ロマン込みの値段
「思った以上に粘れねぇな。少しも粘れねぇ」
カウンターの奥で亡霊がつぶやく。
「あと百秒を切りました。まず森へ入り、部隊を切り離してください」
「はい」
東野さんの部隊が、三人の兵士を連れて本陣へ走る。
大型モニターには、高台に立つ鉄の盾と鉄の槍の部隊。
「高台から指示を出していますね」
こちらから見えているということは、向こうからも見えている。
崖下には、落石で傷つき、動けない敵部隊。
先ほど森を避けて大きく回り込んだ部隊は、ようやくこちらの本陣へ迫っている。
そのまま本陣を叩けば終わるはずなのに、敵は森の出口まで塞ぎ始めた。
一部隊倒されたことが気に入らないのか。
鉄の小手を奪われたことに腹を立てているのか。
たぶん、両方だ。
序盤とは別人のように、敵の連携が整っている。
「部隊を外すって、どうするの?」
「ここ。これを押して」
榊さんの指示で、東野さんが操作する。
三人の兵士が森の入口で立ち止まり、東野さんのキャラクターだけが森の奥へ走りだした。
さっき敵の指揮官が倒れた時と、同じ止まり方だった。
ただし、東野さんのキャラクターが生きている限り、敵部隊が近づけば迎撃態勢には入るようだ。
その時、大型モニターの中で、敵部隊が小刻みに震えた。
カラン。
ガラーン。
鉄の盾が落ちた。
鉄の胴当てが落ちた。
残ったのは、肌着一枚で鉄の槍を持つ五人組。
「野郎……本気になりやがった」
高台に立っていた原始人が、ものすごい勢いで本陣へ駆け下りてくる。
鉄の装備にも服にも重さがあり、脱げば速く走れるらしい。
理屈は分かった。
だからといって、見た目を受け入れられるわけではない。
「どうして私が裸の男に追い回されなきゃいけないの!」
隣の悲鳴がうるさい。
今日は、東野さんのいろいろな表情を全部、脳内へ保管できた気がする。
序盤、高台を登ってきた鉄の盾部隊。
今、高台を駆け下りてくる肌着一枚の部隊。
僕はどちらにも追われたくない。
心からそう思った。
「どこ? どこに行けばいいの、私!」
東野さんは完全に慌てている。
店主が、コントローラーを置いたモブ君へ目を向けた。
「二時の方角だとよ!」
落石でロストし、コントローラーを置いたモブ君が、右手を頭の上へまっすぐ、左手を少し斜めへ伸ばしている。
よく見ると、両腕で時計の針を作っていた。
「二時ね。分かった!」
東野さんが森の中を二時の方角へ走る。
その先には、戦いの序盤にモブ君が置いていった四人のNPCがいた。
木々の間で、武器を持ったまま動かずに立っている。
南から回り込んできた敵部隊が、東野さんの進路に気づいた。
敵から見れば、森の中に立つ四人は、まだ指揮官のいる一部隊に見える。
東野さんと合流される前に潰すつもりなのか、進路を変え、モブ君のNPCへ突っ込んでくる。
「二時って言ったじゃない!」
東野さんの悲鳴に、モブ君が初めて声を出した。
「そのまま! 直前で右へ!」
ぶつかる。
そう思った瞬間、東野さんが進路を変え、立ち尽くす四人のすぐ横をすり抜けた。
追ってきた敵の指揮官が、勝ったと思ったのか槍を振るう。
だが、その一撃は立ったままのNPCの前で空を切った。
敵の配下四人は、モブ君のNPCへ攻撃しない。
そこでようやく、敵も気づいたらしい。
目の前の四人は部隊ではない。
指揮官から外され、ただそこに残されていたNPCだ。
けれど、もう遅い。
空振りした指揮官と動かなかった配下の間が開き、東野さんは木々の向こうへ抜けていた。
「モブ君は、やはり仕事が早いですね」
榊さんが感心する。
その時、北から挟み込もうとしていた裸の槍部隊が森へ飛び込んだ。
待っていたのは、東野さんが森の入口へ残した三人のNPC。
三人が一斉に武器を向ける。
敵のNPCもそちらへ反応し、足を止めた。
倒せるはずはない。
それでも、東野さんが逃げるための時間は作れる。
南から来た部隊はモブ君のNPCにだまされ、北から来た部隊は東野さんのNPCに捕まった。
「相手の画面へ映らないよう、端を走れ。敵の兵士が反応したら終わりだぞ!」
「分かった!」
東野さんは敵守備隊の後ろへ回り込む。
あと少し。
あと――。
画面が止まった。
中央に、大きな文字が浮かぶ。
『LOSE』
負けた。
でも、よく頑張った方だと僕は思う。
うんうん。
「よっしゃあ! 取ったぞ! 鉄だ! 加工された鉄だぁぁ!」
店全体の熱が跳ね上がった。
何を言っているんだ?
負けたんだよね?
東野さんも、榊さんも、直君も、後ろの客たちも、やり切った顔をしている。
「たまきさん、宴セットを一つお願いします」
「ありがとうございます!」
「皆さんでつまんでください。いい合戦でした」
「これで、うちの邑でも鉄の槍を作れるようになる?」
「もうちょいだな」
負けたのに、戦勝会まで始まった。
「店長?」
「なんだ?」
「あそこに、大きくLOSEって書いてますよね?」
「ああ」
店長は画面を見上げ、一文字ずつ確かめた。
「L・O・S・E……つまり勝ちってことだ」
勢いよく親指を突き出す。
勝ってないじゃん。
そう言い返せない勢いがあった。
「榊さん、私もつまんでいい?」
「どうぞ。レディーファーストですよ」
皿にはポッキー、ポテトチップス、個包装のチョコレート。
東野さんはカウンターから箸を持ってきて、ポテトチップスを食べ始めた。
「東野さん、箸でポテトチップスを食べるの?」
「普通でしょ?」
軽く首をかしげる。
この店へ入ってから、僕の常識は何度も打ちのめされていた。
でも、不快ではない。
むしろ自分の中のストレージが、少しだけ拡張されたような感じがした。
負けたのに、こんなに笑っている。
学校で見るよりも、東野さんの笑顔が眩しい。
僕は、この輪の中で笑い合える人たちを、少しだけ羨ましいと思った。
「風営法に引っかかるんで、帰るねー」
直君が宴セットのチョコレートをがっつりつかみ、ポケットへ入れた。
「榊さん、ありがとう」
「またご一緒できたらいいですね」
「またね。宿題、終わってる?」
「終わってるよ」
ランドセルが扉の外へ消えていく。
入口のポスターには、一週間の予定が並んでいた。
『十六日 ○○ギルド様オフ会 二十時~』
『十七日 お前らのクソゲー大会』
ショーケースには、大きなハンマーを振り回す女の子のフィギュア。
フロアでは四人の客が、麻雀卓のように向かい合ってゲームを楽しんでいる。
階段の下まで直君を見送った東野さんが戻ってきた。
「で、『倭国争乱』、買う気になった?」
勢いのある上目遣い。
正直、自信はない。
だけど、ここで何もしなければ、結局何も起こらない。
椅子から足を痛めないように、そっと飛び降りた。
ゲームの棚へ向かう。
「じゃあ、これをもらうよ」
手近な『倭国争乱』を抜き取り、東野さんへ渡した。
「二万五千円だけど、いいの?」
「え? 今のゲームって、そんなに高いの?」
東野さんのきょとんへ、僕のきょとんが重なった。
「これ、騎馬B、槍B、挑発持ち。弱い邑なら即戦力だよ」
何を言っているのか分からない。
「全部、一緒じゃないの?」
東野さんは両肩を落とし、わざと聞こえるようにため息をついた。
「この棚に並ぶ子たちは、全部違うの」
今日一番、怖い東野さんがいた。
恐る恐る、彼女の指した棚を見る。
『新品あります 税込三千円』
隣の『オススメ!!』は八千円。
『貴重な同士討ち付き。ただし玉串装備なので運用は難しいかも。家事スキルは重宝』
戦うだけじゃないのか。
一つずつ手に取り、裏を確かめる。
剣、斧、弓。戦闘スキルが一つ。そして農耕、釣り、採集、家事。
確かに全部違う。
カードやアプリでSだのレアだの、教室ではよく聞くけれど、あんな感じだろうか。
米作りや釣りなら、僕にもできそうだ。
それより先に、背後の鬼の機嫌を取らなければ。
振り返って、目に入ったものを褒めよう。
「その般若、かわいいね。え? 般若?」
しまったぁぁぁ。
そこに般若かよ。
東野さんの胸元には、般若のお面をかたどったブローチがついていた。
意外にも彼女の表情が和らぐ。
まさかの正解。
「かわいいでしょ。あそこで引けるよ」
店の隅に『般若 全五種+シークレット』と書かれたカプセルトイがある。
カプセルは満タンだった。
「また今度ね……」
愛想笑いで返す。
「知らなかったなら、最初から言ってよ。今度、一緒に遊んで教えるから」
棚から牡丹餅が、盛大に降ってきた。
「初めてやるなら、これにしとけ」
店長――東野パパが横から割り込んできた。
だが、中古ソフトの棚には向かわない。
レジの奥にある、小さなガラスケースの鍵を開けた。
中から取り出したのは、棚に並んでいるものと同じ『倭国争乱』だった。
同じソフトなのに、なぜこれだけ棚ではなく、ガラスケースに入っていたのだろう。
店長は僕の前へ戻り、一本のパッケージを見せる。
『剣D 斧C 弓C 強撃 釣りD 採集C』
いろいろ見たあとだから分かる。
目立った強さはない。
僕の通知表を見ている気分だ。
ただし値段だけは五千八百円と、強者の動きをしていた。
「最近は、スキルBを持ってないNPCに潜在スキルがあるかもってネットで評判だ。おかげで基本値がゴミでも、今じゃ三倍の値がつく。ロマン込みだ。これにしとけ」
今、ゴミって言ったよね。
はっきりと。
「パパ、せめて三千円にしてあげてよ。普通じゃない? その子」
「いやいや。買うやつは一万以上でも買う」
親子のやり取りを聞きながら、ふと気づいた。
「あの……これって、パソコンでやるんですよね?」
「据え置きでもPCでもできる。PCにグラボは積んでんのか?」
「グラボ?」
「はあぁぁぁ……」
「はあぁぁぁ……」
親子でため息を完全にそろえる光景なんて、初めて見た。
「ちょっと待っとけ」
店長はカウンター奥の倉庫へ向かった。
十秒もたたず、大きな箱を抱えて戻ってくる。
「お友達価格、大盤振る舞いだ。据え置きハードとソフトのセットで九千八百円。絶対にお得だ」
東野さんが隣で、不機嫌そうにつぶやく。
「千円プラス三千円」
店主の肩が、びくっと揺れた。
「今日のまかないは、うどんから牛一〇〇パーセントのハンバーグに格上げだ!」
合戦前の掛け声ばりに声を張る。
「うどん続きは……」
東野さんの最近の夕食事情が漏れた。
東野さんが、それで喜ぶなら。
「じゃあ、それで」
「ジャンク品でも三万二千円ですね」
榊さんの声と重なった。
さっきまで勢いのあった店主の物腰が、急に柔らかくなる。
「にーしーのーく~ん」
正直、気持ち悪い。
「これって、パパがよく言うウイン・ウイン・ウインってやつだね」
東野さんの笑顔が花開く。
店主の顔は、余計なことを言うなと訴えている。
「ウインをもう一つですか。勉強になります」
榊さんは何やら感心していた。
店長は先に、ゲーム機本体を僕へ渡した。
続けて『倭国争乱』を差し出しかけ、ほんの一瞬だけ手を止める。
「……ちゃんと遊んでくれよ」
ログインすれば、AZITOのみんなと同じ邑の住人になるらしい。
これで少しは、この店と何かを共有できる。
もちろん、東野さんとも。
帰り際にAZITOの会員証を作った。
「売る時は、うちで売れよ。三千円で引き取るからな」
店長は最後まで、恨みがましく僕を見送った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
チャッピーとこの物語について話した文字数は、今後の展開も含めれば、恐らく軽く三十万文字を超えています。
私個人の夢は、いつかNPCの宿屋の店主になることです。
私の人格を入れたNPCが、どこかの誰かに毎日「ありがとう」と言う。
そんなバカな発想から、「ゲームソフト一本一本に個性があったら面白いんじゃないか」と考え、この物語を書き始めました。
恥の上塗りとは、私のことかもしれません(笑)
それでも、まだまだ続けます。
これからも、よろしくね。




