第29話 特記事項
相変わらず、本堂の中はひんやりとしていた。
二十体の像が、黙ってこちらを見下ろしているように感じる。
だが、その一体の像の裏に一人、潜む者が加わっていた。
その者は、影。
気配はほぼゼロ。
隠密の練度は高い。
はぁ。
なんでこのあたしが、追跡調査しないといけないのよ。
ちゃんと、報告したじゃない!
この二人、見てるともう、心の芯がぎゅりぎゅり掴まれるのよ!!
マジで見てられないのよ!!!
再監視メモ① 15時20分。
・場所:お寺の本堂。像の後ろから対象2名を監視。
・状況:対象2名で密談中。内容は聞き取れず。
・雰囲気:2名とも戸惑っている模様。理由はわからず。
・注意事項:この広い本堂で二人の物理的距離は異常。
何が起きてもおかしくないが、もはやこの状況が通常運転な可能性あり。
僕が頭の中で、世の修行者たちに謝罪していると、ビアンカはステータス画面を先へ進めていたようだった。
「さて、あなたには特記事項があるわよ」
「特記事項?」
「それは普通の人にはないの?」
「備考に何か一言はあったりするけど、特記事項はあまりないわね」
【ビアンカ脳内秘密思考】
実は、さらに「秘密厳守特記事項」というものもナオにはあるんだけど、その欄には、例の青春時代黒歴史が3つ記載されている。
これは……言わない方がいいわね。
あ! 「スパイラル蒼空剣」もちゃんとある♪ この間、つぶやいちゃってゴメンなさいね。まぁ、それは、お茶目ということで♪
【ビアンカ脳内・終了】
「どれどれ、特記事項にはー?」
「えーーと……、ナオは恐怖心が……ない??」
ビアンカの声が、そこで少しだけ止まった。
さっきまで軽く動いていた視線が、空中の一点に留まる。
「なにこれ?? どういうこと??」
「……それって、大丈夫なの?」
「どんな感じなの?」
ビアンカは慌てていて、心配そうで、それでいて興味津々という、何とも言えない表情で僕を見てきた。
器用なもんだな、などと感心している場合ではないようだ。
「んーー、そのまんまだよ」
「怖いって思うことがない」
「具体的には、そうだな」
「普通に生活してて、怖いって思うときって、そんなに頻繁にあるわけじゃないでしょ?」
「今だって、怖いなんて思わないでしょ? それがいつでも、ずうっとそんな感じなだけ」
「そうなの? た、確かにそれだけ聞くとそんなに心配するようなことじゃなさそうだけど……」
「それだけなの?」
「今のところ、それだけだね」
「困ったのは、村長さんに睨まれたときに、普通にしていたら怪しがられたことくらいかな」
「あわてて、怖がってるふりをしたけどね」
「ふり……」
ビアンカはそう呟いたまま、しばらく黙って僕を見ていた。
「どうしたの?」
「いろいろ、つながった気がして」
「いろいろ?」
「ナオは、なんか肝が据わってるっていうか、全然動じる雰囲気がないっていうか……。いろんなところで、なんで?って思ったりしたけどそういうことだったのね」
「え? そんなこと思ってたの? 僕は村長さんのところ以外では、わりと完璧に『普通』をできてたと思っていたのに」
「いーえ、ちょこちょこあったわよ」
ビアンカは指を折りながら数え、うんうん頷いている。最後に小さく息を吐いた。
「村長さんに疑われたって話も、今ならわかるわ」
「で、あとは、ほんとに普通なの?」
「それ以外は、ほんとに普通なんだよ」
「その……すごい能力じゃなくて、がっかりした?」
「まさかっ」
「逆よ、ほっとした」
「ほっとした?」
「そう」
ビアンカは少しだけ肩の力を抜いた。
それから、僕の方を見て、やわらかく笑った。
「恐怖心だけじゃなくて、優しさとか、ほかの大事な気持ちまで分からないんだったらどうしようって思ったの」
「でも、そうじゃないんでしょ?」
「うん。怖くないだけだよ」
「なら、よかった」
そう言って笑ってくれたビアンカは、やっぱり優しくて、かわいかった。
僕は顔が熱くなるのを悟られないよう、慌てて別の話題を探した。
「そ、そういえばさ、僕以外の『僕』はどうだったの?」
「飛ばされるまで、少し時間はあったんでしょう?」
「それがぜんぜん見てないのよ」
「ほら、みんな裸で飛ばされてくるでしょ?」
「わたしは、もう一人の案内人の男の人に、みんなが服を着終わったら教えてって言って、少し離れたところにいたから」
「で、ナオが出てくるときに飛ばされたと……」
「あ、やっぱりそれも僕が原因なんですね」
「冗談よ」
「ははは」
「じゃあ、鑑定は初めてなの?」
「そんなことないわよ。鑑定の能力に目覚めてからは、なんとなくみんなに試してみたわ」
「じゃあ、この村の武力最強は誰?」
「やっぱり村長さん?」
「村長さんのステータスは見たことがないわ」
「ステータスを見るときはね、さっきナオにしたみたいに、しばらく動かないでいてもらう必要があるのよ」
「あの村長さんに、わたしの前でしばらく動かないでなんて、言えないでしょう?」
「うん。あの村長さんに、それは無理だね」
「だとすると顔見知りで、そこそこ仲のいい相手でないとステータスは見れないね」
「そうね」
「通りすがりの人を片っ端から鑑定するってわけにはいかないわ」
「なるほど」
すごい才能を隠した人を見逃しちゃう可能性もあるわけだ。
意外と、使うのが難しい能力なんだなぁ……
「じゃあ、鑑定できた中でこの村最強は?」
「それは、やっぱりわたしたちの武術師範ね」
「休憩の時に、『わたし占いができるの。占わせてっ』って言って見たことがある」
「ほぅ、やるじゃないか」
「まぁね」
「で、武力は76だった」
「へぇ。76かぁ」
「僕と比較にならないくらい強いね」
そう言いながら、僕はかつて遊んでいた戦国ゲームの武将のステータスを思い出していた。
76と言えば、まぁ弱くはないけど、強くもないって感じの数値だ。
内政型の優秀な武将や、バランス型の武将の武力としては合格といった数値だろう。
武官型の武将の数値としては、物足りない。
一線級の猛将なら80代後半、超一流なら90は欲しいところだ
だが、田舎とはいえ、武術師範が世間一般的に弱いなんてことはないだろう。
この世界では、76という数値は強い方ということだな。
僕なんて14だし……
「じゃ、ビアンカは?」
「ふふっ」
「気になる?」
「これも内緒よっ♪」
と言ってビアンカは、また僕の耳元に口を寄せて、そっと告げてきた。
「74」
「つ、強い!!!」
「武術師範とほとんど変わらないじゃないか!!!」
「ほっほっほっ」
「ビアンカ様って呼んでもいいわよ!」
僕は改めてビアンカを見た。
肩、腕、脚、どこを見てもそれほどの強さを秘めてるようには見えない。さっきまで上目づかいで僕を困らせていた、このビアンカ様の中に、武術師範とほとんど変わらない力が入っているとは……。
「冗談なしに、ビアンカ様はほぼこの村最強じゃないかっ!」
「もしかしてビアンカ様って、裏で村の人からゴリラ認定されてたりするんじゃ……」
「だ、だれがゴリラよっ!」
「それにビアンカ様には奥の手のバーサクモードもあるわけだし!!」
「ちょ、ちょっと!!!」
「バーサクのことだけは言わないで!!!」
「絶対、やめてっ!!!」
「いい? 忘れて! 忘れるのよ!!」
恐怖心がないっていうのも考えものだな。
つい口が滑りすぎるときがあるらしい。
ビアンカ様は顔を真っ赤にして、本気で嫌がっている。
あのバーサク姿は、確実にこの子の黒歴史だな!!!
むふふ。
仲間だ♪
「あと、やっぱりビアンカ様って呼ばれるのもやだ……」
ビアンカは少し上目づかいで、こちらの機嫌をうかがうように言った。
その表情は、ほんの少し拗ねているようにも見えた。
くっっ!!
ま、まさか、ここでスキル「純度100%少女」とはっっっ!!!
油断したっ!!
なんてタイミングで放ってくるんだ!!
だめだっ!
かわいい!!
すごくかわいい!!!
このスキルに屈してはだめだ!
耐えるんだぁー!!
再監視メモ② 15時28分。
やりやがったぁぁーーーっ!!!
あの女狐がぁぁぁーーーーっ!!!
自分で言っといて何がやっぱり「嫌っ」っだ!!!!
対象女、お寺の本堂にあるまじき行動に出る。
対象男、対象女の非情な罠にかかり、悶絶中。
ここ本堂でいったい何をやらかす気なのか。先が見えない。
ぜぇぜぇ。
な、なんとか踏みとどまった。
か、かなり危なかった。
一度くらっているにもかかわらず、すさまじい威力だ。
「わ、わかったビアンカ」
「バーサクのことはもう言わないよ……」
「うん」
「ホントよ」
「お願いね♪」
そう言いながら、ビアンカの上目づかいだった視線はいつもの調子に戻り、表情も元の明るいものに戻った。
助かった。
どうやら追撃はない。
だが、僕はまだ足に力が入らない。
そして今、ビアンカは油断している。
必殺のスキルを放ち終え、完全に通常モードへ戻っている。
さっきまでの上目づかいは跡形もない。
ここだ。
反撃をするなら、ここしかない。
ビアンカがスキル「純度100%少女」を放ち終えた直後の、まさに今、ここなのだ!!
第29話 完
【ナオえもん 脳内環境】
〇ビアンカの強さへの関心度:90
(ちょっとイジってみたけど本気で感心している)
〇「純度100%少女」にやられかけた度:99
(ほぼやられてた)
〇反撃の隙を見つけた度:100
(次で今までの仕返しをするのだ)
続きが気になる方は、ぜひ下のブックマーク登録や、**評価**で応援いただけると嬉しいです!いつも孤独に書いているので、とても励みになります。(下の★マークをポチポチするだけです!)




