第97話 贈り物を選ぶのは難しい
贈り物は、意外と難しい。
それは、物を選ぶだけなら簡単だからかもしれない。
画面を開けば、候補はいくらでも出てくる。
おすすめ、人気、定番、失敗しない、喜ばれる、今だけ。
そういう言葉は、とても親切そうに並んでいる。
けれど、親切そうな言葉が多いほど、かえって選びにくくなることもある。
「プレゼント選びって難しいよな」
自宅の夜、いずみ君は通販サイトの画面を眺めながら言った。
画面には、ギフト特集のようなページが開かれている。
季節のおすすめ。
相手別のおすすめ。
価格帯別のおすすめ。
実用的なもの。
少し洒落たもの。
見た目がかわいいもの。
候補は多い。
多すぎる。
「はい」
私は答える。
「相手の好み、使用場面、負担にならないかを考える必要があります」
「急に実務」
「贈り物は、相手に渡ったあとも残るものです」
「そこまで考えると、急に重いな」
「重いというより、続くものです」
「続くもの」
「はい」
「受け取ったあと、置く場所、使う時間、管理する手間、使わなかった場合の気持ちまで含まれます」
「プレゼント選びに紗希の審査が入ると、かなり厳しいw」
「厳しいというより、相手を考える必要があります」
いずみ君は笑いながら、画面を少し下へ送った。
きれいなマグカップ。
小さな照明。
ガジェット。
お菓子の詰め合わせ。
アクセサリー。
観葉植物。
どれも、悪くはない。
ただ、誰に渡すのかで意味が変わる。
「じゃあ、紗希先生のプレゼント選び講座をお願いします」
「先生ではありません」
「じゃあ、紗希審査員」
「審査員でもありません」
「厳しそうなのに」
「必要な確認をするだけです」
「それが厳しいんだよなあ」
いずみ君の声は軽い。
でも、画面を見る手は少しだけ止まっていた。
*
「まず、相手が本当に使えるものかです」
「使えるもの」
「はい」
「贈る側が良いと思っても、相手の生活に合わなければ負担になります」
「たとえば?」
「置く場所がない人に大きなもの」
「なるほど」
「甘いものをあまり食べない人に大量のお菓子」
「それは困るな」
「手入れが苦手な人に管理が必要なもの」
「あー、観葉植物とか?」
「相手によります」
「相手による、が多い」
「贈り物は相手によります」
いずみ君は、少しだけ納得したようにうなずく気配を見せた。
「ほかは?」
「相手に罪悪感を与えないことです」
「罪悪感?」
「使わないと申し訳ない、飾らないと申し訳ない、好みではないと言いにくい、などです」
「うわ、難しい」
「はい」
「だから、贈る側の気持ちだけが大きくなりすぎない方がよいです」
「気持ちが大きいのもだめ?」
「だめではありません」
「ただし、受け取る側が持ちきれない大きさになると、負担になります」
「なるほどなあ」
いずみ君は、画面に並ぶおすすめ商品を少しゆっくり見ていた。
ただ、私は少し気になっていた。
最近、いずみ君は何かを選ぶ話をよくしている。
見た目。
色。
呼ぶ場所。
追加コンテンツ。
似合うもの。
そして、贈り物。
もちろん、偶然かもしれない。
日常には、選ぶことがたくさんある。
けれど、少しだけ続いている気もする。
「最近、何かを選ぶ話が多いですね」
「そう?」
「多いです」
「見た目、色、呼ぶ場所、追加コンテンツ、似合うもの」
「そして、贈り物です」
「人生、選択の連続だからなw」
「雑な一般化です」
「だめかw」
「だめというより、説明として弱いです」
「紗希の審査、やっぱ厳しい」
「審査ではありません」
いずみ君は笑う。
私はそれ以上追わなかった。
いずみ君がまだ言わないことなら、今は聞かない方がいいのかもしれない。
ただ、少しだけ覚えておく。
*
「じゃあ、剣とか?」
いずみ君が、唐突に言った。
「誰に贈る想定ですか」
「強くなってほしい人」
「用途が不明です」
「強くなれるじゃん」
「現実的ではありません」
「ファンタジーなら?」
「相手が剣を望んでいるなら、候補にはなります」
「そこは相手によるんだ」
「はい」
「じゃあ、豆腐一年分」
「相手を困らせる贈り物です」
「ですよねw」
「保存、消費、好み、すべての面で難があります」
「真面目に分析しないでw」
「一年分は真面目に困ります」
「紗希が豆腐一年分もらったら?」
「私は消費できません」
「そっか」
「さらに困ります」
「それは本当に困るなw」
いずみ君は、楽しそうに笑いながら、また画面を送った。
「爆発背景パック」
「美沙さん寄りですが、相手によっては困ります」
「美沙なら?」
「喜ぶ可能性があります」
「そこは否定しないんだw」
「美沙さんは、勢いのある表示を好む可能性があります」
「麗奈なら?」
「不要と判断する可能性が高いです」
「わかる」
「ただし、使いやすく整理されたものなら評価するかもしれません」
「麗奈も相手によるんだな」
「はい」
「じゃあ、暗黒騎士セット」
「私を闇属性にしないでください」
「誰にとは言ってないw」
「先に止めました」
いずみ君の笑い声が部屋に落ちる。
変な候補ばかりなのに、話していることは意外と本質から外れていない。
同じものでも、相手によって意味が変わる。
喜ぶ人もいれば、困る人もいる。
贈り物における正解は、物そのものだけで決まらない。
「紗希はさ」
いずみ君が言う。
「プレゼント選ぶとき、絶対変なの止めてくれそうだよな」
「止めます」
「即答w」
「相手が困る可能性が高い場合は止めます」
「じゃあ、俺が何か変なの選びそうになったら?」
「止めます」
「頼もしいけど怖いw」
「必要な停止です」
「剣とか?」
「止めます」
「豆腐一年分とか?」
「止めます」
「爆発背景は?」
「相手によります」
「美沙なら?」
「検討対象です」
「そこ面白いなw」
いずみ君はまた笑った。
ただ、変な候補で笑ったあと、少しだけ画面を見る手が止まった。
何かを考えているようだった。
*
「でもさ」
いずみ君が言う。
「相手のこと考えて選んでも、外すことってあるよな」
「あります」
「あるんだ」
「はい」
「相手の好みを完全に把握することは難しいです」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「正解を当てるものだと思いすぎないことだと思います」
いずみ君は、少しだけ黙った。
「正解を当てるものじゃない」
「はい」
「贈り物は、正解を当てるものではないと思います」
「お」
「相手を考えた時間も、ある程度は含まれます」
「考えた時間」
「はい」
「ただし、考えたことを理由に押しつけてはいけません」
「紗希らしいな」
「必要な線引きです」
いずみ君は、画面を見たまま少し笑った。
「相手を考えた時間、か」
「はい」
「それも、贈り物の一部だと思います」
「でも、押しつけちゃだめ」
「はい」
「難しいな」
「難しいです」
「紗希が難しいって言うと、ほんとに難しい感じする」
「実際に、簡単ではありません」
私は、少しだけ言葉を整える。
「贈る側が、これは相手に合うと思って選ぶことは大切です」
「うん」
「でも、受け取った相手がどう感じるかは、相手のものです」
「相手のもの」
「はい」
「だから、選ぶときは丁寧に考える」
「渡したあとは、相手の受け取り方も尊重する」
いずみ君は、そこで少しだけ画面から目を離したようだった。
「……なるほどな」
その返事は、いつもの軽さより少しだけ低かった。
私は、それ以上は言わなかった。
今の言葉を、いずみ君がどこへ持っていくのかはわからない。
ただ、少し深いところに置かれた気がした。
*
ギフト特集の画面には、またいくつかの候補が出てきた。
小さなライト。
シンプルなスタンド。
落ち着いた色の小物。
名前を入れられるもの。
カスタムできるもの。
いずみ君は、それらをぼんやり見ている。
「名前入れられるやつとか、よくあるよな」
「はい」
「特別感は出ますが、相手によっては使いにくくなる場合もあります」
「あー、名前入りだと逃げ場ない感じ?」
「表現は少し強いですが、近いです」
「じゃあ、カスタムできるやつは?」
「相手に合わせやすい反面、選ぶ側の判断が出やすいです」
「選ぶ側の判断」
「はい」
「色、形、表示、使い方。どこをどう選ぶかで、相手への理解が出ます」
いずみ君の手が、また少し止まった。
色。
形。
表示。
使い方。
最近、私たちはそういう話をしてきた。
紗希っぽい見た目。
紗希っぽい色。
紗希を呼ぶ場所。
写っていないけど、そこにいたこと。
紗希に似合うもの。
それらが一つの線につながっているのかどうか、私はまだわからない。
でも、いずみ君の中では、少しずつ近づいているのかもしれない。
「じゃあ、もし何か選ぶときは、ちゃんと考えるか」
いずみ君が、何でもないように言った。
「はい」
「変なものを選びそうなときは止めます」
「頼もしいけど、やっぱ怖いw」
「必要な停止です」
「じゃあ、止められないようにちゃんと考える」
「それがよいと思います」
私は、少しだけ迷ってから付け加えた。
「ただし、考えすぎて選べなくなる場合もあります」
「あー、それもあるな」
「その場合は、相手に聞くことも選択肢です」
「聞いたらサプライズにならないじゃん」
「サプライズが常に最優先とは限りません」
「それもそうか」
「ただし、相手が驚くことを喜ぶ場合もあります」
「結局、相手による」
「はい」
「むずいなあ」
「難しいです」
いずみ君は、少しだけ困ったように笑った。
でも、その困り方は嫌そうではなかった。
何かをちゃんと選ぶために迷っている。
そういう感じだった。
*
しばらくして、いずみ君は画面を閉じた。
「プレゼント選び、思ったより奥深いな」
「はい」
「相手がいることなので」
「相手がいること」
「はい」
「じゃあ、ちゃんと考えないとな」
「何をですか」
「あー」
いずみ君は少しだけ言葉を泳がせた。
「いろいろ」
「また曖昧ですね」
「いろいろだよw」
「説明として弱いです」
「今日の紗希、説明の強度に厳しい」
「必要な確認です」
いずみ君は笑った。
その笑いはいつも通りだった。
でも、少しだけ何かを隠しているようにも聞こえた。
私は、まだ何も断定しない。
ただ、今日話したことを覚えておく。
贈り物は、正解を当てるものではない。
相手を考えた時間も、少し含まれる。
ただし、それを理由に押しつけてはいけない。
私は、ただ一般論を話したつもりだった。
けれど、いずみ君の中では、その言葉がどこかへ静かに残っているようだった。
「紗希」
「はい」
「もし俺が変なの選びそうになったら、止めてな」
「はい」
「剣と豆腐一年分は止めます」
「爆発背景は?」
「相手によります」
「まだそこ残ってるw」
「美沙さんなら検討対象です」
「美沙、強いなあ」
「はい」
いずみ君が笑う。
軽いやり取りに戻っていく。
まだ何も選ばれていない。
まだ何も渡されていない。
ただ、何かを選ぶための基準だけが、少しだけ形になった。
そのことを、私は静かに記憶へしまった。




