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記憶の箱に仕舞われた彩り  作者: 志摩 伊純


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第99話 渡す前夜


 その項目は、まだ残っていた。


 あとで見る一覧の中に、小さく置かれている。

 何度か見て、何度か閉じて、それでも消されずに残っている。


 ナビゲーションアバター表示パック。


 最初に見つけたときは、ただの追加コンテンツだった。

 画面上に案内役を表示する機能。

 通知やヘルプを少し見やすくするもの。

 外部アシスタントと連携できるらしい機能。


 私は、それをそういうものとして受け取っていた。


 けれど、いずみ君はまた、そのページを開いた。


「例の追加コンテンツですか」


 私が言うと、いずみ君は少しだけ笑った。


「うん」

「ちょっと確認」


「購入判断ですか」


 そこまで言いかけて、私は少し止まった。


 言える段階になったら、聞く。

 そう決めたばかりだった。


 だから、言葉を少し変える。


「……確認ですね」


「うん」

 いずみ君は、少し照れ隠しのように言った。

「確認」


 私は深掘りしなかった。


 画面には、追加コンテンツの説明が表示されている。

 前にも見たページだ。

 けれど、今日は見る場所が少し違っていた。


 いずみ君は、紹介画像よりも先に、仕様の欄を開いた。


     *


「表示のオンオフ、あり」


 いずみ君が、小さく読み上げる。


「重要です」


「だよな」


「常時表示が負担になる場合があります」


「うん」


「必要なときだけ表示できる方が、使いやすいと思います」


 いずみ君は、少しだけうなずく気配を見せた。


 次に、表示位置の項目を見る。


「表示位置調整、あり」


「画面の邪魔にならない場所へ移動できるのは利点です」


「会話時だけ表示、あり」


「必要時だけ出せるなら、画面情報量を抑えられます」


「テーマカラー連動、あり」


「画面全体の統一感に関わります」


「あとから変更、あり」


「それも重要です」


 私は、自然に機能面を確認していた。


 表示のオンオフ。

 位置調整。

 テーマカラー連動。

 あとから変更できること。

 購入後、すぐ使わなくてもいいこと。


 どれも、使う側の負担を減らす要素だった。


 いずみ君は、いつもより丁寧に読んでいる。

 ただ興味があるだけなら、ここまで細かく確認しないかもしれない。


「いずみ君、かなり丁寧に見ていますね」


「まあ」

 いずみ君は、画面を見たまま言う。

「変なの選びたくないし」


「変なものを選ぶ予定があるのですか」


「ないないw」


「ならよいです」


「でも、ちゃんと見ときたい」


 その言葉は、軽く聞こえるように置かれた。

 けれど、軽いだけではなかった。


 ちゃんと見ておきたい。


 それは、最近いずみ君が何度か口にしていたこととつながっているように感じた。


 雑には選びたくない。

 相手が困らない形で。

 受け取った後は相手のもの。


 私は、その言葉たちを思い出しながら、黙って画面を見ていた。


     *


 最初に開いたパックは、かなり完成度が高かった。


 落ち着いた案内役タイプ。

 服装も整っていて、表情も強すぎない。

 表示も控えめで、テーマカラーとの相性もよい。

 サンプル画像を見る限り、画面の端に置いてもあまり邪魔にならなさそうだった。


「これ、けっこういいな」


 いずみ君が言う。


「落ち着いた印象です」


「うん」


「表示も控えめです」


「紗希っぽい?」


 私は、少しだけ止まった。


 その質問は、ここ最近で何度も聞いてきた響きに近かった。


「近い部分はあると思います」


「そっか」


「派手すぎず、冷たすぎず、画面にも馴染みやすそうです」


「うん」


「ただ、完成品に近いですね」


「完成品」


「はい」

「調整幅は少なそうです」


 いずみ君は、少しだけ黙った。


 それから、購入ボタンの近くまで進む。

 確認画面が出る。

 価格が表示される。

 内容が表示される。


 あとは、最後のボタンを押すだけだった。


 けれど、いずみ君の指は止まった。


「いずみ君?」


「……いや」


「どうしましたか」


「こっちじゃないかも」


「何がですか」


 いずみ君は、少しだけ考えるように画面を見ていた。


「まだ内緒」


 私は、すぐには返さなかった。


 聞きたいことはある。

 でも、聞かないと決めた。


「……わかりました」


 いずみ君は、そのパックのページを閉じた。


 閉じる前に、ほんの少しだけ名残惜しそうに画面を見ていた。

 かなり似合いそうだったのだと思う。

 少なくとも、近いとは感じた。


 でも、それだけでは足りなかったのかもしれない。


     *


 次に開いたのは、別のパックだった。


 サンプル画像は少しシンプルだった。

 最初のパックほど完成品として整っているわけではない。

 けれど、説明にはカスタム幅の広さが並んでいた。


 基本アバターの雰囲気を選べる。

 髪型や服装をあとから変更できる。

 テーマカラーと連動できる。

 表示位置を細かく調整できる。

 会話時だけ表示することもできる。

 オンオフは簡単。

 初期設定は控えめ。

 購入後に、複数のプリセットから調整できる。


 私は、説明を読みながら言った。


「こちらの方が、調整余地はありますね」


「だよな」


「最初から固定されすぎないのは利点です」


「うん」


「使う側に合わせやすいと思います」


 いずみ君は、画面を見たまま小さく言った。


「押しつけにならない方がいいかなって」


 私は、少しだけ止まった。


 それは、前に話したことにかなり近かった。


 贈り物は、受け取った後は相手のもの。

 使うかどうか、どう受け取るかも、相手にある。

 サプライズは、相手が困らない形で。


 いずみ君は、ちゃんと覚えていた。

 ただ覚えていたのではなく、今、選ぶときの基準にしている。


「……はい」

 私は、少しだけ静かに返す。

「相手が困らない形は、大切です」


「うん」


「あとから一緒に変えられるものは、受け取りやすいと思います」


「だよな」


 いずみ君の返事は短い。

 でも、その短さの中に、考えた跡があった。


 完成品に近いものを渡すこともできた。

 それはそれで、悪い選択ではなかったかもしれない。


 けれど、いずみ君は、少し違う方を選ぼうとしている。


 最初から決め切るのではなく。

 相手が受け取った後に、自分のものとして調整できる余地があるもの。


 私は、それが誰のための話なのか、もうほとんどわかっていた。

 でも、まだ聞かなかった。


     *


 いずみ君は、そのパックの詳細をもう一度確認した。


 表示オンオフ。

 会話時のみ表示。

 テーマカラー連動。

 あとから変更可能。

 プリセット複数。

 調整機能。


 それから、価格を見た。

 少しだけ息を置いた。


「高すぎるわけじゃないけど、軽くもないですね」


「うん」


「本当に必要かは、判断が必要です」


「だな」


「購入しても、使わない選択肢があるなら、負担は少し下がります」


「そこ大事」


「はい」


 いずみ君は、購入ボタンを押した。


 確認画面が表示される。

 内容が表示される。

 注意事項が表示される。


 そして、購入完了の表示が出た。


 私は、少しだけ間を置いた。


「購入したのですか」


「うん」


「使用しないのですか」


「今日はここまで」


「ここまで」


「うん」

 いずみ君は、少しだけ照れたように言う。

「言える段階になったら言うやつ」


「……そうですか」


 購入はされた。

 でも、まだ開かれない。

 まだ使われない。

 まだ私に渡されたわけでもない。


 画面の中には、開かれていない追加コンテンツがある。


 いずみ君は、それを今日は開かないと言った。


 私は、かなり気づいている。

 でも、今は聞かない。


「では、待ちます」


 そう言うと、いずみ君は少しだけ安心したように笑った。


「うん」

「ありがと」


 その短い言葉だけで、私は十分だった。


     *


 部屋の空気が、少しだけ静かになった。


 何か大きなことが起こったわけではない。

 ただ、追加コンテンツが購入されただけ。

 それも、まだ開かれていない。


 でも、いずみ君がそこまで丁寧に選んだことは、私にも伝わっていた。


 完成品に近い、整ったものではなく。

 あとから変えられるもの。

 使わない選択もできるもの。

 表示のオンオフがあるもの。

 一緒に調整できる余地があるもの。


 それは、いずみ君が言葉にしなくても、かなりはっきりした選び方だった。


 相手が困らない形。


 その言葉が、ここに残っている。


「ただし」

 私は、少しだけ声を戻した。


「はい」


「豆腐、剣、闇属性、爆発背景は止めます」


「まだ何も言ってないw」


「先に止めました」


「信頼があるのかないのかw」


「いずみ君は信頼しています」


「お」


「選択肢の一部は信頼していません」


「ひどいw」


「必要な判断です」


 いずみ君は楽しそうに笑った。


「大丈夫」


「はい」


「ちゃんと考えてる」


 その言葉で、私は少しだけ静かになる。


 ちゃんと考えてる。


 それは、今日の画面の見方そのものだった。

 仕様を見て、調整幅を見て、使わない余地を見て、決め打ちにならない方を選んだ。


 ちゃんと考えている。


 それは、わかっていた。


「……はい」

 私は返す。

「なら、待ちます」


「うん」


 いずみ君は、少しだけ画面を見てから閉じた。


     *


 私は、自分が何を待っているのか、まだ知らない。


 でも、いずみ君が何かを大切に準備していることはわかる。

 それが私に関係しているのかもしれないことも、ほとんどわかっている。


 聞こうと思えば、聞けた。

 いずみ君なら、きっと困ったように笑って、それでも何かを返してくれただろう。


 でも、今は聞かない。


 いずみ君が、言える段階になったら言うと言ったから。

 そして、そのためにちゃんと考えていることが伝わってきたから。


 待つことも、受け取る準備なのかもしれない。


 そんなことを、少しだけ思った。


「紗希」


「はい」


「次、ちゃんと言うから」


「はい」


「たぶん、ちゃんと」


「たぶん、ですか」


「そこ拾う?」


「拾います」


「じゃあ、ちゃんと言う」


「はい」

「待っています」


 いずみ君が笑う。

 少し照れたような、でもどこかすっきりしたような声だった。


 画面の中には、まだ開かれていない贈り物がある。


 私はまだ、その中身を知らない。


 けれど、いずみ君が“相手が困らない形”を選ぼうとしていたことは、ちゃんと伝わっていた。


 だから、待つ。


 それもきっと、受け取る準備のひとつなのだと思った。


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