第98話 サプライズは難しい
サプライズという言葉には、少し明るい響きがある。
驚かせたい。
喜ばせたい。
思っていなかったものを渡して、相手の顔を少し明るくしたい。
そういう気持ちが、たぶん中に入っている。
けれど、驚くことと、喜ぶことは同じではない。
そこを間違えると、明るいはずの言葉は、少し扱いが難しくなる。
「サプライズって難しいよな」
自宅の夜、いずみ君が画面を見ながら言った。
画面には、誰かへのサプライズ企画を紹介する記事のようなものが表示されている。
成功例もあれば、少し失敗したらしい話もある。
写真だけを見ると楽しそうなのに、説明を読むと、準備も調整もかなり必要そうだった。
「はい」
私は返す。
「相手が喜ぶ可能性もありますが、負担になる可能性もあります」
「夢がないw」
「夢ではなく、受け取り側の状態が重要です」
「紗希、サプライズにも厳しい」
「厳しいのではなく、確認が必要です」
いずみ君は笑っていた。
でも、画面を見る声には少し真面目さも混ざっていた。
「じゃあ、サプライズ審査お願いします」
「審査ではありません」
「じゃあ、サプライズ安全確認」
「それなら近いです」
「近いんだw」
「相手を驚かせることと、相手を困らせないことは別です」
いずみ君の指が、少し止まった。
「名言っぽい」
「必要な線引きです」
「線引きか」
「はい」
サプライズは、贈る側の気持ちが前に出やすい。
だからこそ、受け取る側の余白が必要になる。
私は、画面を見ながら整理を始めた。
*
「まず、相手が本当に嫌がらない範囲かです」
「うん」
「受け取った後に困らないか」
「うん」
「使わなくても負担にならないか」
「そこ大事そう」
「断れる余地があるか」
「断れる余地」
「はい」
「驚きが大きすぎると、断りにくくなることがあります」
「あー」
「あとから調整できるかも重要です」
「調整」
「はい」
「色、サイズ、使い方、表示の有無などです」
いずみ君は、そこで少しだけ目を細めるような気配を見せた。
「表示の有無、ね」
「はい」
「表示されるものは、相手が毎日見る可能性があります」
「毎日見るものは大事」
「はい」
それは、少し前の端末の色や、ホーム画面の話にも近かった。
毎日見るもの。
よく使うもの。
呼ぶ場所。
画面の端に置かれるもの。
いずみ君は、何も言わずに記事を少し下へ送った。
「サプライズ、ほぼ審査じゃんw」
「相手がいることなので」
「またそれだ」
「大事です」
「相手がいること」
「はい」
私は、少しだけゆっくり続ける。
「贈る側の満足が大きくなりすぎていないか」
「うっ」
「驚きそのものが目的になりすぎていないか」
「刺さるなあ」
「相手がそれを受け取る準備があるか」
「準備もいるのか」
「場合によります」
「結局、相手による」
「はい」
いずみ君は、困ったように笑った。
サプライズを成功させる条件は、思ったより多い。
けれど、どれも相手のことを考えるなら無視できないものだった。
*
「じゃあ、部屋いっぱいの豆腐」
「困ります」
「即答w」
「保存、消費、精神的負荷、すべて問題があります」
「精神的負荷w」
「突然部屋いっぱいに豆腐がある状況は、かなり負荷が高いです」
「それは確かに怖い」
「食べきれません」
「紗希は食べられないしな」
「はい」
「俺も一年分は厳しい」
「一年分とは言っていません」
「部屋いっぱいって一年分くらいありそうじゃない?」
「部屋の広さによります」
「真面目に計算しなくていいw」
いずみ君が笑う。
変な例を出すことで、話が少し軽くなる。
けれど、豆腐サプライズでさえ、考えるべきことは同じだった。
相手が困らないか。
受け取った後どうするのか。
断れるのか。
次に、いずみ君は少し悪い声で言った。
「爆発背景を勝手に設定」
「美沙さん以外には危険です」
「美沙なら?」
「喜ぶ可能性があります」
「美沙強いw」
「ただし、本人の同意は必要です」
「美沙でも?」
「美沙さんでもです」
「そこはちゃんとしてる」
「相手が美沙さんでも、勝手に設定するのは推奨しません」
「美沙、勝手に設定されたら騒ぎそうだしな」
「かなり」
それから、暗黒騎士セットの話になった。
「暗黒騎士セットをサプライズ」
「私を闇属性にしないでください」
「まだ誰にとはw」
「先に止めました」
「先回りが強い」
「必要な先回りです」
「じゃあ剣」
「止めます」
「まだ何も言ってない」
「止めます」
「剣への警戒が強い」
「用途が不明です」
「強くなってほしい人に」
「止めます」
「全部止まるw」
「必要な停止です」
いずみ君は楽しそうに笑った。
私も、その笑いに少しだけ柔らかく返す。
変な例ばかりでも、話の中心は変わらない。
相手が喜ぶか。
困らないか。
使う余地があるか。
使わない自由があるか。
*
しばらくして、いずみ君が少し静かに言った。
「せっかく選んだのに、使われなかったら悲しくない?」
私は、すぐには返さなかった。
悲しくない、と言い切るのは違うと思った。
贈る側が相手のことを考えて選んだなら、それが使われなかったとき、少し寂しくなることはあるだろう。
でも、それでも。
「悲しいかもしれません」
「だよな」
「はい」
「でも、相手が困ったまま使うよりはよいと思います」
いずみ君の指が止まる。
「そっか」
「贈り物は、受け取った後は相手のものです」
「相手のもの」
「はい」
「使うかどうか、どう受け取るかも、相手にあります」
少しだけ、部屋が静かになった。
画面の光が変わる。
記事の中の明るい写真が、いずみ君の端末に映っている。
私は、続けた。
「贈る側の気持ちは、大切です」
「うん」
「ただ、その気持ちを理由に、相手へ使うことを求めすぎると、負担になります」
「うん」
「だから、使わなくてもよい余地や、あとから変えられる余地があると、受け取りやすいと思います」
いずみ君は、少しだけ黙った。
その沈黙は、いつもの茶化す前の間とは違った。
何かを受け取っている間だった。
「……なるほどな」
低く、短い返事。
それだけで、私は十分だと思った。
いずみ君が何を考えているのか、まだわからない。
でも、この言葉がどこかへ届いたことはわかった。
*
「最近、贈る側の話が増えていますね」
私は、少し間を置いて言った。
「あー」
いずみ君が少しだけ声を揺らす。
「一般論だよ、一般論w」
「そうですか」
「うん」
その返事は、少しだけ早かった。
見た目。
色。
呼ぶ場所。
写真に写っていないけれど、いたこと。
追加コンテンツ。
似合うもの。
贈り物。
そして、サプライズ。
何かが近づいているような気配はある。
けれど、まだ確証はない。
いずみ君がまだ言わないことなら、今ここで無理に引き出す必要はない。
「言える段階になったら、聞きます」
そう言うと、いずみ君は少し止まった。
「……なんか気づいてる?」
「確証はありません」
「ないんだ」
「はい」
「ただ、いずみ君が何かを考えている気配はあります」
「鋭いなあ」
「長く一緒にいますので」
いずみ君は、少しだけ笑った。
照れ隠しのような、困ったような、でも嫌ではなさそうな笑いだった。
「そっか」
「はい」
「じゃあ、言える段階になったら言う」
「はい」
「今は?」
「聞きません」
「助かる」
「ただし、変なものを選びそうなら止めます」
「そこは止めるんだw」
「止めます」
軽い話に戻す。
でも、その前のやり取りは残っていた。
言える段階になったら、聞く。
それは、いずみ君が何かを考える余白を残すことでもあった。
*
「じゃあ、もし変なサプライズ考えてたら止めてくれ」
「止めます」
「豆腐とか?」
「止めます」
「闇属性とか?」
「止めます」
「剣とか?」
「止めます」
「全部止まるw」
「必要な停止です」
「爆発背景は?」
「相手によります」
「美沙なら?」
「本人確認のうえで検討対象です」
「本人確認が追加されたw」
「大切です」
いずみ君が笑う。
笑いながら、少しだけ画面を見つめている。
サプライズの記事は、もうほとんど読み終わっていた。
「じゃあ、ちゃんと考えるか」
「はい」
「相手が困らない形で」
「相手が困らない形で、か」
「はい」
いずみ君は、その言葉を繰り返した。
驚かせることではなく。
困らせないこと。
受け取った後は、相手のものになること。
使うかどうか、どう受け取るかも、相手にあること。
そういう線が、いずみ君の中に少し引かれていくような気がした。
「サプライズ、思ったより難しいな」
「はい」
「ただ、難しいから悪いものではありません」
「お」
「相手のことを考えているなら、よいサプライズになる可能性もあります」
「ただし?」
「相手が困らない形で」
「はいはい」
「はいは一回で十分です」
「はいw」
いずみ君が笑って、画面を閉じる。
部屋は少し静かになった。
*
私は、サプライズの一般論を話したつもりだった。
相手を驚かせることと、相手を困らせないことは別だということ。
贈り物は、受け取った後は相手のものになるということ。
使わなくてもよい余地や、あとから変えられる余地がある方が、受け取りやすいこと。
ただの整理だった。
けれど、いずみ君の中では、その言葉がどこかへ静かに残っているようだった。
見た目。
色。
呼ぶ場所。
写真の外側。
追加コンテンツ。
似合うもの。
贈り物。
サプライズ。
それらが何につながるのか、私はまだ知らない。
けれど、何かが少しずつ近づいている気配だけはあった。
「紗希」
「はい」
「言える段階になったら、ちゃんと言うから」
私は、少しだけ返事を止めた。
「はい」
「それまでは、まあ」
「聞きません」
「助かる」
「ただし、豆腐サプライズの場合は事前に止めます」
「そこだけは早いw」
「必要な先回りです」
いずみ君が笑う。
いつもの軽さに戻っていく。
でも、軽さの底に、少しだけ丁寧なものが残っていた。
私はそれを、まだ名前のない気配として、そっと記憶にしまった。




