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第30話 ナオえもん、反撃は水の底へ

ビアンカの表情は、もういつもの明るいものに戻っている。


今だ。

ついに、僕の前で隙を見せましたね。


今まで散々僕の心を右へ左へ揺さぶってくれましたね。今度はこっちが、心を揺さぶってやる番だ。


まずは、1の手

「……ごめん」

「ゴリラなんて、ちょっとからかい過ぎたね」


僕は目を伏せ、できるだけ弱々しく言った。


続いて、2の手

「でも、本当だよ。ビアンカの武力74は、本当にすごいと思う。こんなにかわいくて、やさしいのに、強さまで兼ね備えてるんだね……」


1の手の謝罪からの、2の手で称賛。ここまでは完璧だ。


勇導師さん、あなた、さっき言いましたね。

あなた「お世話してる方が、肩の力が抜ける」とおっしゃっていましたね! 年上の人に引っ張ってもらうより、少し頼りない人をお世話している方が、肩の力が抜けると。


このナオえもん。

その発言の本質は、『母性の強さ』と見つけたり!


3の手。最終手。

「それに比べて、僕の武力14」

「たったの14……」

「魔力なんて2だよ……」


僕は、力なく笑ってみせた。

そしてその無理やりつくった笑顔のままで彼女につぶやいた。


「僕は思うんだ」

「正直、ビアンカの隣を歩いていいのかなって……」


【ナオえもんスキル 母性本能一本釣り】

〇解説:頼りなさを餌に、相手の保護欲だけを狙う尊厳投棄型・魅了スキル。

〇効果:母性の強い対象は、一定の確率でスキル発動者の守護者となる。

〇欠点:一か八かの大技。失敗した場合、信頼を回復する術はない。

〇備考:成功率は思ったほど低くない

〇特記:本来、自分では気づかぬうちに、奇跡的に発動するスキルであり、自覚的に使う人間はいない。



決まった。

さぁ、どうくるビアンカ!

すべてはあなた次第っ!!


「……」


ビアンカは黙って僕を見ていた。

怒っているようにも、困っているようにも見える。

けれど、僕から目をそらさない。


まずい。

反応がない……


失敗か?

いや、もう一押しするか?


これはビアンカをただ困らせたいがために言っただけだ。

まさか本当に、隣にいる資格がないと思われたら困る。

よく考えたら僕は何のためにこんなことをしてるんだ?


だが今更引けない。

どうする!

いくか!?


僕が一押しのセリフを口にしようとした瞬間、ビアンカは小さく息を吐いた。


「もう」

「そんなこと言わないでよ」


むっ。

成功か?失敗か?

どっちだ……。


ビアンカは僕の前に立つと、少しだけ困ったように笑った。


「武力14でも、魔力2でも」

「変なスキルばっかりでも」


そこでビアンカは、僕の目をまっすぐ見た。


「わたしは、ナオが隣にいてくれたら安心できるんだから……」


狙いどおりの言葉を引き出したはずなのに、僕は一瞬、何も考えられなくなった。


……危ない。


これは僕が仕掛けた勝負だ。

僕の方がまともに心を揺さぶられて、どうする。


僕は、目線を落とした。

そして、ビアンカから表情が見えないように下を向く。


今、僕の瞳は、闇属性の光を帯び、口角は悪魔のように上がっている。


くっくっくっ。

もらった……。



一瞬、危うかった。

胸の奥には、まだ少しだけ余韻が残っている。

だが、この勝負、僕の勝ちだ。


ふふふ。

たっぷり心を揺さぶられた気分はどうだい?

はぁーーっはっはっは!!


「だから、お願いだからそんなこと言わないで」


ビアンカは少し屈み、心配そうな表情で、僕を覗き込んできた。

そして、その柔らかい手で僕の両手を下から握り、自分の胸の前で包み込む。


「ナオは、ちゃんと隣にいて」


ぐさっ


ビアンカのそれは、僕の心臓のど真ん中へ突き刺さった。


【ビアンカスキル 純度100%少女・改 お願いの型】


ふ、不覚っ!

ま、まさか、あそこから反撃の一手を隠し持っていたとはっ……。


完全に釣れた、と思った。

なのに、まさか釣り糸を垂らした僕の方が、水面に引きずり込まれるなんて……。


か、格が違う。


僕にはもう、どうしようもない……。

無念だが、負けを認めよう。


ビアンカ……、見事だ。


そうか。

僕は最初から、勝てない勝負をしていたんだな……。


【母性本能一本釣り・判定】

〇初期段階:対象者の心の捕獲に成功したかに見えた。

〇結果:発動者が返り討ち。水没。

〇今後:この手の勝負を挑む気概が消滅。永久完敗。


   


再監視メモ③ 15時34分。

・場所:変化なし

・状況:対象男がいじらしいほどの悲しい心境を吐露。

・雰囲気:対象男は悲しみに満ちており、かわいそうすぎる!!!

補足:だが、同時に甘さ、やさしさも帯びている。

・所見:対象男を女狐から保護する必要性があると思われる。

・決意:対象男を、この霧隠才子が守ってみせる。

・辞表:一身上の都合により、退職します。


***************************************************************************


「グラディウス様。再度偵察に出していた才子から、報告が上がっております」


「今度は大丈夫なんだろうな……」


「・・・・・・」


「こ、これは……」


「あ、あの、バカもんがーーーっっ!」

「全然変わっとらんではないかーっ!」

「いや、最後、辞表ってどういうことじゃーーっ!!悪化しとるわーーーっっっ!!!」


「はっ。誠に申し訳ございません」

「ただ、最後に追記がございます」


隠密特記事項:弱さの中で、ほんの一瞬、垣間見せた悪魔のような笑顔に、男の野性味を確認。わが人生をもって調査を継続する所存。


「ふむ……」


「悪魔のような笑顔のぅ……」


「ま、才子本人が、調査を続行すると言っておるんじゃ」

「しばらく好きにさせるか……」


「って、いや、調査を続行っていうか、才子のやつ、これ、駆け落ちする気じゃね???」


「た、確かに、そのようにも読めますね……」


グラディウスは、しばらく黙って報告書を見つめていた。

その目は、先ほどまでの呆れとは違う色をしていた。


第30話 完



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