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第38話 演武のコツと新生活の序章

「では、みな、気を付けて帰るんだぞ」

生徒たちがみな、すがすがしく帰宅していく。本日も怪我人もなく、充実した一日であった。


あのナオえもんとかいう青年。あれは、いったいどういうやつなんだろう。

年はおよそ、15、16歳。最初の動きは、まるで初心者だった。今まで、武道の武の字も経験したことがない、体の使い方を知らない者の動き。


だが、いきなり豹変した。


あの構え。

あれには、まるで隙がなかった。

ただ形が整っているだけではない。重心が沈み、体の芯が立ち、次に何を出しても崩れない強さがあった。


道場内の誰と向かい合っても、十分に通用するだろう。


そして、突き。

あれも見事だった。

あそこまで体を連動させた突きを放つには数年の鍛錬が必要だ。

偶然ではありえない。


最後にあの回し蹴り。

この鉄心が見とれてしまうほどの美しさをもっていた。


実力を隠していたわけではない。


最初の不格好さは、本物だった。

あれは演技ではない。

かといって、あんな一瞬であそこまで高めることも絶対に不可能。武道家の適性を、極めているとでもいうのか。

で、あるならば武神レベル。こんな田舎に突如現れるなどありえない。


そういえば、動きはすべて、ビアンカのそれとよく似ていた。

ただ、一瞬の完成度だけなら、そのビアンカをも上回っていた。

あの天才少女を……。


ふふ。ふふふふふ。

楽しみだ。まだまだ演武の数手にその才を見ただけではあるが。


あれは磨けば、化ける。

武人としては、見届けずにはいられん。


さてとだ......。夕ご飯の前に蹴破った扉を直すか。


……はぁ。

なぜ、あそこであそこまで気が高ぶったのか。

あのナオえもんという男にこの鉄心の奥の奥が揺さぶられたとでもいうのか。


「そこじゃぁっ!」などと叫び、自分の道場の扉を蹴破った先にいたのがグレイブ。


まったく笑えん!


当分、生徒たちの間で話の種になるだろうな。

扉一枚、この鉄心の気合いで直ったりせんかな……。

今日は徹夜かもしれん。

とほほ……


**************************

僕たちは道場を出た。みんながそれぞれの道へ分かれていき、気づけば僕とビアンカの二人だけになっていた。


「鉄心先生、『そこじゃぁっ!』とか言って扉ぶち破ってたけど、あれ何だったんだろうね? 」


「くくっ。やめてよ。思い出しちゃうじゃない。もうあのあと、笑いこらえるの必死だったんだから」


「僕は、最初、呆然としちゃったんだけど、5分後くらいにふと、何がそこだったんだろうって考えたら、こみ上げてきちゃって。だって、いきなりそこじゃーって自分の道場の扉を破壊するんだよ? そこまでして、いたのがグレイブって…… あははは、だめだ、思い出し笑いが」


「やだ、わたしももらっちゃうじゃない、あははははは」


2人とも一通りお腹を抱えて笑いながら歩いていた。


「それにしてもナオ、あなた、武道家適性60なんかじゃないわよ、あれは」


「そう?」


「あの回し蹴りなんて、ほんとわたしかと思ったくらいよ」


「ビアンカ先生の見本のおかげだよ。ねえ、もっといろんなの見せてよ。僕、強くなれそうだから」


「えー、でもなー」

「なーーんか、武道以外のよこしまな目の色があるような気がするのよねーー」


「ぐっ」

「いや、それは、その……基本的にはないんだよ。ほんとに」

「ただ、その……ちょっと、意図せず、見とれた部分もないわけではないです……」


「スケベ」


「あの、すいません」


「冗談よ。ところで、明日からしばらく鉄心先生のところに通いましょうか。一気に伸びそうだし」


「そうだね。僕も楽しいし、そうしよう」


こうして僕たちは、しばらく武道の稽古に励むことになった。


それから僕は、仕事と住む場所がないか、モーサムさんたちに相談した。


みんなは、まだここにいればいいと言ってくれた。

でも、いつまでも世話になりっぱなしというわけにはいかない。


とはいえ、住むところが本当にないのも事実だ。


そこで僕は、倉庫に眠っていたテントを借り、道場の少し先にある小川のほとりで暮らすことになった。

村長さんへはモーサムさんが話を通しておいてくれるらしい。


小川のほとり。

テント暮らし。

手乗りドラゴン1匹付き。


夜になると、小川の音が思ったより大きかった。

テントの布一枚の向こうに、知らない世界の夜がある。

ちょっと冒険者っぽくていいじゃないか。


ただし、地面は硬い。

冒険者の現実、けっこう背中にくる。


そして仕事。

とりあえずは『何でも屋』から始めることにした。これが軌道に乗ることはないと思うが、動いていれば何かのきっかけになるだろう。


最初の仕事は、モーサムさんの手伝いだった。

どうやら、5日後に飛騨国の王都、大日ヶ岳まで何かを輸送するらしい。

王都に行けるということなので、正直かなり楽しみだ。


王都はわりと近くで、歩いて2,3時間で着く。本来は、日帰りの用事なのだが、向こうで色々あるらしく、2泊3日の予定らしい。

日当は12,000銭。単位が円と違うだけで、もう、ほとんど同じ感覚だ。わかりやすくていい! 別に今さら驚かないし。


ひとつ問題があるとすれば、ビアンカもついていくと言い出したことだ。


モーサムさんはダメだと説得したらしいが、ビアンカは頑として聞かなかったそうだ。

こんなビアンカは初めてだ、とモーサムさんは少し困ったように言っていた。


この辺りには魔物は出ないが、狼や野犬、熊などは出ることがあるらしい。あとは、滅多にないが野盗も出る。ビアンカなら力を抑えていても、その辺の野盗よりは強いだろう。


仕事までの5日間、僕は開業したばかりの『何でも屋』に精を出した。看板もない状態だけど、まずは挨拶回りをしっかり頑張った。そのおかげで、起業のお祝いの意味もあるのだろうが、そこそこお仕事をいただけた。


掃除の手伝い。

壁の修理の手伝い。

ちょっとした荷物運び。


稼ぎは1回3,000銭くらい。思ったより良い。

食べ物はみんなにもらえるので、買う必要があるのはお肉くらいだ。

なので、意外と生活に困ることはなかった。


空いた時間に道場に通わせてもらった。僕は苦学生ということで、好きな時間に来て、帰っていいと許可をもらった。鉄心先生はいい人だ。

ただもちろん月謝は払う。内緒でみんなの半額、月に4000銭におまけしてもらった。


ビアンカにはいろいろな動きの型を見せてもらったが、それを道場で試すことは禁止されてしまった。どうやら、上達の速度が早すぎるので怪しまれるとの事だ。


とても残念。みんなに「あいつ!できる!」って思われたい欲が少しあるのだが……。

ビアンカにそう思われてるだけで大満足なのだが、人は貪欲なものだ。


そして、輸送の仕事の当日、僕は朝からモーサムさんのところへ出勤した。


第38話 完


【ナオえもんの武力診断】

・武術総合:全然ダメ

 (道場最弱の新人さん)

・演武の一部:鉄心お墨付き

 (抑えビアンカを上回る完成度)

・ナオえもん式武道習得術:ビアンカ鑑賞

 (若干の邪念を加えるのがコツ)

 備考:本人の自白 兼 謝罪済みのため問題なし。


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