チュートリアル その二
初めての女の子との待ち合わせ。
しかも相手は、あの東野さん。
その東野さんが、こっちに向かってくるそうだ。
聞こえるはずのない足音まで聞こえてきた……と思ったら、メールが届いた。
開いてみる。
『ボイスチャットできる? マイクを本体に挿して、私のアカウントを選んでね』
できます。やります。すぐに。
塾で使っているマイクをゲーム機本体につなぐ。
東野さんのアカウントを選び、通話ボタンを押した。
「西野です。聞こえますか?」
「こんばんは。たまきです。西野君、今入ったとこ?」
「ダウンロード、時間かかっちゃって……今始めました」
「あと一分で着くと思う。名前は?」
「岳ですけど……なんで?」
「ちっが~う! 頭の上に名前、書いてあるよね?」
「そ、そうだよね……。エースジョーカー。英字で表示されてるよ」
「み~つけた! そっちに行くからね!」
どこだ。どこにいる……?
僕は左スティックをぐるぐる回し、キャラクターごと向きを変えながら周囲を探した。
東野さんは見当たらない。
代わりに、右手に棍棒を掲げ、髪を振り乱しながらこちらへ走ってくる原始人がいた。
「待った~?」
声だけは、間違いなく東野さんだった。
頭上には、
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学校で見る愛らしい目元も、艶のある黒髪も、いつもの制服も、学生バッグも、どこにもない。
ぼっさぼさの髪。申し訳程度に体を隠す毛皮。そして棍棒。
東野さんが、原始人になっていた。
僕は無言でマイクを切った。
呼吸を整えた。
心拍数は一向に下がってないが。
鼻から、すうっと息を吸い込む。
そして――
「俺の初めてを返せー!」
「うるさーい!!」
僕の心の叫びに答えたのは、母さんだった。
再びマイクを入れる。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでも、なんでもないです。こんばんは」
「こんばんは」
なんとなく、間が空いた。
自分でも分かる。
なんでもないはずがない。間違いなく、なんでもある声だった。
「な、何をやっていいのか、全然分からなくて」
「それは普通のことよ。このゲームはみんなで邑を作るゲームなのよ」
「戦争ものじゃないの?」
「戦うわよ。でもね、日頃の準備が重要なの」
それから、東野さんにこの世界の基本を教わった。
まず、狩猟による食料の確保。
確保した食料の量は、合戦に出る兵士の体力に影響する。
次に、素材の収集。
草を採る。木を伐採する。石を拾う。
集めた素材は、装備品の製作や倉庫の拡張、文化の発展に使われる。
そして、道具の開発。
村人NPCに仕事を割り振れば文化が上がり、開発も早くなる。
ただ、AZITO村では人手が足りていないらしく、文化は原始のままだ。
文化の進んだ大きな村では、すでに鉄器を生産でき、それを交易品としてほかの邑へ高値で売っているらしい。
昨日、店長たちが加工された鉄を奪って、あれほど喜んでいた理由がようやく分かった。
敵が裸になってまで、東野さんを追いかけた理由も。
「ウチはまだ服も作れないのよね。村ができて、まだ半年ぐらいだから」
東野さんは、今の毛皮装備にかなり不満があるらしい。
「西野君に今できることは、狩猟と収集ね。行くわよ」
やる気スイッチが入ったのか、東野さんの声のテンポが上がる。
マイク越しに、東野さんの鼻息まで聞こえてきそうだ。
10年前に作った店「AZITO」を、形を変えて疑似オープンさせました。
今回、当時の店内写真と一緒にXへ投稿しています。
この物語の舞台は、作者が実際に作ったゲーム店です。
写真を見ると、作中の店内を少し想像しやすくなるかもしれません。
本格的な再建は、今のところ6年後を予定しています。
それまでは、物語の中のAZITOをお楽しみください。




