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第八話:仕組まれた死線

滑り込むようにして到着した古い橋の跡地には、すでに先客がいた。

人影は、総勢六つ。

無地の黒いワークウェアを纏った、昨夜のコインパーキングの襲撃者と全く同じ姿をした知識持ちの鬼人が五人。彼らは冷酷な沈黙の中で、俺を取り囲むように立っている。 そしてその中央には、一段と異様な気配を放つ、この一団を率いる謎の鬼人が佇んでいた。

俺は死んだような目を敵へと向け、低く吐き捨てた。

「……随分と手が込んだ真似をしてくれたな。雹一郎はどこだ」

俺の声には、地底から響くような、容赦のない威圧感を籠めた。

だが、中央に立つ鬼人は、俺の殺気を前にしても怯む様子すらなく、どこか事務的な、冷淡な声音で言った。

「始祖の検体、確かに確認しました。これより実戦データの採取を開始します」

合図とともに、黒いワークウェアの五人が一斉に地を蹴った。

人間の限界を超えた反射神経と、統制された無言の連携。しかし、始祖である俺の戦闘能力は、彼らを遥かに超越している。

俺は正面から肉薄した一人の男の突きを僅かな上体反らしで避けると、剥き出しになった男の首根っこを右手で鷲掴みにした。そのまま、人間の域を超えた握力だけで肉を引き裂く不快な抵抗感とともに、頸椎を容赦なく粉砕する。

崩れ落ちる男の血飛沫を顔に浴びながら、俺はすぐさま二歩踏み込み、左側から迫った二人目の胸板へ、強烈な掌底を叩き込んだ。衝撃が男の肉体を突き抜け、背中側の衣服が弾け飛ぶ。心臓を直接押し潰された男は、一言の絶叫すら上げられずに血の泡を吹いて倒れ伏した。

一瞬にして、二人が物言わぬ肉塊へと変わる。

だが、敵の指揮官である中央の男は、仲間が瞬殺されても眉一つ動かさない。それどころか、懐から毒々しい発光色をした液体が詰まった小さなシリンダーを取り出すと、生き残った三人の鬼人の首元へと、迷いのない手付きで次々と突き立てていった。

薬液を注入された三人の鬼人の肉体が、その瞬間に悍ましく変貌した。

皮膚の下の筋肉が限界を超えて異常に膨張し、黒い血管がミミズのように全身に浮き上がる。関節が強引にきしむ不快な音が周囲に響くが、彼らの瞳から理性が消えることはなかった。むしろ、濁った眼光の奥に、俺の動きを完全に分析しようとする冷徹な殺意がギラギラと研ぎ澄まされていく。理性を残したまま、戦闘能力だけを強引に引き上げられたのだ。

一人が即座に地を蹴った。踏み込みの衝撃で、遊歩道のアスファルトに生々しい亀裂が走る。

先ほどとは次元の違う速度。俺が迫る男の首を左手で断ち切ろうとしたが、男はそれを冷酷に見切り、自らの肉が裂けるのも厭わずに俺の左腕を力任せに掴んできた。強靭な指先が俺の掌の肉に食い込み、引き千切るような怪力で俺の動きを完全に止めにくる。

(強化薬、か……!)

腕を拘束された俺の隙を逃さず、残る二人が左右から同時に飛びかかってきた。

一人は俺の視界を遮るように顔面へ爪を突き立て、もう一人は低く沈み込んで俺の脇腹の肉を深く抉り取る。衣服の繊維が引き裂かれ、血が溢れる。

俺は痛覚を強引に遮断し、掴まれた左腕に全ての出力を乗せて一人目の男を前方に引きずり込んだ。男の肉体を盾にするように強引に旋回させ、右側から迫った連撃の軌道上へとその身体を割り込ませる。

身内の爪がその背中へと深く突き刺さり、肉が裂ける嫌な音が響いた。だが、薬液によって痛覚を完全に消失させた鬼人は、肉体を損壊されてもなお冷徹に目的を遂行しようとする。背中を貫かれた男は、表情一つ変えずに俺の左腕を固定し続けたまま、至近距離から俺の喉元へ鋭い牙を剥いて噛みついてきた。

俺は顎を引いてその牙をトレンチコートの厚い襟元で受け止めると、空いている右手の五指を槍のように研ぎ澄まし、男の顎下から脳髄に向けて一気に突き立てた。

頭蓋の底部を貫き、脳を直接かき混ぜる生々しい手応え。男の身体が強烈に痙攣し、ようやく俺の左腕を掴んでいた指の力が失われる。

その死体を蹴り飛ばす暇もなく、残る二人が左右から完全に統制された波状攻撃を仕掛けてきた。

一人が俺の軸足をへし折るような低い蹴りを放ち、もう一人が俺の胸元を狙って両手の爪を突き出してくる。

俺は蹴りを放った男の膝を自らの足で強引に踏み潰し、関節を逆方向へと完全に破壊した。骨が原型を留めずに砕ける重い衝撃が足裏から伝わる。だが、男は片足を失いながらも、鋭い眼光を俺に向けたまま、倒れ込みざまに俺の衣服を掴んで体勢を拘束してきた。

知性があるからこそ、自らの肉体を犠牲にしてでも、確実に俺の隙を作り出そうとしているのだ。

拘束された俺の胸元へ、最後の一人の爪が深く突き刺さった。

肋骨を強引に押し広げ、肉の繊維を左右に引き裂きながら、指先が俺の肺の近くまで食い込んでいく。生温かい血が胸元からどくどくと溢れ、激しい熱が視界を灼いた。

「が、あ……っ!」

初めて俺の口から苦悶の声が漏れる。だが、俺は胸に爪を突き立てたままの男の顔面を、左手で鷲掴みにした。

そのまま指先に力を込め、人間の限界を超えた握力だけで、男の顔面の骨を容赦なく内側へと押し潰していく。鼻腔と眼窩がひしゃげ、指の隙間から溢れた血が俺の手を濡らした。男の瞳から光が消え去るまで、俺はその頭部をコンクリートの地面へと全力で叩きつけた。

激しい衝撃とともに地面の表面が蜘蛛の巣状に割れ、男の頭蓋が不快な感触とともに陥没する。

最後に残った、片足をへし折られてなお俺の裾を掴んでいた鬼人の首を、俺は右手の爪で一息に断ち切った。

三体の肉体が完全に動かなくなるのを見届けると、俺は肩を大きく揺らし、激しい呼吸を繰り返した。トレンチコートはズタズタに裂け、シャツのあちこちから自身の血が絶え間なく滲み出している。

俺は胸に突き刺さっていた爪の残骸を引き抜き、地面に捨てると、奥に佇む敵の指揮官へとゆっくり歩を進めた。

男は慌てる様子もなく、ただ手元にある端末の画面を見つめながら、淡々と呟いた。

「素晴らしい。強化を施したとはいえ、これだけの連携を全て力でねじ伏せるとは。非常に良いサンプルが取れました。……これで、こちらの作戦はすべて成功です」

俺の瞳が、冷徹な殺気で細められる。

「……何が目的だ。雹一郎はどこにいる」

一歩踏み出そうとした俺に対し、男は端末をポケットに収めると、冷淡な、そして勝ち誇ったような声を響かせた。

「あちらも、そろそろ片付いた頃でしょうか」

その言葉が、俺の脳髄を、ハンマーで殴られたかのような衝撃で打ち抜いた。

あちら。

この場所ではなく――大吾と大福、正式な戦い方も知らない新人が残された、あの神社。

「貴様……最初からこれが狙いか……!」

俺が怒りを露わにして地を蹴った瞬間、男はあらかじめ用意していたであろう、遊歩道の脇に停めてあった漆黒の大型バイクのスロットルを爆音とともにひねった。

凄まじい加速。男は俺の爪が届くよりも僅かに早く、夜の闇に紛れるようにしてその場から離脱していく。

残れたのは、血と肉の匂いが充満する凄惨な遊歩道の跡だけ。

男を追う価値など、今の俺には一秒すらなかった。俺は即座に神社の方向へと身体を反転させ、遊歩道のアスファルトを爆破せんばかりの勢いで強く蹴った。

自動車の速度など遥かに置き去りにする、夜を切り裂くような始祖の速度。ビルとビルの影を飛び越え、胸の傷口から血を流しながらも、焦燥感に突き動かされるまま、俺は帰路を全力で疾走し始めた。

(間に合え……! 大吾、大福……椎名……!!)

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