第36話 あの時の「突き」
道着を着込み、黒髪を無造作に長く伸ばした男が道場に向かっていた。
おや? 道場の空気がいつもと違うな。この鉄心にはわかる。何かが違う。
引き戸を開け、中に入ると見慣れぬ青年が立っていた。 はて。あまり村では見ない顔だな。 だがしかし、この空気はどうだ。 生徒たちは、みな、あの青年を認めたかのような目をしている。 わんぱくなマイヤーとは完全に打ち解けているように見える。 それだけではない。 この村のアイドル、ビアンカともただならぬ関係にあるように見える!
むっ! そこじゃぁっっ!!
鉄心は鋭い踏み込みから、入って来た扉とは違う扉を蹴破った。 その蹴破った扉の向こうにはグレイブが立っていた。
「お、おう、グレイブ。 そんなところで何をしておる。はやく入らんか」
鉄心は少したじろぎながら、グレイブを招き入れ、何事もなかったかのように、おはようと挨拶をはじめた。
蹴り破られた扉は見事なまでに放置だった。あとで自分で直すのだろう。
・鉄心の蹴りの威力:上
(ドアを蹴破れる威力)
・鉄心の気配察知能力:上
(勝手に失恋しかかっている生徒を察知し、過剰な反応。本当の敵は梁の上。)
・鉄心の場を流す巧みさ:下
(力技で流す。ただ、流しきるメンタルを所持)
ビアンカが事情を説明し、今日から一緒に学ばせてくださいとお願いしてくる。 もちろん異存はない。 鍛錬を望むものには、みな平等に接する。それが鉄心の信条である。
よし、みんな、まずは座禅からだ。いつものように10分間、心を無にし、己と向き合うところからだ。 いきなり、扉を蹴り破った登場だったが、鍛錬の内容はまともなようだ。 生徒たちはそれぞれいつも決まっている場所で座禅を組み、瞑想を始める。
僕はビアンカの横に座り、見よう見まねで足を組むと、ビアンカが話しかけてきた。
「いい? 今日はたぶん素手の鍛錬になるから、武道家の適性を少し意識するといいわ。」
なるほど。それはいいね。イメージは大事だ。
その後、はじめての僕に合わせて、今日の鍛錬は素手の武術をすることとなった。
まずは構える。そこから、突き、蹴り、払い、など一通り教えられた通りに動いてみる。
どうやら、全然ダメなようだ。それはそうだろう。僕は本当に何もしたことがないのだから。
「違う。腰が高い」
鉄心先生にそう言われ、腰を落とす。そういえばバーサク状態のビアンカは重心が低く、力の溜まりがあったな。 ふくらはぎの筋肉がステキだったのを思い出しながら真似てみる。
「おっ! 悪くない」
そう言って、鉄心先生は僕を前から、後ろから押してきた。
「重い……。上出来だ」
「突き」では、ビアンカの突進からの右ストレートを思い出す。腰が先に回り、肩が遅れて、最後に拳が飛んでくる。腕が伸びてくるタイミングは、意外と遅かった気がする。
そして何より、あのくびれたきれいな腰。しっかり捻られた状態から、一気にほどけた瞬間を思い出す。
……いや、今はそこじゃない。
「ん? そうだ。それだ」
でも、そこだった。
蹴りは見てない。おかげで、ヘロヘロだ。自分の足に驚く。
払い。見てない。
何を払っているのか、自分でもよく分からない。
総合評価。
我が武道は、ビアンカの観察に始まり、観察に終わる。
そうこうしているうちにお昼になった。みんなそれぞれに分かれて持参したお弁当を食べる。
僕はビアンカの仲間の7人のグループに入れてもらった。
グレイブ、コリン、バーシュ、マイヤー。それから、背の高いぼーっとした印象があるのが、ターボロ、眼鏡をかけた小柄な少年がボルデックといった。
「なんだよ相棒、大見得切ってくれたから、どれほどの腕があるのかと思いきや全然だめじゃねーか。だまされたぜ。ははは。まあいい、この俺がしっかりしごいてやるさ」
相変わらず気持ちのいいやつだ。
僕がビアンカからお弁当を受け取ると、眼鏡のボルデックが反応した。
「そ、そ、そのお弁当はビアンカの手作りでしゅか??」
「そうよ。ささっと作ったものだけどね」ビアンカは、ちらっと僕を見る。
「お口に合うかどうか……」
そう言って、ビアンカは水筒からコップにお茶を淹れて僕に渡してくれた。
「そ、そ、そのお茶もビアンカが淹れたものでしゅか??」
「そうね、このお茶もわたしが入れたわよ」
「そ、それならせめて……、せめてそのお茶を僕にもくださいっ」
なにやら、変わった少年だ……
「やーね、ボルデックったら。 あなた今日変よ。 ビアンカ姉さまが彼氏連れてきたからおかしくなっちゃったの?」
「か、か、か、彼氏っ!!!!」
「いや、ちがっ」
僕とビアンカの目が合う。
その目は、こう言っていた。
『忘れてないでしょうね! 今はドキメモ中よ!』 わかった。僕も目で返す。
さらにビアンカの目が続ける。
『でもちょっと、まだ刺激が強そうね。いったん紛らわせるわよ』 なるほど。僕はうなずき目で返す。
僕とビアンカは、もうこれくらいの意思の疎通ができるようになっている。
ビアンカが任せてと、口を開く。
「まぁ、彼氏って言うか、フィアンセなのよ♪」
「「「ええええっっっ」」」(一同+僕)
な、なにも通じてなかった……。
「冗談よ」
「な、なーんだ……」(一同+僕)
「でも、おいおい色々あるのよ。今は言えないんだけど、その時はみんな協力してよね」
「おいおいって何があるんだよ?」
「こら、コリン。女性が今は言えないって言ってるのに、それを聞くなんて野暮ですわよ。ビアンカ姉さまは、そのうち話してくれますわ」
バーシュのおかげで、この話は一応終わった。残りの時間は、僕の自己紹介的な話題でお昼休みは過ぎていった。
第36話 完
【現在の「爆心地」ステータス】
・アイコンタクトの信頼度:0(完全に一方通行のテレパシー)
・ビアンカ婚約ドッキリ度:100(僕の心臓も飛び跳ねた)
・ドキメモ作戦の進捗度:100(作戦の域を超えて既成事実化しつつある)
※作戦本部は勝手に爆発している模様




