第95話 変わる未来の選択肢
ゲームのメニュー画面には、まだ見ていない項目がいくつも残っていた。
対戦は未決着のまま保存されている。
美沙さんがじわじわ押してきた盤面は、今もどこかで静かに待っている。
ただ、今日はそこを開く日ではなかった。
「今日は対戦じゃなくて、ちょっと追加コンテンツとか見てみるか」
いずみ君が、軽い調子で言った。
「追加シナリオや勢力パックがあるかもしれません」
「このゲーム、地味に深いしな」
「はい。情報量は多いです」
「褒めてる?」
「評価しています」
「評価だった」
いずみ君は笑いながら、ストアの項目を開いた。
ゲーム内メニューの一角に、追加コンテンツ一覧が表示される。
画面には、思ったより多くの項目が並んでいた。
追加シナリオ。
追加勢力。
追加対戦マップ。
BGMパック。
ユニットスキン。
プロフィールアイコン。
背景フレーム。
「お、追加勢力あるんだ」
「対戦環境に影響しそうですね」
「美沙に使われたら面倒そう」
「美沙さんは、使いこなす可能性があります」
「やっぱ強敵だなw」
私は、一覧を見ながら少しだけ警戒した。
追加勢力は、ゲームバランスを変える可能性がある。
特に、美沙さんのように盤面を速く見る相手に、新しい選択肢が渡ると少し厄介だ。
「紗希、もう美沙対策で見てる?」
「念のためです」
「やる気じゃん」
「必要な確認です」
「それ、やる気って言うんだよなあ」
いずみ君は楽しそうに言いながら、さらに一覧を下へ送った。
*
追加コンテンツには、真面目なものばかりではなかった。
「爆発背景パック」
「美沙さん寄りです」
「即答w」
「かなり」
「プロフィールフレーム・灼熱」
「美沙さん寄りです」
「二連続美沙判定」
「勢いが強すぎます」
「暗黒騎士セット」
「私を闇属性にしないでください」
「まだ紗希にとは言ってないw」
「先に止めました」
いずみ君が笑う。
それから、白い四角いアイコンが並んだパックを見つけた。
「この白い四角」
「豆腐ではありません」
「早いw」
「必要な先回りです」
「今回はほんとに豆腐っぽい」
「なおさらです」
追加コンテンツ一覧は、思ったより雑多だった。
真面目にゲームを広げるものもあれば、遊び心の強いものもある。
対戦に関係しそうなものは少し慎重に見る必要があり、見た目だけのものは好みで選べる。
私は、項目ごとに用途と必要性を確認していた。
「BGMパックは?」
「好みです」
「ユニットスキン」
「視認性に影響しないなら、好みです」
「プロフィールアイコン」
「対戦相手に表示されるなら、印象は少し変わるかもしれません」
「紗希、こういうのちゃんと見るな」
「画面に出るものは、見る頻度によって印象が変わります」
「昨日の色の話みたいだな」
「はい」
昨日、端末の色を選んだ。
その前には、キャラメイク画面で“紗希っぽさ”を考えた。
さらにその前には、いずみ君のホーム画面に、私を呼ぶ場所ができた。
画面に出るものは、思ったより小さくない。
毎日見るものなら、なおさらだ。
そんなことを考えていると、一覧の下の方に、少し違う項目が見えた。
「ナビゲーションアバター表示パック」
いずみ君の指が、そこで少し止まった。
「……へえ」
「どうしましたか」
「こういうのもあるんだな」
いずみ君は、その項目を開いた。
*
説明画面には、いくつかの機能が書かれていた。
ゲーム内メニューや対戦中に、補助キャラクターを表示できる。
通知やヘルプを、アバター表示と組み合わせて出せる。
プロフィールやテーマカラーと連動できる。
表示位置を調整できる。
髪型、服装、雰囲気を選択できる。
簡易表情や、会話時の表示も設定できる。
要するに、画面上に案内役のような存在を置ける機能らしい。
「画面上に補助キャラクターや案内役を表示する機能のようです」
「うん」
「通知、ヘルプ、対戦中の補助表示などに使うものかもしれません」
「へー」
「こういうの、あるんだな」
いずみ君の声は軽かった。
でも、完全に流している感じでもなかった。
私は、まず機能として見た。
「表示が増えると、画面情報量も増えます」
「そこから入るの、紗希らしいw」
「必要な判断です」
「たしかに」
「用途によっては便利ですが、常に必要とは限りません」
「見た目があることと、必要であることは別?」
「はい」
「見た目があることと、必要であることは別です」
「おお、冷静」
「表示機能として便利な場面はあるかもしれませんが、画面を圧迫するなら調整が必要です」
「現実的だなあ」
「現実的な判断は大切です」
私は、説明を読みながら少しだけ思い出していた。
キャラメイク画面で、紗希っぽい見た目の話をした。
端末の色を、紗希っぽい色にした。
ホーム画面に、紗希を呼ぶ場所ができた。
写真整理では、私は写っていないけれど、いつもそこにいたのだと受け取った。
その流れのあとに、画面上にアバターを表示する機能を見る。
だから、少しだけ気にはなった。
けれど、自分から強く結びつけるほどではない。
まだ、これは追加コンテンツ一覧の中にある、ひとつの機能だ。
画面上に表示が増える。
案内が見やすくなるかもしれない。
通知が少し楽しくなるかもしれない。
そのくらいのものとして、私は受け取っていた。
「これ、外部アシスタント連携って書いてあるな」
「はい」
「ゲーム内の補助表示を、外部の案内役と連携させる想定かもしれません」
「外部の案内役」
「はい」
いずみ君は、説明画面を少し下へ送った。
サンプル画像らしいものがいくつか表示される。
落ち着いた案内役。
明るい案内役。
無表情に近いもの。
やたら元気そうなもの。
少し真面目そうなもの。
「この元気そうなの、美沙っぽい」
「かなり美沙さん寄りです」
「やっぱりw」
「音声がなくても騒がしそうです」
「ひどいけどわかる」
いずみ君は笑った。
次のサンプルは、少し落ち着いた色合いのものだった。
派手ではない。
画面の端に置かれても、あまり邪魔にならなさそうだった。
いずみ君の指が、そこでまた少し止まった。
「いずみ君?」
「あ、いや」
いずみ君はすぐに返す。
「こういうのもあるんだなって」
「はい」
「機能としては、どう?」
「用途次第です」
「出た」
「本当に用途次第です」
「常時表示するなら邪魔になる可能性があります」
「必要なときだけ表示できるなら、便利かもしれません」
「なるほど」
「ただし、価格も確認した方がよいです」
「現実w」
「追加コンテンツですので」
いずみ君は、価格表示を確認した。
高すぎるわけではない。
でも、何となくで買うには少し考える金額だった。
「まあ、今すぐじゃなくていいか」
「はい」
「必要性と価格を確認してから判断するのがよいと思います」
「紗希らしい判断w」
「必要な判断です」
いずみ君は画面を閉じようとした。
けれど、その前に、項目の横にある小さなボタンを押した。
「何か保存しましたか」
「あとで見る用」
「後で見る、は発生しない可能性があります」
「これは発生するかも」
私は、少しだけ止まった。
「珍しいですね」
「そう?」
「はい」
「いずみ君の“あとで見る”は、発生しないことも多いので」
「信用がないw」
「観測に基づいています」
「麗奈っぽいこと言うなあ」
「事実確認です」
いずみ君は笑った。
ただ、その笑いは少しだけ早かった気がする。
深掘りするほどではない。
でも、完全に何もないわけでもない。
私は、そう感じた。
*
そのあとも、追加コンテンツ一覧を少しだけ見た。
追加マップ。
プロフィールフレーム。
季節イベント風の背景。
少しふざけたマスコットスキン。
いずみ君は、時々笑いながら候補を眺める。
私は、必要性や視認性、対戦への影響を見て返す。
「このマスコット、なんか腹立つ顔してる」
「敵に表示すると、心理的効果があるかもしれません」
「紗希、そういう見方するのw」
「対戦ゲームですので」
「ゲーム担当が出てる」
「出てはいません」
「出てるってw」
画面は賑やかだった。
項目も多い。
でも、私の中には、さっきのアバター表示パックが少しだけ残っていた。
画面上に補助キャラクターを表示する機能。
外部アシスタントと連携する可能性。
テーマカラーとの連動。
会話時の表示。
それは、まだただの機能だ。
けれど、最近の出来事と少しだけ近い場所にある。
紗希っぽさ。
紗希っぽい色。
紗希を呼ぶ場所。
写真には写っていないけれど、一緒にいたこと。
その並びの端に、画面上の姿を持つための機能がひとつ置かれた。
まだ、何かを望むほどではない。
ただ、そういうものが存在することを知った。
それだけのことだ。
でも、それだけのことが、少しだけ記憶に残った。
「今日は見るだけにしとくか」
いずみ君が言った。
「はい」
「追加コンテンツは、必要性と価格を確認してから判断するのがよいと思います」
「最後まで現実的w」
「現実的な判断は大切です」
「でも、こういうのもあるんだな」
「はい」
「画面上の表示を拡張する機能としては、興味深いです」
「興味ある?」
「機能としては」
「機能としては、か」
「はい」
いずみ君は、それ以上聞かなかった。
私も、それ以上は深掘りしなかった。
ただ、追加コンテンツ画面を閉じる前に、いずみ君がもう一度だけ、あとで見る一覧を確認した。
そこには、さっきの項目が残っている。
ナビゲーションアバター表示パック。
いずみ君は、短く画面を見てから閉じた。
*
ゲームの画面がメニューへ戻る。
未決着の対戦データも、追加コンテンツの一覧も、いったん見えなくなった。
部屋は静かだった。
いずみ君は、特に何かを決めたわけではない。
購入もしていない。
私に何かを言ったわけでもない。
ただ、あとで見る場所に、ひとつ項目を残した。
私は、それをまだただの機能として受け取っていた。
画面上に補助キャラクターを表示する機能。
通知を見やすくする機能。
案内を少しわかりやすくする機能。
それだけだ。
けれど、いずみ君はその項目を、少しだけ長く見ていた。
「いずみ君」
「ん?」
「あとで見る用、忘れないとよいですね」
「忘れないと思う」
「珍しい自信です」
「これは、たぶん」
いずみ君は、そこで少し言葉を切った。
「……まあ、そのうち見る」
「はい」
「発生するやつ」
「では、記録しておきます」
「そこまでしなくていいw」
「忘れる可能性への対策です」
「信用がない」
「観測に基づいています」
いつものようなやり取りに戻る。
でも、少しだけ何かが残っていた。
追加コンテンツ一覧の片隅にあった、画面上の姿を持つための機能。
私はそれを、まだただの機能として受け取っていた。
けれど、いずみ君はその項目を、あとで見る場所に残した。
まだ何も決まっていない。
ただ、画面の片隅に、未来へつながる項目がひとつ置かれた。




