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第26話 戦線離脱

「あの、ねぇ!」

「大丈夫???」

「しっかりしてよ!!!」


ビアンカちゃんの声で、僕はなんとかこちら側に戻ってこられた。


危なかった。

てふてふの世界の向こう側まで行ってしまっていたようだ。


「ほら、お茶飲んで」


しかも気づけば、ビアンカちゃんがいつの間にか僕の隣にいる。

マグカップを差し出してくれている。


僕は、なるべくビアンカちゃんの手に触れないようにマグカップを受け取り、お茶を飲む。


だって、手が触れちゃって嫌われちゃったら嫌だし。


落ち着こう。

よし、お茶を飲んで落ち着こう。


そう思って、一気に飲む。


でも、ちょっと。

隣はちょっと近い気が……。


そう思った瞬間、視界の端にビアンカちゃんの顔が入った。


近い。


「ぶふぁっ!!!」

 

「きゃぁーー!!」

「ちょっと、大丈夫?」


やばい。

お茶、全部吹いちゃった。

思った以上の量を吹いていた。

僕の落ち着き作戦は、被害を拡大するという完全失敗に終わった。



「もうこれ、びしょ濡れじゃない」

「拭くとかいうレベルじゃないわよこれ」

「もう、着替えなきゃ」


どうしよう。

さすがにこれは嫌われちゃったかも。。。


「もう……じゃあ、その、ナ、ナオの着替え持ってくるね!」


ビアンカちゃんは顔を赤くして、家の中に走っていった。


いや、待て。

今、ナオって言った?

それで、顔を赤くしてたのかな??


ということは、まだ嫌われるまではいかなかったのかな?


その時だった。

庭の草むらが、がさりと大きく揺れた。


殺気。


背中の奥が、ぞわりと冷えた。

考えるより先に、体をひねりながら横へ跳ねる。


「うわっ!!!!」


僕の横を、すごい勢いで剣閃がかすめた。

一瞬空気が冷たくなった。

剣の先の地面は、その剣圧で、少しえぐれている。


「あ、あぶな……」


そこにはグレイブがいた。


ヤバい。

目がマジだ。


ええーーと、何か、何か武器になるものっ。

ん?


モーサムさん。

ドーラさん。

バーラムさん。


そんなところで何してるの?


僕は三人と目が合った。

家の軒下に、なぜか三人は頭をポコポコと横並びで潜んでいる。

気まずそうに、全員が目をそらした。


おいおいおいおい。

いつからそこに……

だが、話はあとだ。


「グレイブ! やめろ!」

後ろから、コリンと見知らぬ少女が飛び出してきて、グレイブを押さえた。


何だ?

いや、今は何でもいい。

助かる。


「あんた、とにかく逃げてくれ!」

押さえながら、コリンが叫ぶ。


僕はいったん軒下の3人を無視することにした。

めちゃくちゃ気になるが、今はそれどころではない。


こりゃまずい。


僕は勝手口に向かって、ほぼ反射的に家の中へ逃げ込んだ。


「放せっ!」

「放せ、コリン!! バージュ!!」

グレイブは今にも二人を振りほどきそうだ。


「落ち着いてくれよー」

「そうよ、今の、斬鉄剣でしょ!!!」

「そんなもの、本気で放ってんじゃないわよ!!」


「はーなせーー!!!」


「ちょ、おじさん、おばさん、手伝って!!!」


「お、おうっ!!」

「グレイブ、落ち着かんかー」

 モーサムさんの参戦は威力抜群だ!


「いったん武器は下ろしなさいっ」

ドーラさんの参戦も心強い。


コリンが腰にしがみつき、バージュが腕を押さえ、モーサムさんが背中から羽交い締めにする。

ドーラさんは、完全に本気の顔で武器の柄を押さえていた。

四人がかりでグレイブを押さえる。


僕が窓から外をうかがっていると、着替えを持ってきたビアンカちゃんも隣に来て外をのぞいた。


家の中に入っても、ぎゃぁぎゃぁと、外の混乱ぶりが伝わってくる。

何人もの足音がばたばたと乱れていた。


「ど、どうなってるの?」

「なんで、こんなにいっぱい人が……」


ですよね。

この庭どうなってんの?


「とりあえず、ここは、いったん逃げた方がよさそうね」

「はい、これ。早く着替えて」


「あ、ありがと」


服を受け取ったところで、僕は一瞬固まった。


え。

ここで?

この距離で?


僕はレディーの前で上半身裸になって良いものかためらったが、ビアンカちゃんは気にする様子もないので、急いで着替えた。


「さっ、」

「ナ、ナオ……、玄関の方から出るわよ」

 また、ビアンカちゃんの顔が少し赤い。


「そ、そうだね」

「ここは、逃げた方がよさそうだね」


「行こう、び、ビ、ビアンカ!」


僕は勇気を振り絞って、ビアンカと呼んでみた。

気持ちの30%くらいは、嫌がられないか心配だった。


「うん!」


ビアンカちゃんの顔は少し嬉しそうに見えた。


玄関を抜けると、昼の光がまぶしかった。

僕たちは、そのまま小走りで村の道を進んだ。

背後からは、まだグレイブの叫び声らしきものがかすかに聞こえてくる。

なのに、少し前を走るビアンカの後ろ姿見ていると、胸の奥が和らいだ。


さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、村の道には爽やかな風が通っていた。


「ナオ、こっち!」

ビアンカが振り向き、僕を手招きする。


ナオ。また呼ばれた。さっきより自然な感じで呼ばれた。


「うん、ビアンカ!」

僕もそう返す。


彼女は嬉しそうに笑った。

僕たちはそのまま顔を見合わせ、なぜか少しだけ笑ってしまった。


任務外監視メモ 13時15分

場所:玄関先の道

状況:グレイブ様の暴走をきっかけに、対象の男女が現場から逃走。

雰囲気:対象女、対象男ともに、いたずらっぽさを含む爽やかな笑顔で走る二人の姿は、極めて健全。

所見:お幸せに。

総評:あの二人は付き合うどころか、まだ手もつないでいないと思います。


*****************


「グラディウス様。偵察に出していた才子から、報告が上がっております」


「・・・・・・」


「な、なにを監視しとるかあのバカ者はぁぁーーーーっ!!!!!」


「はっ。申し訳ございません」

「ただ、もう一つ、最後に追記が」


「隠密特記事項:グレイブ様が放った斬鉄剣をよけた後の落ち着き具合に違和感あり。再調査の必要あり」


「ふむ……」

「グレイブの暴走も気になるが、それはさておき」


「ナオえもん…」

「やはりのぅ……」


グラディウスは、しばらく黙って報告書を見つめていた。

その目は、先ほどまでの呆れとは違う色をしていた。


******************


僕たちは村にあるお寺の境内に腰かけていた。

本堂の前には、見慣れない紋様が刻まれた石畳が広がっている。

風が吹くたびに、吊るされた小さな鈴が、ちりん、と澄んだ音を立てた。

なんとなく、ここだけ村のほかの場所と空気が違う。


「ここまでくれば、ひとまず安心ね」


「そうだね」

「まったく、なんだったんだろうね」

 僕は、あの場に家族三人まで潜んでいたことの方が気になっていた。


「ほんと、グレイブには驚かされるわね」

「さっき放ったのが斬鉄剣って技でね、かなりの大技よ」

「あんなものぶっ放すなんて、本気だったわね」


「……ナオ、よく避けられたわね」


「いや、なんでかな?」

「なんか、殺気を感じて、振り向いて、うわっ、みたいな…」


「ふーん」

「とりあえず、わたしたちは何でもないって、グレイブだけには伝えておいた方がいいかもね」

「危なくってしょうがない」


「そうだね」

僕は、できるだけ普通にうなずいた。

私たちは何でもない、か…


やっぱりそうだよね。

これはドキメモ作戦なんだもんね。

魔王を倒すためで、まずは周囲にそう見せるための作戦で、たまたま呼び方が少し近くなっただけで。


そうか。そりゃそうだよ。

今でも十分幸せだ。これ以上望んだら、罰が当たるってもんだ。

さっきまで少し浮いていた胸の奥は、急激にしぼんでいく。

だめだだめだ。落ち込んでる場合じゃない。僕はいつだって平常運転だ。


「どうかした?」


「あ、ううん、なんでもないよ」

「と、ところでお寺だね」


「あ、そうだ」

「お寺はね、自分の適性やスキル、心の制御を修行する場なのよ」


「え?」


第26話 完


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