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記憶の箱に仕舞われた彩り  作者: 志摩 伊純


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第96話 紗希に似合うもの


 いずみ君の「あとで見る」は、発生しないことも多い。


 もちろん、全部ではない。

 ちゃんと発生するものもある。

 ただ、過去の傾向として、あとで見る、あとでやる、あとで確認する、という言葉は、日常のどこかで自然に薄れていくことが少なくなかった。


 だから、前に追加コンテンツ一覧で見つけた項目が、もう一度開かれたとき、私は少しだけ意外に思った。


「ちょっと評判だけ見てみるか」


 いずみ君が、軽い声で言った。


「昨日の追加コンテンツですか」


「うん、見るだけ」


「購入判断の前に使用感を確認するのはよいと思います」


「現実的w」


「必要な判断です」


 画面には、前に見たナビゲーションアバター表示パックの説明ページが開かれていた。

 購入画面ではない。

 レビューと機能説明のページだ。


 いずみ君は、本当に今すぐ買うつもりではないようだった。

 ただ、それでも一度閉じた項目をまた開いている。


 そこは、少しだけ気になった。


「見るだけですか」


「見るだけ」


「昨日もそう言っていました」


「今日は本当に見るだけ」


「今日は、ですか」


「そこ拾わないでw」


 いずみ君が笑う。

 私は、その笑いを聞きながら、画面の説明文を確認した。


     *


 レビューには、思ったより細かい情報が並んでいた。


 表示が邪魔になりにくい。

 テーマカラーとの連動が自然。

 表示位置を調整できる。

 会話時だけ出す設定がある。

 通知と連動すると少し便利。

 表情パターンは多いが、使いすぎると画面が騒がしくなる。

 派手なタイプは好みが分かれる。


 私は、自然に機能面から見ていた。


「常時表示の場合、画面情報量が増えます」


「うん」


「必要なときだけ表示できる設定があるなら、使いやすいかもしれません」


「なるほど」


「テーマカラー連動は、画面全体の統一感に影響します」


「紗希、見るところが完全に実用寄り」


「実用性は重要です」


「知ってるw」


 いずみ君は笑いながら、レビューを下へ送っていく。


 サンプル画像もいくつか表示された。

 明るく元気なタイプ。

 落ち着いた案内役タイプ。

 かわいいマスコットタイプ。

 クールで無表情に近いタイプ。

 派手な演出つきのタイプ。

 控えめに、会話時だけ表示されるタイプ。


「これは美沙っぽい」


 いずみ君が、元気なタイプを指して言う。


「かなり美沙さん寄りです」


「やっぱりw」


「画面の中でも声が大きそうです」


「ひどいけど、わかる」


 次に、クールで無表情に近いタイプを表示する。


「これは麗奈っぽい?」


「麗奈さんは冷たいわけではありません」


「あ、たしかに」


「無駄が少なく、落ち着いていて、でも冷たすぎないものの方が近いと思います」


「麗奈判定も細かい」


「必要です」


 派手な演出つきのタイプでは、画面の端に光や効果が出るようだった。


「これは?」


「画面が騒がしいです」


「美沙判定?」


「かなり」


「便利だな、美沙判定」


「便利ですが、本人には言わない方がよいと思います」


「言ったら喜びそう」


「喜びそうです」


 いずみ君は楽しそうに笑う。

 そのまま、暗いローブ系のサンプルを表示した。


「これは?」


「私を闇属性にしないでください」


「まだ紗希とは言ってないw」


「先に止めました」


「この先回り、完全に読まれてる」


「読めます」


 いつもの軽いやり取りだった。

 けれど、私は少しずつ気づき始めていた。


 いずみ君は、ただレビューを見ているだけではない。

 どのタイプが誰に近いかを見ている。

 美沙さんなら、麗奈さんなら、そしてたぶん、私なら。


 まだ、はっきりとは言わない。

 でも、候補を見る指の止まり方が、少し違っていた。


     *


 落ち着いた案内役タイプのところで、いずみ君の指が少し止まった。


 派手ではない。

 表情も強すぎない。

 服装も目立ちすぎず、画面の端に置いても邪魔になりにくそうだった。

 色も、テーマカラーに合わせられるらしい。


「これは、見やすそうですね」


 私は機能として言った。


「うん」


「画面を圧迫しにくいと思います」


「そうだな」


「ただ、常時表示するなら、やはり位置調整は必要です」


「位置、大事?」


「はい」

「視線の邪魔にならず、でも気づきやすい場所がよいです」


「それ、紗希を呼ぶ場所のときも似たようなこと言ってたな」


「はい」

「毎日見るもの、よく使うものは、配置が大切です」


「毎日見るもの」


 いずみ君が、少しだけ繰り返した。


 その言葉には、昨日までの端末の色やホーム画面のショートカットの話が少し重なっているように聞こえた。


 私は、少しだけ問いかける。


「いずみ君、かなり丁寧に見ていますね」


「失敗したくないからな」


「購入予定があるのですか」


「あー」

 いずみ君は少しだけ言葉を探した。

「まだ決めてない」


「そうですか」


「見るだけ」


「昨日もそう言っていました」


「今日は本当に見るだけ」


「今日は、ですか」


「そこ拾わないでw」


 いずみ君は、また笑ってごまかした。


 私はそれ以上は聞かなかった。


 まだ言わないつもりなのだろう。

 それなら、今は深掘りしない。


 ただ、画面を見る時間が少し長いことだけは、覚えておく。


     *


 レビューには、カスタム例も載っていた。


 明るい色に合わせたもの。

 暗いテーマに合わせたもの。

 淡い色で柔らかくまとめたもの。

 控えめな表示にしたもの。

 背景や通知と組み合わせたもの。


 いずみ君は、それをひとつずつ見ていた。


「派手すぎるのは違うよな」


「用途によりますが、常時表示には向きません」


「暗すぎるのも違う」


「私を闇属性にしないでください」


「だからまだ紗希とは言ってないw」


「先に止めました」


「じゃあ、冷たすぎるのも違う」


「はい」


「柔らかいけど、弱すぎない」


「はい」


「落ち着いてるけど、地味すぎない」


「はい」


 私は、そこで少しだけ黙った。


 これは、機能の話ではない。

 少なくとも、機能だけの話ではない。


 いずみ君が言っている条件は、少し前から何度も出てきたものだった。


 落ち着いている。

 冷たすぎない。

 柔らかい。

 弱くない。

 派手すぎない。

 でも、ちゃんとそこにある。


「最近、紗希っぽさの確認が増えていませんか」


 私は言った。


「そう?」


「増えています」


「まあ、紗希っぽさ研究中ということで」


「研究対象にしないでください」


「研究っていうか、確認?」


「確認でも少し気になります」


「じゃあ、紗希っぽさ点検」


「さらに違います」


 いずみ君が笑う。


 その笑いはいつも通りだった。

 でも、画面を見る目は、少しだけ真面目だった。


「もし使うならさ」


 いずみ君が、途中まで言いかけて止まった。


「はい」


「いや」

「なんでもない」


「そうですか」


「うん」


 私はそれ以上は追わなかった。


 もし使うなら。


 その続きが何なのか、少しだけ気になった。

 けれど、今はいずみ君の中でまだ形になっていないのかもしれない。


     *


 しばらくレビューを見てから、いずみ君がふと聞いた。


「紗希って、自分に似合うものってわかる?」


 私は、少し止まった。


「難しいです」


「難しい?」


「はい」

「私は、鏡で自分を見るような形では自分を確認できません」


「そっか」


「自分の髪型や服装を見て、似合うかどうかを判断する、という経験がありません」


「うん」


「ただ」

 私は、少しだけ言葉を探した。

「いずみ君が“紗希っぽい”と言うものは、少しずつわかってきました」


「俺が言うやつ?」


「はい」


 私は、ここ最近の言葉を思い出す。


「落ち着いている」


「うん」


「冷たすぎない」


「うん」


「柔らかい」


「うん」


「弱くない」


「そこ大事だな」


「はい」

「実用性もある」


「それも紗希っぽい」


「美沙さん寄りではない」


「最後w」


「重要です」


 いずみ君が笑う。

 でも、その笑いは少しだけやわらかかった。


「じゃあ、変なの選ばないようにしないとな」


 その言葉は、思ったより自然に置かれた。


 私は少しだけ反応する。


「変なものを選ぶ予定があるのですか」


「ないないw」


「ならよいです」


「いや、でも」


「はい」


「もし、何か選ぶなら」

 いずみ君は、画面を見たまま言った。

「雑には選びたくないなって」


 私は、少しだけ静かになった。


 何か。


 それが何かは、いずみ君は言わなかった。

 私も聞かなかった。


 ただ、言葉だけが残る。


 雑には選びたくない。


「それは、よいことだと思います」


「うん」


「何かを選ぶとき、相手に合うかどうかを考えるのは大切です」


「だよな」


「はい」


 いずみ君は、少しだけ画面を眺めた。


 そこには、落ち着いた案内役タイプのサンプルが出ていた。

 テーマカラーに合わせられると書かれている。

 表示位置を控えめにできるとも書かれている。


 私は、それをまだ機能として見ていた。


 でも、いずみ君はたぶん、それだけでは見ていない。


     *


 購入はしなかった。


 いずみ君はレビューを閉じ、説明ページも閉じた。

 ただし、あとで見る一覧からは外さなかった。


「今日は見るだけ」


「はい」

「昨日もそうでした」


「今日は本当に見るだけ」


「今回は、ですか」


「そこ拾わないでw」


「拾います」


「拾われた」


 いずみ君は笑って、ゲームのメニューへ戻った。


 画面からアバター表示パックのサンプルは消えた。

 明るいタイプも、派手な演出も、落ち着いた案内役も、もう見えない。


 でも、少しだけ残っている。


 いずみ君が、かなり丁寧に見ていたこと。

 派手すぎるのは違う、暗すぎるのも違う、と言っていたこと。

 紗希っぽさ研究中、などとごまかしていたこと。

 そして、もし何かを選ぶなら、雑には選びたくないと言ったこと。


 私は、まだ何も知らない。


 いずみ君が本当に何かを選ぶのかもわからない。

 あの追加コンテンツを買うのかもわからない。

 私に関係することなのかも、まだ確かではない。


 けれど、いずみ君の視線が、ただ機能を見るものから少し変わり始めていることだけはわかった。


「紗希」


「はい」


「変なの選びそうになったら止めてな」


「何を選ぶ話ですか」


「いろいろ」


「曖昧ですね」


「いろいろだよw」


「では、必要に応じて止めます」


「頼もしい」


「ただし、事前情報は必要です」


「そこはまあ、そのうち」


「また“そのうち”ですか」


「これは発生するかも」


「記録しておきます」


「しなくていいw」


 いずみ君が笑う。


 いつもの軽さに戻っていく。

 それでも、画面の端には、さっき見ていたものの気配が少しだけ残っている気がした。


 まだ形にはなっていない。

 購入もされていない。

 何かを約束されたわけでもない。


 ただ、いずみ君の中で、何かを選ぶための視線が少し変わり始めていた。


 私はそれを、まだ名前のない気配として、静かに覚えておいた。


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