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回想第五話「ゆめの当然」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおりとゆめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662171/

【02】ななみとリリカ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662784/


■前作「銀色の結晶」すずの記録室アーカイブ

※前作の登場キャラクター情報も含まれています。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/1/

すずの記録には、こう残っている。


「いおりとゆめの記録。アムネシア崩壊後、旅の前半より。記録者:すず。協力:もか」


もかが、その横に付け加えていた。


「この回、聞きながら少し笑った。ゆめちゃんが、思っていたよりずっと面白かったから」


すずは、淡々と補足している。


「いおりも笑っていました」


もかは、その一文を読んだ時に言った。


「二人で笑ってる話、初めて聞いた気がする」


アムネシアを出た直後、いおりはまだ少しだけ覚えていた。


自分が何かの中心にいたこと。誰かたちと一緒に戦っていたこと。

ゆめと、ここから先を一緒に行くと決めたこと。


どれも断片的で、触れようとすると崩れるような記憶だった。

けれど、確かにそこにあった。


それも旅を続けるうちに、少しずつ薄れていった。


自分がどこから来たのか。何をしていたのか。

どうして左手だけ手袋をしているのか。

自分が、本当はどういう人間だったのか。


靄がかかるように、ひとつずつ遠くなっていった。


気づいた時には、もうほとんど残っていなかった。


それでも、完全には消えないものがあった。


誰かを守りたい、という気持ち。

そして、ゆめがそばにいる、という事実。


それだけは、いおりの中に最後まで残った。


記憶はないのに、ゆめと話している時だけは、不思議と言葉が出てきた。

考えるより先に、自然に返事ができた。

身体のどこかが、安心の仕方を覚えているみたいだった。


旅の最初の夜、二人は廃墟の外れで休んだ。


半分崩れた建物の陰に、風を避けられる場所をゆめが見つけたのだ。

屋根が少し残っていて、壁も二面だけ立っていた。夜を越すには十分だった。


「どこで見つけてきたの」


いおりが尋ねると、ゆめは当然のように答えた。


「匂いで探したんだよ」


「匂いで?」


「うん。雨風が入りにくい場所は、空気の匂いが少し違うから」


いおりは感心したようにゆめを見る。


「ゆめって、匂いで本当に色々分かるんだね」


「結構分かるよ」


「たとえば?」


ゆめは少し考える素振りも見せずに言った。


「今、いおりがお腹空いてることも分かる」


いおりが瞬きをする。


「分かるの?」


「分かるよ」


「なんで?」


「お腹が空いてる時と、空いてない時で、少し匂いが違うから」


いおりはしばらく真面目に考えてから言った。


「それ、ちょっとプライバシーがない感じがする」


「ごめん」


ゆめが素直に謝るので、いおりは思わず笑った。


「怒ってないよ。ただ、不思議だなって思って」


ゆめは荷物の中を探り、堅焼きのパンを取り出した。


「はい」


「どこで手に入れたの?」


「持ってきた。アムネシアを出る時に」


「準備してたの?」


「いおりが何も覚えてないかもしれないと思ったから、食べ物だけは準備しておいたよ」


いおりはパンを受け取った。

硬いけれど、手の中にあるだけで少し安心した。


「ゆめ、すごい」


すると、ゆめは少しだけ首を傾げた。


「当然だよ」


「当然って言うんだ」


「だって、当然だから」


それから、ほんの少しだけ間を置いて、ゆめは続けた。


「いおりのこと、ずっと考えてきたから」


「ずっと?」


「ずっと」


その時のいおりには、その言葉の重さはまだよく分からなかった。

でも、温かい言葉だということだけは分かった。


翌朝、いおりは現実的な問題に気づいた。


「ゆめ」


「何?」


「私、お金を持っていない」


「私も持ってない」


「どうするの?」


「働くしかないね」


ゆめの言い方があまりにも迷いなくて、いおりは少し笑ってしまった。


「どんな仕事をするの?」


「匂いで役に立てることなら、何かあると思う」


「匂いの仕事?」


「食べ物の状態を見るとか。腐ってるかどうかなら分かるし」


「それは確かに役立ちそう」


ゆめは頷いてから、今度は逆に尋ねた。


「いおりは、何が得意なの?」


いおりは黙る。


記憶がない。

得意なことも、不得意なことも、今の自分には分からない。


「……分からない」


「じゃあ、やりながら探そう」


「やりながら?」


「うん。やってみないと分からないことは、やってみればいいと思う」


いおりは、ゆめを見た。


「ゆめって、そういうところ、すごいね」


「どういうところ?」


「迷わない感じ」


ゆめは少しだけ考え、それから正直に言った。


「迷ってるよ」


「そうなの?」


「うん。でも、迷ってもやることは変わらないから」


「やることって何?」


ゆめは当たり前のことを言うみたいに答えた。


「いおりのそばにいること」


いおりは、一瞬言葉を失った。


「……ありがとう」


「お礼はあとで」


「またそれ言うんだ」


「いつも本気だよ」


その口調が妙に真剣で、いおりは少しだけ笑った。


最初に見つけた仕事は、市場の手伝いだった。


ゆめが匂いで食材の鮮度を見分け、いおりが客に声をかける。

それだけの簡単な仕事だったが、思った以上にうまくいった。


特に、ゆめの鼻は驚くほど役に立った。


「これは今日じゅうに売った方がいいです」


「こっちは、あと三日は持つよ」


「あの棚の奥のものは、もう食べない方がいいと思う」


市場のおじさんが、何度も目を丸くした。


「あんた、鼻が利くねえ」


「利きます」


「ここまで分かるのは、もう職人だよ」


「職人が何かはよく分かりませんが、ありがとうございます」


いおりはその横で聞いていて、思わず吹き出した。


「ゆめ、すごい人認定されてるよ」


「すごい人なのかな」


「たぶん、そういう意味」


「そっか。ありがとう」


おじさんがまた笑う。

その笑いにつられて、いおりも笑った。


挿絵(By みてみん)


その日の仕事が終わる頃には、二人の手の中に少しだけお金があった。


「食べ物が買える」


ゆめが言う。


「何が食べたい? いおり」


「何でもいいよ」


「何でもいいは困る」


ゆめは珍しく少しだけ困った顔をした。


「いおりが食べたいものを食べてほしいから」


いおりは少し考えた。

そして、今の自分にいちばん素直な答えを言う。


「じゃあ、温かいもの」


ゆめの表情が少しだけ和らぐ。


「分かった。探すね」


そう言って、ゆめは屋台の並ぶ方へ歩き出した。

匂いを辿る時のゆめは迷いがない。風を読むみたいに、自然に足が進む。


いおりは、その背中を見ながら思った。


こういう時間が、好きだ。


記憶はない。過去の自分が何を好きだったのかも分からない。

でも、今、こうしてゆめのあとを歩いているこの時間が好きだということだけは、はっきり分かった。


しばらく旅を続けたある日、いおりは前から気になっていたことを聞いた。


「ゆめって、私のこと、どのくらい知ってるの」


ゆめは少しも迷わず答える。


「たくさん知ってるよ」


「どのくらいたくさん?」


「いおりが覚えていないことも、知ってる」


いおりは少し口を尖らせた。


「それって、不公平じゃない?」


「どうして?」


「私は、ゆめのことをあまり知らないから」


ゆめは少しだけ考えてから、静かに言った。


「これから知っていけばいいと思うな」


「でも、ゆめは最初から私のことを知ってる」


「それは、ずっと一緒にいたからだよ」


「ずっと一緒にいたの?」


「うん」


「どのくらいずっと?」


「いおりが覚えていない頃から」


いおりは足を止め、ゆめを見る。


「ゆめって、何者なの?」


ゆめはほんの少しだけ間を置いた。

答えを選んでいるというより、いおりがちゃんと受け取れる言葉を探しているような間だった。


「いおりの、ゆめだよ」


いおりが少し笑う。


「それは名前だよね」


「名前でもある。でも、それだけじゃないよ」


「どういう意味?」


ゆめは、前を向いたまま答えた。


「いおりのそばにいるために、ここにいる。それだけ」


いおりは、その言葉をすぐには飲み込めなかった。


「それだけ、って言うけど」


「何?」


「それ、すごくない?」


ゆめが少しだけ目を細めた。


「すごくないよ。当然のことだもん」


「私は、当然じゃないと思う」


「いおりにとっては、そうかもしれない」


ゆめは立ち止まり、ちゃんといおりの方を見た。


「でも、私にとっては当然なんだよ」


その声には、誇張も気負いもなかった。

ただ、事実を言っている響きだけがあった。


いおりは、しばらく黙っていた。

それから少し照れたみたいに言う。


「ゆめのこと、もっと知りたい」


ゆめの目が、ほんの少しやわらかくなる。


「知ってもらえると嬉しいな」


「どこから聞けばいい?」


「どこからでも」


いおりは少し考えたあと、笑った。


「じゃあ、好きな食べ物から」


「好きな食べ物?」


「うん。そこ、結構大事だと思う」


ゆめは真面目に考えてから答えた。


「肉まんが好き」


「肉まん?」


「アムネシアを出てから、初めて食べたの」


「そんなにおいしかった?」


「温かくて、ふわふわで、すごくおいしかった」


「それ以前は?」


「食べてなかった」


「どうして?」


「そういう機会がなかったから」


いおりは、ゆめの顔を見た。


その「機会がなかった」という言い方の向こうに、二人がいた場所の息苦しさが、少しだけ透けて見えた気がした。

でも今は、それを深く掘り返すより、未来の話をしたかった。


「じゃあ、今度一緒に食べよう」


ゆめがすぐに頷く。


「うん」


「約束だよ」


「約束する」


いおりが笑う。

ゆめも、つられるみたいに笑った。


その約束は、小さな約束だった。

けれど、二人にとってはたしかに未来へ向かう約束だった。


すずの記録には、この後こう続いている。


「いおりとゆめは、この時期のことをよく話してくれた。

 二人とも、この頃の話をする時だけ、声が少し柔らかくなる。

 記録者注:この時間は、二人にとって大事な基礎になっていると判断した」


もかが、その注釈の横に書き足している。


「肉まんの話、ちゃんと続きがあるんだよね」


すずは短く答えた。


「あります」


少しだけ間を置いて、さらに記す。


「次の記録で」


回想第五話:ゆめの当然――完

キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。


もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、前作『銀色の結晶』も併せて手に取っていただければ幸いです。


■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/


■専用Xアカウント

https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21

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