回想第一話「砂場の三人」
■ 登場キャラクター紹介
【01】いおりとゆめ
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662171/
【02】ななみとリリカ
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662784/
■前作「銀色の結晶」すずの記録室
※前作の登場キャラクター情報も含まれています。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/1/
すずの記録には、こう残っている。
「リリカという人物の記録。幼少期の記憶より抜粋。記録者、すず。協力、もか」
その下に、もかが横から書き足した一文があった。
「あと、チップスを食べながら聞きました」
「それ、必要ですか」
すずが言った。
「必要必要。どういうテンションで聞いたかって大事じゃん」
もかはそう言いながら、袋の口をのぞき込んだ。
もうあまり残っていないらしい。
「リリカさん、幼稚園の頃の話をしてくれたんですか」
「そうなの。なんか、すごく楽しそうに話してて」
すずが記録帳を開く。
紙の端をそろえ、視線を落とし、いつもの静かな声で言った。
「では、始めます」
リリカは、一人っ子だった。
近所に同い年の子はいなかった。
少し年上の子はいたが、遊びに誘ってもらえることはあまりなかった。
だから休みの日はだいたい一人で過ごした。
庭で虫を追いかけたり、道にチョークで絵を描いたり、名前も知らない草を摘んで並べたりしていた。
それが普通だと思っていた。
寂しいかと聞かれれば、たぶん少しは寂しかったのだろう。
でも比べる相手がいないから、それを寂しいとは呼ばなかった。
幼稚園に入る前の春。
母親が、夕飯の支度をしながら言った。
「リリカ、同じ幼稚園に入る子が近所にいるんだって」
「ほんと?」
「いおりちゃんっていうんだけど、一個下の子だよ」
一個下。
その言葉を聞いた瞬間、リリカの胸の中で何かが跳ねた。
一個下なら、自分がお姉さんの方だ。
面倒を見てあげられる。一緒に遊べる。守ってあげることだってできるかもしれない。
会う前から、もう好きになりかけていた。
初めて会ったのは、入園式の前日だった。
母親に連れられて近所の家へ挨拶に行く。
玄関の前で待っているあいだ、リリカは靴先で地面をこつこつ叩いていた。
緊張していたのか、楽しみすぎたのか、自分でもよく分からなかった。
扉が開く。
そこに、小さな女の子が立っていた。
目がはっきりしていた。じっとリリカを見ている。
怖がっているのでも、恥ずかしがっているのでもない。ただ、静かに観察していた。
「いおりちゃん、ご挨拶は?」
大人に促されて、その子は少しだけ考えたあと、言った。
「よろしくお願いします」
丁寧な言い方だった。
一個下なのに、リリカよりずっと丁寧だった。
リリカは少し慌てて背筋を伸ばした。
「リリカです。よろしくね」
「うん」
その子が、少しだけ微笑んだ。
その瞬間、リリカは思った。
この子とは、絶対に仲良くなる。
幼稚園が始まってから、リリカといおりは毎日のように一緒にいた。
別のクラスだったが、そんなことは関係なかった。
登園すれば砂場で会い、お弁当の時間には近くに座り、帰り道では同じ花や石を見つけて立ち止まった。
いおりは、一個下なのに不思議と頼りになるところがあった。
何かを作る時は、最初に全体を考えた。
誰かが転んで泣いていたら、リリカより先に駆け寄った。おやつを分ける時は、自分が少ない方を取った。
そういうところが、リリカは好きだった。
妹みたいだ、と思っていた。
正確には、妹にしたかった。
もし自分に妹がいるなら、こういう子がいい。
そう思っていた。
でも、それは言わなかった。
言ったら、いおりが困る気がしたからだ。
だから代わりに、なるべく一緒にいることにした。
砂場の記憶は、そのどれよりも鮮明だ。
幼稚園の庭のすみ。少し湿った砂の匂い。
小さなスコップ。丸いバケツ。日差しに温められたプラスチックの縁。
いおりは、砂場の設計者だった。
ただ掘るのではない。
どこに何を作るかを最初に考える。
山を作るなら、崩れないように土台を固める。
川を作るなら、水が流れる方向を考える。五歳にしては、やけに真剣だった。
リリカは、そういういおりが好きだった。
「ここに川を作りたい」
いおりが言う。
するとリリカは、すぐに掘り始める。
方向が合っているかどうかは、あとで確認した。まず動くのが、リリカのやり方だった。
「リリちゃん、そっちじゃない」
「あ、こっち?」
「こっち」
「こう?」
「もう少し右」
「こう?」
いおりが少しだけ考えて、それから言う。
「……まあ、いいか」
いおりが「まあいいか」と言う時は、たいていリリカが想定外の場所を掘っている時だった。
でも、いおりは怒らなかった。
設計を修正して、リリカの掘った方向に合わせる。
最初に考えていた形を捨てて、もっと面白いものに作り替えてしまう。
その柔軟さが、リリカには不思議だった。
「いおりちゃんって、修正するの上手だよね」
「どういう意味?」
「私が変なところ掘っても、それに合わせてくれるじゃん」
いおりは少し首を傾げた。
「リリちゃんが掘った場所を活かした方が、面白くなることがあるから」
「そうなの?」
「うん。最初の形より良くなることもある」
リリカは、それを聞いてなんとなく嬉しくなった。
自分の失敗みたいなものが、面白さになることもある。
その考え方は、リリカにとって新しかった。
この子は、不思議な子だ。
そう、何度も思った。
砂場には、時々もう一人来ることがあった。
黒髪の子だった。いおりより少し背が高い。
最初に来た時から、妙にきちんとしていた。
服に砂がついても、手についた土をすぐ払う。
道具は使った場所に戻す。崩れかけた山を見ると、黙って形を整える。
リリカは最初、その子の名前がうまく聞き取れなかった。
だからしばらくのあいだ、勝手に「くろかみちゃん」と呼んでいた。
「くろかみちゃんじゃないよ」
いおりに言われた。
「なんて呼べばいいの」
「名前で呼べばいい」
「名前、なんだっけ」
いおりが、その子を見た。
「自分で言って」
黒髪の子は少し考えてから、自分の名前を言った。
その声は、静かで綺麗だった。
リリカは、その名前を聞いた瞬間、なぜかとても良い名前だと思った。
「じゃあ、その名前で呼ぶ」
「うん」
「よろしく」
「……よろしく」
その子は、あまり喋らなかった。
でも、砂場の作業にはちゃんと加わった。
いおりが設計して、リリカが勢いよく掘って、黒髪の子が丁寧に形を整える。
三人でやると、砂場の作品は一段階よくなった。
リリカは、その黒髪の子のことを少し不思議だと思っていた。
でも、嫌いではなかった。
いおりが安心して笑っているから、それでよかった。
ある日、三人で穴を掘ることになった。
きっかけは、リリカの一言だった。
「地球の反対側まで掘ったら、どうなるんだろう」
いおりがすぐに答えた。
「穴が貫通する」
「貫通したら?」
「向こう側が見える」
「じゃあ、掘ろう」
いおりも頷く。
「掘ろう」
黒髪の子が少し首を傾げた。
「届くの?」
「届かないかもしれないけど、やってみよう」
リリカが言った。
「届くまでやってみよう」
いおりが言った。
黒髪の子は少し考えてから、やがて小さく頷いた。
三人で掘り始めた。
リリカが勢いよく掘る。
いおりが深さと角度を見て調整する。黒髪の子が崩れた縁を固める。
砂は思ったより柔らかく、少し掘るとすぐに崩れた。
それでも三人は真剣だった。
地球の反対側は、とてつもなく遠い。
でも、その時の三人には本気で届く気がしていた。
三十センチくらい掘ったところで、砂が崩れた。
穴はあっという間に埋まった。
三人は、埋まった穴を見下ろした。
「届かなかった」
リリカが言う。
「届かなかった」
いおりも言う。
黒髪の子が少しだけ口元を緩める。
「届かなかったね」
次の瞬間、三人とも泥だらけのまま笑っていた。
その笑い声を、リリカは今でも覚えている。
砂の匂い。日差しのまぶしさ。
笑いすぎてお腹が少し痛くなったことまで、ちゃんと覚えている。
そのあと、三人で川原へ行った日があった。
浅い流れのそばで石を拾って遊んでいた時、いおりが小さな石を見つけた。
琥珀色の、小さな石だった。
太陽の光に透かすと、飴みたいに柔らかい色をしていた。
「きれい」
リリカが言う。
いおりは少しだけ石を見つめてから、それを差し出した。
「あげようか」
「いいの?」
「うん」
「でも、いおりちゃんが拾ったんだから、いおりちゃんが持ってた方が」
いおりは少しだけ考えた。
それから、静かに言う。
「リリちゃんが持ってて」
「どうして?」
いおりはまた少し考えた。
「なんとなく、リリちゃんが持ってた方がいい気がして」
リリカは石を受け取った。
その時のいおりの顔を、今でも覚えている。
少し照れくさそうで、でも真剣だった。
黒髪の子が、その石を見ていた。
「きれいな石だね」
「うん」
「大事にしてね」
「する」
リリカは、その約束を今でも守っている。
その日の夕方、黒髪の子が帰る時間になった。
迎えが来て、黒髪の子が帰り支度を始める。
リリカは、まだ遊び足りなかった。
「また明日ね」
「うん」
「また砂場やろうね」
「うん」
黒髪の子が、いおりを見た。
「いおりちゃんも、また来る?」
「来る」
「じゃあ、また明日」
黒髪の子が手を振って、走っていった。
その背中を見送りながら、リリカは、いおりに言った。
「あの子って、面白い子だよね」
「どんな風に?」
「そんなに喋らないのに、砂場の作業だけはすごく丁寧で。なんか、不思議な子」
いおりは少し考えた。
「そうかな」
「そうだよ。いおりちゃんは、あの子のどんなとこが好き?」
いおりは、ほんの少し間を置いてから答えた。
「ちゃんとしてるところ」
「ちゃんとしてる?」
「うん。言ったことをちゃんとやる。修正もちゃんとやる。手を抜かない」
リリカは、その答えに納得した。
たしかに、あの子はそういう子だ。
「それが好きなの?」
「なんか、安心するんだよね。一緒にいると」
リリカは、なるほどと思った。
いおりが安心する存在。
それが、あの黒髪の子なのかもしれない。
「じゃあ私は?」
いおりがリリカを見る。
「リリちゃんは」
少し間を置いて、いおりは笑った。
「楽しい存在」
「楽しい?」
「うん。リリちゃんがいると想定外のことが起きる。でも、それが面白くて。一緒にいると飽きない」
「それって褒めてる?」
「褒めてる」
リリカは、嬉しくなった。
「じゃあ、ずっと一緒にいようね」
「うん」
いおりが笑った。
その笑顔が、リリカの記憶の中にずっと残っている。
どんなに時間が経っても、薄れない笑顔として。
すずの記録には、このあとこう続いている。
「リリカという人物は、この記憶を現在でもかなり高い精度で保持している。
石の重さ、砂の感触、声の高さ。細部まで明瞭である。
記録者として特記すべき点は、リリカがこの記憶を語る時、必ず笑顔になること。
悲しい結末を持つ記憶であるにもかかわらず、語る時の表情は明るい」
もかが、そこで横から言った。
「それって、いおりちゃんのこと思い出すのが、今でも嬉しいってことだと思う」
すずが視線を上げる。
「解釈ですか」
「うん、解釈。でもたぶん大事」
もかはチップスの残りを袋の底から探りながら続けた。
「悲しい話のはずなのに笑顔になるって、まだその時間のこと好きってことじゃん。すずちゃん、それも書いといて」
すずは少しだけ間を置いた。
それから、静かに言う。
「記録しました」
もかが満足そうに頷く。
「次は誰の記録?」
「いおりの従姉妹の記録を続けます」
「ななみさんの?」
「はい。幼い頃の話から」
もかは少し考えた。
「あの人の子供の頃か。なんか、想像できないな」
「記録すれば、分かります」
すずが次のページへ指をかける。
紙が、静かにめくられた。
回想第一話:砂場の三人――完
キャラクターたちのより深い背景や『アムネシア』での誓いを知ることで、物語をより一層深く味わっていただけるかと思います。
もし彼女たちの過去に興味を持っていただけましたら、前作『銀色の結晶』も併せて手に取っていただければ幸いです。
■銀色の結晶――さよならを忘れるための、戦記。
https://ncode.syosetu.com/n7557ma/
■専用Xアカウント
https://x.com/gin_no_sakura_y?s=21




