


「考えていた、というより、感じ続けていたようでした」


もかの文字が続く。


「それって同じことじゃないの?」


少し間が空いてから、すずの筆跡で短く返されていた。


「……似ているのかもしれません」


ななみとリリカが村を去ってから、村の空気は少し変わっていた。


静かになった、というだけではない。

残っているものの形が、前よりはっきりしたのだ。


焚き火の匂い。焼いたパンの名残。

戸口に残る人の体温。いおりの笑う声。

そして、その全部を受け止めたあとに残る、ゆめの静かな視線。


すずともかがその村に辿り着いたのは、二人が去ってから数日後のことだった。


村の入り口で、もかが胸いっぱいに空気を吸いこんで、満足そうに言った。


「やっぱりここだった。いおりちゃんの匂い、ずっと追ってたんだよね」


すずが隣で淡々と返す。


「追跡していた、ということですか」


「違うよ。追跡って、もっとこっそりするやつでしょ」


もかは肩をすくめた。


「私は気になったから、堂々と来たの」


「行動としては、ほぼ同じです」


「違うってば。気持ちが違うの」


すずが少しだけ沈黙して、それから記録の癖で小さく呟いた。


「……記録します」


その時、最初に二人を見つけたのはいおりだった。


庭先から顔を出し、知らない来訪者に目を丸くする。

それから、すぐそばにいたゆめの顔を見た。

ゆめが驚いていないことを確認して、いおりの表情もほんの少しだけやわらいだ。


「誰?」


「すずちゃんともかちゃんだよ」


ゆめがそう言うと、もかが大きく手を振った。


「こんにちは、いおりちゃん。来ちゃった」


いおりは目を瞬かせる。


「来ちゃった、で来たんですね」


「来たかったから」


もかはにっこり笑った。

まったく悪びれない笑顔だった。


「それだけですか?」


いおりが聞く。


「それだけだよ」


もかは一拍おいて、ゆめを見た。


「あと、ゆめちゃんにも会いたかった」


ゆめも、もかを見返した。


「久しぶり、もかちゃん」


「うん。久しぶり、ゆめちゃん」


それだけのやり取りだった。

けれど、二人のあいだでは、それで十分だった。


再会を大げさに言い立てなくてもいい相手がいる。

そのことを、すずは少し離れた場所から静かに見ていた。


すずともかは、その村に数日滞在することになった。


もかは、いおりが自分のことを覚えていないと分かっていながら、まるでそれをお構いなしに話しかけていた。

好きなお菓子の話。道中で見た変な形の雲の話。

前にも一緒にいたことがあるのだと、押しつけにならない程度に匂わせる話。


いおりは最初こそ不思議そうにしていたが、もかの距離感がどこか自然だったせいか、次第に笑って聞くようになっていった。


すずは多くを喋らなかった。

村の中を歩き、家の位置や風の向き、暮らしている人の癖、ゆめといおりの視線の動き方まで、静かに拾い集めていた。


ゆめは、二人が来たことで、胸の中に置いたままだった考えを、そろそろ形にしてもいいと思った。


誰かに話すべき時が来たのだと、感じた。


二日目の夜。

火が小さくなり、村の音もやわらいだ頃、ゆめはすずに声をかけた。


「すずちゃん、お願いがあります」


すずはすぐに顔を上げた。


「何ですか」


「記録してもらいたいことがあって」


その言い方に、すずはわずかに目を見開いた。

ゆめのほうから記録を頼まれるのは珍しかった。


すずは膝の上に記録帳を置き、丁寧に開く。


「何を記録しますか」


「ななみさんとリリカさんの観察記録を」


隣でもかが、ぱっと顔を輝かせた。


「観察記録? 面白そう。聞いていい?」


「もかちゃんにも、一緒に聞いてほしいです」


「やった」


すずがペン先を整えた。


「では、始めてください」


ゆめは少しだけ考え、それから、最初に匂いのことを話した。


「ななみさんの匂いは、金属と秋の空気が混ざった匂いです」


すずが書き始める。

もかは身を乗り出した。


「金属って、冷たい感じ?」


「冷たく見える匂いです」


ゆめは静かに続ける。


「でも、奥にちゃんと温かいものがある。触ると冷たそうなのに、中は熱を持っている感じです」


「へえ……」


「力が入っている時と、少し緩んでいる時で、匂いが変わります」


もかがすぐに聞く。


「どんな時に緩むの?」


「いおりを見ている時」


ゆめは迷わず答えた。


「あと、リリカさんに何か言われた時。自分一人で背負わなくていいと、少しだけ思えた瞬間に変わっていました」


「分かるんだ」


「分かります」


ゆめは頷く。


「ななみさんは、誰かを守ろうとする時、匂いが強くなります。でも、今回村に来たばかりの頃と、帰る前では、変わり方が違いました」


すずが顔を上げる。


「どう違いましたか」


「最初は、守らなきゃいけない、という匂いでした」


ゆめは言葉を選ぶように少し間を置く。


「途中からは、そばにいたい、という匂いになっていました。力んでいる感じが減って、やわらかくなったんです」


もかが小さく息をのむ。


「守る、から、そばにいる、になったってこと?」


「たぶん」


ゆめは頷いた。


「同じようで、少し違います。前のほうが、自分を固くしていた。後のほうが、ちゃんと相手を見ていました」


すずが書き留めながら言う。


「重要な変化ですね」


「そう思ったので、残しておきたかったです」


火の音が小さく弾けた。

そのあと、ゆめは今度はリリカのことを話し始めた。


「リリカさんの匂いは、焼いたパンと春の土の匂いです」


もかが嬉しそうに笑う。


「なんか分かる気がする」


「いつでも前を向いている匂いです」


ゆめは続けた。


「疲れていても、悲しくても、その匂いの向きはあまり変わらない。落ち込んでも、止まらない人の匂いです」


「変わらないんだ?」


「ほとんど」


ゆめの声が少しだけやわらぐ。


「でも、一度だけ大きく変わりました」


「いつ?」


「いおりと初めてちゃんと話した時です」


その場の空気が少し静かになる。


「その時だけ、リリカさんの匂いが、泣きそうな匂いになりました」


もかが、先ほどまでの弾んだ調子を少し落として尋ねる。


「泣きそうな匂いって、どんな匂い?」


ゆめはすぐには答えなかった。

言葉にしづらいものを、丁寧に探すように、少し考える。


「温かいのに、痛い匂いです」


ゆめはそう言った。


「大事なものを見つけた時と、なくしたものを思い出した時の匂いが、いっしょに来る感じ」


もかが小さく頷く。


「……そっか」


「でも、すぐにいつもの匂いに戻りました」


ゆめの目は火を見ていた。


「リリカさんは、痛いままでも前を向ける人です。つらいから止まるんじゃなくて、つらいまま進む」


すずは、書きながら静かに問いを重ねた。


「ゆめさんは、二人のことが好きですか」


ゆめは少し考えた。


「好きです」


短く、でもはっきりと言う。


「いおりが大切にしていた人たちだから、というのもあります」


「というのも、ということは」


「それだけじゃないです」


ゆめは顔を上げた。


「二人とも、いおりのことを本当に大切にしているのが、分かったから」


すずが尋ねる。


「匂いで、ですか」


「匂いで分かります」


ゆめは迷いなく答える。


「人は、大切な人のことを考えている時、少し変わるから。隠そうとしても、完全には隠れないです」


もかが身を乗り出した。


「それって、ずっとだったの?」


「ほとんどずっとです。村にいた間、二人とも」


ゆめは静かに言った。


「言葉にしていない時も、匂いは変わっていました」


もかはゆめをじっと見た。


「ゆめちゃん、それ気づいてて、何も言わなかったの?」


「言うタイミングではなかったので」


「タイミングって、いつ?」


「いおりが、自分で気づいた時です」


即答だった。


すずが記録帳に追記を加える。

そして、珍しく確認を取った。


「記録者注を入れてもいいですか」


「どうぞ」


すずは書きながら、ゆっくり読み上げるように言った。


「ゆめは、全部知っていて、全部待っていた。それが、ゆめのやり方だと思います」


ゆめは、その言葉をまっすぐ受け止めた。


「正確な記録です」


「ありがとうございます」


記録はいったんそこで区切られた。


もかが焚き火越しにゆめを見る。


「ゆめちゃんって、ほんとに静かに全部見てるんだね」


「そうかもしれません」


「疲れない?」


「疲れません」


ゆめは少しだけ首を傾けた。


「見ていることが、好きなので」


「いおりちゃんのことを?」


「いおりのことも」


ゆめは頷く。


「でも、今はもう少し広くなりました」


「広く?」


「いおりの大切な人たちのことも、見たいと思うようになりました」


言いながら、ゆめ自身もその変化を確かめているようだった。


「前は、いおりだけ見ていればよかった。でも今は、いおりの周りにいる人たちも知りたいと思うんです。

いおりが何を大事にしてきたのか、そこまで見たい」


もかが嬉しそうに笑う。


「それって、ゆめちゃんが変わったってことだよね」


「変わったのかもしれません」


ゆめは少し考えてから続けた。


「でも、変わっていないのかもしれない」


「どっち?」


「いおりのために見ていたのが、いおりと一緒に見るようになった感じです」


もかがぱっと顔を明るくする。


「それ、すごくいい」


「そうですか」


「うん。すごくいい感じ」


もかは楽しそうに何度も頷く。


「なんか、ひとりで抱えてる見方じゃなくなった感じがする」


ゆめは少しだけ目を伏せた。

自分でも、その言葉はしっくりきた。


「もかちゃん」


「なに?」


「もかちゃんも、匂いで人のことが分かるんだよね」


「うん。分かるよ」


「私と、似ていますね」


もかは少しだけ考えて、首を横に振るでもなく、縦に振るでもなく曖昧に笑った。


「似てる。けど、ちょっと違うかな」


「どう違うんですか」


「私はね、匂いで名前をつけるんだ」


もかは指先で空中に丸を描くようにしながら言う。


「この人はこういう匂い、この感じ、って。見つけたものに印をつけるみたいに」


「私は?」


「ゆめちゃんは、匂いで人を待ってる」


その言葉に、ゆめは少し黙った。


待つ。


その響きを、心の中で何度か転がす。

たしかに自分は、いつも何かを待っていたのかもしれない。


いおりがこちらを見る瞬間を。誰かが戻ってくる足音を。

まだ来ていない答えが、形になる時を。


「待つ、か」


「うん」


もかは笑う。


「そうじゃない?」


ゆめはゆっくり頷いた。


「そうかもしれません。待つのが、好きなのかもしれないです」


「なんで?」


「待った先に、来てくれる人がいるから」


もかが、ぱっと笑った。


「それ、すごくゆめちゃんらしい」


ゆめは少し首を傾げる。


「そうかな?」


「うん。たぶん、ゆめちゃんにしか言えない言葉」


すずは、そのやり取りを静かに記録し終えて、帳面を閉じた。


「記録、いったん終わりです」


「ありがとうございました」


「いえ」


すずは淡々と答える。


「ゆめさんに頼まれたのは初めてだったので、少し嬉しかったです」


ゆめがすずを見る。


「また頼んでもいいですか」


「いつでも」


その答えに、もかが満足そうにうんうんと頷いたあと、突然お菓子の袋を取り出した。


「じゃあ、三人でお菓子食べよう」


「私は」


「食べてよ、ゆめちゃん。記録のお礼」


ゆめは少し考えた。

断る理由を探したわけではなく、受け取っていいものか確かめるような間だった。


「じゃあ、少しだけ」


「やった」


もかが嬉しそうに袋を開けて分ける。

すずも、勧められるまま、珍しく何も言わずに受け取った。


三人で、しばらくそのままでいた。


火の音がして、甘い匂いがして、誰も急いで何かを言おうとしない。

何も言わなくても、ここにいることが分かる時間だった。


翌朝、すずともかが村を出る前、ゆめはいおりに昨夜のことを話した。


「すずちゃんともかちゃんに、記録してもらいました」


「何を?」


「ななみさんとリリカさんの観察記録を」


いおりが目を丸くする。


「観察記録?」


「匂いで分かったことを、少し」


「それ、聞いていい?」


「いつか、話すね」


「いつか?」


「いおりが聞きたい時に」


いおりは不思議そうに眉を寄せた。


「今、聞きたいけど」


「今は、まだ早いと思う」


「なんで?」


ゆめは窓の外を見た。

南東の方角だった。


「また来てくれます」


その言い方は願望というより予感に近かった。


「その時の方が、きっと意味があるから」


いおりがゆめを見る。


「ゆめって、本当にいろいろ知ってるんだね」


「全部ではないけど」


ゆめは少しだけ笑った。


「いおりに関することは、だいたい」


「それって、すごいことだと思う」


「当然のことだよ」


「当然じゃないよ」


ゆめがいおりを見返す。


「いおりにとっては当然じゃないかもしれない。でも、私にとっては当然だよ」


いおりは、それを聞いてふっと笑った。


「ゆめって、いつもそう言うよね」


「いつも本気だよ」


「知ってる」


二人は並んで窓の外を見た。

南東の空は、その日少しだけ明るかった。


見えない道の先に、またいつか誰かが現れる。

ゆめはそれを、疑っていなかった。


挿絵(By みてみん)


もかとすずが出発する直前、ゆめはもう一度すずに声をかけた。


「もう一つだけ、記録してもらえますか」


すずは荷物を置き、すぐに記録帳を開いた。


「何ですか」


「いおりのことを」


もかが顔を上げる。


「いおりちゃんの?」


「はい」


ゆめは頷いた。


「私が見てきた、いおりの話を残したいです」


すずは少しだけ考えた。

そして、すぐに答えた。


「今日の出発は遅らせます」


「いいんですか?」


「大事な記録は、急ぎません」


もかもすぐにお菓子の袋を抱え直す。


「私も聞きたい」


ゆめは窓の外を見た。


朝の光が少しずつ庭を広げていく。

いおりは今、庭の向こうにいて、まだこちらの話を知らない。


「長い話になるかもしれません」


「大丈夫」


もかが言う。


「聞くよ」


すずは新しい頁を開いた。

何かが始まる時の、いつもの静かな動作だった。


「では、始めてください」


ゆめは一度だけ、庭のほうにいるいおりへ視線を向けた。

それから、すずへ戻す。


「アムネシアのことから、話します」


すずが新しい頁の最初に、そう書きつけた。


回想第十一話:ゆめの観察記録――完

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、前作『銀色の結晶』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ