第16話 昨日と17年
僕とビアンカちゃんは、バーラムさんについていった。
夕方の赤みの差した光が、3人と地面の土を淡く照らしていた。
はぁ。やはり、ばれてしまっていたのかな。
だとすると、どこからだ?
最初から?
でも、僕は別に悪いことをしたわけじゃないと思うんだけど…。
殺されそうになったから、死んだふりをして、それを防ごうとしただけだ。
うん。文字にするとひどいな。
防御としてはだいぶ情けないが、でも防御は防御である。
怒られるようなことでは……たぶん、ない。きっと。
ただ、無性に恥ずかしい。
女の子に本気で殴られ、殺されそうになり、その結果とっさに死んだふり。
冷静に振り返れば振り返るほど、情けなさが増していく。
また一つ、黒歴史を作ってしまった…
僕は一体、どんな顔でこの先を生きていけばいいんだ。
ふっ、旅に出よう。涙だ……ビアンカちゃんにも嫌われちゃったし……
もう明日にでも旅に出てすべてを忘れよう。
恥ずかしさで顔が熱くなると、左の顔面までじんじんしてきた
いてててて。
精神的にも痛いが、物理的にもちゃんと痛い。
精神値:3(▼7低下) 前回(10)からさらに低下。
生存本能が「夜逃げ」モードを強制執行。
身体的ダメージ:左顔面:打撲(重度)
にしても、ビアンカちゃんはなんであんなに怒ったのだろう?
スパイラルのことも知ってたし。。。
それにあの尋常じゃないパワーと、スピード。
いくら僕でも、普通、女の子に殴られて吹っ飛んだりはしない。
スピードなんて、本当に目で追えなかった。
半分くらい分身して見えた。
そういえば、仲間と一緒に鍛えてるとか、なんとかドーラさんが言ってたような。
いや、鍛えてるにしたって、あれはちょっとおかしいだろう。
そうだ、忘れていたが、ここは魔王を倒しに行くような世界だ。
だとすれば、僕にもそのうち、それなりの力が備わったりするのだろうか。
つらい修行なんてのは勘弁してほしいな。
そんなことを考えながら、家に入り、リビングで席に着いた。
向かいに座ったビアンカちゃんは、ずっと下を向いたままだった。
こちらを見ようともしない。
顔だけじゃなく耳まで赤い。
さっきまでの勢いが嘘みたいだ。
ま、まさか僕を前に……恋??
んなわけがない。
おそらく彼女も恥じているのだろう。
さっき、あれほどの狂乱ぶりをお披露目したわけだし…
それはもう、恥死率95%といったところか。。。
穴があったら本気で入りたいはずである。
わかる...わかりすぎる……
なぜなら、こっちもわりと入りたい。
バーラムさんはそんな僕たちを、ふむ、と一度見比べた。
気まずい空気ごと見透かしたように、あごを撫でて小さくうなずく。
「さてと、とりあえず、なんじゃ」
「しばらく二人で話すがええ」
「わしゃ、買い物にでも行ってくる」
「え???」
「安心してええ」
「しばらく誰も家には近づかんように言っておくでの」
「ちょ、ちょっと!!!」
「僕、殺されませんか???」
「その辺も含めて話すんじゃの」
「……おっ、卵が安売りじゃったわい」
そう言うと、バーラムさんは扉を閉めて出て行ってしまった。バタン。
ちょ、待たんかいっ!!
一撃よ!
僕ちん、あと一撃で死んでしまうのよ!!
お宅のお孫さん、お話なんかする気なかったら、どーすんのっ!!
行かないでぇーーーー。
ナオえもん:乙女度65 あと一撃度90 猛獣と二人は嫌度100
僕はおそるおそるビアンカちゃんを見る。
ど、どうやらバーラムさんがいなくなった瞬間に飛びかかってくる…ということはなさそうな気がする……
沈黙が流れる。
僕はビアンカちゃんの奇襲を警戒しながら、「次」を待った。
よく考えたらこの子、
いきなりのグーパン、狂乱、追撃の殺人未遂。
なんちゅう女や……
沈黙。
時計の針が刻むカチ、カチという音が、爆弾のカウントダウンにしか聞こえない。
「あの…」
おわっ。
しゃべった。
僕の心臓が縮み上がる
「あなた、さっきは、その、ごめんなさいね。……でも…」
ん?
「でもなのよ……」
あれ? 様子が・・・
ビアンカちゃんの肩が、またぴくりと震えた。
うつむいたままの顔が少しずつ上がっていく。
その目には、さっき消えたはずの熱が、戻ってきている。
「あんた……」
「あなたは……」
「あんたいったいこの十何年間、どこで何してたのよーーーーーーぉぉぉぉ!!!」
ぎゃおーーーーーーーーんっっっ!!!
「ひぃぃっぃぃっぃ!!!」
きゃぁーーー。だめ!だめよ、この子!!!
バーラムさーーん、全然だめーーーーー!!!!
「こーたーえーなーさーいーーーー!!!」
「ごわぁぁぁあっ!!!」
僕は椅子ごと後ろひっくり返り、床で頭を強打した。
「なに?なに??」
「なに言ってるのこの子ぉぉぉーーーー!!!」
狂戦士が、テーブルに乗り上げてくる。
完全に制空権をとられた。
そして彼女は、おどろおどろしながら床に転がっている僕の方へ上から飛びかかってきた。
あっという間にマウントポジションを取られる。
胸ぐらをつかまれる。
ぐっと顔が寄ってくる。
「いいから、答えなさいよ!」
「何をしていたのよ!!!!」
目の前から怒気が押し寄せてくる。
すさまじい迫力だ。
その勢いに、一瞬息をのむが、ここで目をそらしたら終わりな気がした。
僕は胸ぐらをつかんでいるビアンカちゃんの両手を握り返し、しっかりと目を見て言った。
「何の話だ?」
「しらばっくれたっ…」
「君はなんだ?」
「何を知っている?」
「何って…」
「僕は昨日ここへ来た」
「暗闇から昨日ここへ来たんだ」
目を離せないまま時間が流れる。
「十年とか何とか言っていたな」
「昨日と十年。ずいぶんと時間が違うようだ」
「昨日…なの…?」
「昨日だ……」
しばらく僕とビアンカちゃんは、目を合わせたまま動かなかった。
とても大事な話をしている。
頭では、いますぐその意味を考えなければと思っている。
……なのに、近い。
僕の中の本能が、状況を無視した感情を押し上げてくる。
1お手て、柔らかい度 95 追記事項:スベスベ
2体、密着している度 90 追記事項:太ももの温もり
3顔、近い度 95 追記事項:解像度を上げてもキレイ
4瞳のキレイ度 95 備考:銀河。吸い込まれたら最後、帰還不能。
5 ふわりと漂う香り度 エラー 備考:既存語彙での表現不可能
しあわせだ。僕は今、何てしあわせなんだ。
ち、違う!
こんな時に!
僕はいま、真剣なんだぞ!……
でも!こんな密室で、二人だけで、こんなに近くて、温かくて、いい匂いで…
僕の脳内のバックボーンからお知らせが来る。
【警告】
魂の温度が融点に達しました
危険な状態(DANGER)です。
至急、全エネルギーを理性の維持に回してください
以上、現状のお知らせでした。
分かっている。分かっているんだバックボーン!
確かに僕の魂は危険水域だ。
ビアンカちゃんと一刻も早く離れた方がいい。
だ、だが、離れられん!!
離れられんのだよ物理的にも精神的も!!!
ナオえもん:マウント取られ度100 離れたくない度120 絶対このままがいい度150
…突然、彼女の目からふっと力が抜けた。
諦めたような、途方に暮れたような表情になり、手を放して僕から離れた。
あ、離れるんですね。。。
僕も、上半身を起こす。
「昨日、来たの?」
「ああ。間違いない。昨日だよ」
「そう…」
と言って、彼女は幽霊のような足取りで席に戻っていく。
彼女の後ろ姿には、呆然とした雰囲気が漂っていた。
その流れに従うように僕は倒れた椅子を起こし、席に着いた。
お互いが席につき、向かい合う。
少しの間を置いて、彼女が話し出した。
「私は今17歳」
「おそらく17年前にここへ来たわ」
16話 完




