第18話 謝罪は温もりのあとで
気がつくと、僕はベッドで寝ていた。
体を起こそうとすると、あちこちが痛い。
頭と顔には包帯が巻かれているが、出血はしていないようだ。
打撲用の湿布みたいなものを固定しているらしい。
起き上がるのをあきらめて、もう一度横になる。
……よく見る天井だな。
ビアンカちゃんに襲いかかられたところまでは覚えている。
相変わらず電光石火の一撃だった。
今日は合計二度も殴られたわけだ。
ひどい話だよ、まったく。
だが、まさか僕が原因だったなんて。
ちょっとカッコつけたかっただけだった。
晴れやかで、ワクワクしていて、人生でもそうそうない「出発」の瞬間だった。
あの一言は鮮明に覚えている。
僕にとっては昨日のことだしね……。
十七年か。
長いな。
十七年前に戻ったらああして、こうして、なんて考えるのは楽しくてしょうがない。
でも、それは想像の中だけの話のようだ。
彼女はそれを、実際に経験したわけだ。
何の記憶もないまま育ち、少しずつ思い出していくうちに、自分がみんなとは違うこと、そして使命を背負っていることを知っていく。
さぞ悩んだろう。
トントン。
「はい」
と、僕は返事をした。
扉が開き、モーサムさんが飲み物を持って立っている。
顔には申し訳なさがいっぱい、といった表情が浮かんでいた。
「起きてたか。入っていいかい?」
「もちろんですよ」
僕は陽気に答えた。
モーサムさんはベッドの横に置いてある椅子に座り、飲み物をベッド脇の小棚に置いた。
「すっかり夜になっちまった」
「その、調子はどうだい?」
「ありがとうございます」
「僕はけっこう平気ですよ」
「今すぐだって走れますよ」
「そりゃ、よかった」
「これはお茶だ」
「口の中は大丈夫かい?」
「一応、冷たいものにしたから、少しはましだと思う」
「ありがとうございます」
「口の中は……まあ、多少切れてますけどね」
「いただきます」
冗談を言う勢いで笑顔を作りながら、お茶をいただいた。
少し口は痛いが、おいしい。
「それで、その……」
「すまんかったな。うちの娘が」
「アハハハハ……」
僕はどう答えてよいかわからず、愛想笑いで返した。
「ほんと、あんなことする子じゃないんだ」
「普段は、やさしくて、おしとやかでな……」
「あんなビアンカを見たのは初めてだ」
ホントですか?
相当な一撃でしたよ。
かなり慣れてないと、あれは出せないと思いますけど……。
と思いながらも、僕は
「ええーと、どうなったんでしたっけ?」
と、狂乱第二幕の状況を尋ねた。
「最初に外であんなことになって、家の中に入っただろ?」
「そのあとしばらくしたら、すごい音がしてきてな。あわてて入ったら、あいつがおめぇに馬乗りになって暴れてたよ」
「何を言っているのかは、わからなかったがね」
「その時は、おめぇはもう意識がなさそうだった」
「そうですか」
さて、どうしよう。
いや、僕が悪いんです、と話を進めると、十七年のことまで話す必要が出てくる。
それはおそらく、まだ内緒のことなのだろう。
「いや、僕にもさっぱりわからなくて……」
「僕は記憶もないですし、この村に来たのも初めてですし、娘さんに会ったのも初めてだと思うんですけど……」
「どこかほかの場所で会ったことがあるんですかね?」
「いや、あいつ一人でどこか違う村に行くことなんかないし、わしらと一緒に隣村へ行く時はあるが、単独で行動することもなかった」
僕がここからどう切り抜けようかと悩んでいると、
「あいつも布団の中に潜り込んじまってな。聞いても、『ごめんなさい。今はほっておいて』って泣くだけで、ちっともわからん」
「落ち着いたら、もう一度、その……二人で話してもらえないかね?」
「そ、そうですね」
「僕も色々聞きたいですし」
その時、ドアがノックされた。
外から「あなた?」とドーラさんの声がする。
「おう、いいぞ」
扉が開き、ドーラさんが顔を出す。
「こっちはどう?」
「ビアンカの方は、落ち着いたみたいで。ちゃんと謝るって」
「こっちも、まあそれなりに」
と言って、モーサムさんが僕の方を見る。
「僕はもう全然大丈夫です!」
「そう。じゃあ、準備できたらビアンカの部屋に行ってあげてちょうだい。
隣の部屋よ。安心して、もう暴れたりしないから」
「そうじゃ。もう暴れたりせん」
あの、さっきもそれでひどい目にあったんですけど……。
二度あることは三度あるって言葉、知ってます?
【ナオえもん:三度目のビアンカ警戒度90 この夫婦信用度30 ビアンカと話したい度85】
「じゃ、僕は大丈夫なので早速話に行ってみます」
僕はあちこち痛いのを我慢して警戒にベッドから起き上がり、扉へ向かう。
「頼んだぞ」
「お願いね」
モーサムさんとドーラさんの声が僕のせなかで聞こえた。
僕は扉を開け、廊下の出るとバーラムさんが立っていた。
「あ、どうも」
とりあえず頭を下げた。
このばざーさん。
僕は知っているぞ!
僕がやられているのを見ながらもそっと部屋から出て行っただろう。
知っているんだぞ!
【ナオえもん:不信感度80 どうしてやろうか度75 とりあえず敵意の目度70】
バーラムさんはそんな僕を、穏やかな目で受け流し、僕を見たまましばらく黙っていた。
その沈黙のあとで、ぽつりとこぼすように言った。
「すまんかったの」
それだけ言って、また間が空いた。
「……でもな」
「一つだけ、言わせてほしい」
僕は黙ってその先を待った。
「ビアンカは、あんなことをしちまったがの…」
「……女の子なんじゃ…」
「よろしくの…」
僕は少し長めの瞬きをした。
僕は自分の顔を鏡で確認できたわけではないが、見た目は十代らしい。
そして、記憶はないが、実際の僕はもっとずっと年上だ。
子どもではないのだ。
「知ってますよ」
僕はバーラムさんの横を通り過ぎながら、そう答えた。
すれ違いざま、バーラムさんが少し笑った気がした。
僕はビアンカちゃんの部屋をノックする。
「どうぞ」
中から細い声で返事きた。
さぁて、どうしますかね。
僕はノブを回し扉を開けた。
失礼するよと声を掛け、部屋に入り扉をしめた。
異性と二人になる時は、「扉はあけたまま」なんて意識がある僕としてはそれだけでも少しドキドキした。
部屋にはあまり物は少ないが、かわいい熊のぬいぐるみや、ドラゴン?のぬいぐるみ、あとはピンク色系の物があったりで、女の子の部屋だなと思う。
ビアンカちゃんは机の前の椅子に座っていたが、そこをどいてベッドに腰かけた。
「そこ、座って」
表情は少し悲しげで、動きはおしとやかだった。
かわいい…
落ち着けよー、僕。
落ち着くんだ。
だめだ、かわいい…
夜で、二人っきりで、女の子の部屋で…
シチュエーションが相まって、ドキドキがとまらない…
とりあえず座らせていただこう。
ん?座る?
今、あなた様がお腰をおろしていた、そのお椅子様にわたしめが座ってもよろしいんですか?
いやじゃないんですか?
僕は念のため、ビアンカちゃんの顔を見た。
その表情には特になにもない。
普通だった。
普通すぎる。
嫌がっておられない!!
それが逆に、こちらの心拍数をおかしくする。
……いいんですね。
はぁはぁ。
座りますよ。
いきますよ。
はぁはぁはぁ。
いただきます!
……
あたたかい!!
お椅子がとてもあたたこうございます!!!
あなた様のお温もりが、ここに残っておられます……!
【ナオえもん:オタク度100 感激度100 変態度120】
僕は心の中でしっかりと跪き、手を合わせ涙を流し感謝を念じながら、ご褒美をお与えくださったビアンカ様のお顔を拝見した。
その表情はやはり普通だった。
第18話 完




