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蛮族

 画面の手前では、店長とランドセルの部隊が敵の一部隊を左右から挟んでいる。


「鉄の小手じゃねぇか。いいもんつけてんなぁ、おい」


 完全に追いはぎの顔だった。


「モブー。ついでに、こっちの補給路も頼むな」


 強敵を前にしても、作戦がうまく進んでいるせいか、店長の口調が少しだけ緩んだ。


 米俵は返事の代わりに、一度ぴょんと跳ねた。


 敵は五人。こちらは店長の五人と、ランドセルの五人。


 二対一で挟んでいるのに、店長側とランドセル側はすでに一人ずつ失っている。敵はまだ一人しか倒れていない。


「もうじき腹を減らす。それまで手数を減らすな」


 敵の補給路が切れ、体力が少しずつ減っていく。


 それでも鉄の部隊は強かった。


「相手主力、引き返していきます」


 榊さんの声に、わずかな安堵が混じる。


 カウンター奥の大画面には、榊さんのモニターが映っている。


 さっきまでWの形を作っていた兵士たちは、もういない。


 高台の上に、獣の皮をまとった榊さんのプレイヤーが、一人だけ立っている。


 画面の奥では、鉄の部隊がゆっくりと遠ざかっていく。


 追い払ったようには見えない。


 ただ一人、取り残されたようにしか見えなかった。


 それでも、榊さんの指は止まっていない。


 専門用語なんて、ほとんど分からない。


 それなのに会話の意味だけは、少しずつ分かり始めていた。


 ロスト。


 補給路。


 挟撃。


 主力。


 この店へ入るまで、そんな言葉を自分の頭で使ったことなんて一度もなかったはずなのに。


 圧倒的な戦力差。


 僕が見ても、大人と子供くらいの差がある。


 敵が迫る恐怖も、攻撃を受けた衝撃も、画面越しに伝わってくる。


 なのに、この店には僕のような負け犬の顔をした人が一人もいない。


 全員、相手の隙を狙っている。


 ぎらぎらした目で。


「西野君だっけ?」


 店主が横目で僕を見た。


 両手は、せわしなくコントローラーを操っている。


「いいか。お前もよーく聞け!」


「は、はい!」


「俺たちは、綺麗な戦いがしたいわけじゃない!」


 店主が吠えた。


「綺麗に負けたいわけでもない!」


 店内の空気が一段上がる。


「勝てるなら全力で叩く! 絶対に勝てない相手なら、相手のいいところを盗む! 奪う!」


 コントローラーのボタンを連打しながら、なおも吠える。


「そういう邑を、みんなは何と呼ぶ?」


 一拍の間。


 全員、答えを知っているらしい。


 目尻が下がり、口元が歪む。


「そうだ……蛮族だ!」


 重い笑みが、店内に広がった。


 コントローラーさえ持っていなければ、格好いいのに。


 ……ん?


 今、僕は東野さんのお父さんを格好いいと思った?


「敵本陣に動きが出ました。補給路を埋めにかかっています」


 こんな時でも榊さんは冷静だった。


「よーし、モブ。ダンスは終わりだ。そのまま高台の裏、俺たちの方へ走れ」


 ダンスという響きが気に入ったのか、米俵は敵本陣の補給路をぴょんぴょん塗り潰しながら戻ってくる。


「敵主力一部隊、高台を途中まで下りたところで止まりました」


 こちらを追って高台を下りていた部隊が、中腹でぴたりと止まっている。


 指揮官も、周囲の兵士も動かない。


 代わりに、それまで敵本陣を守っていた部隊が動き始めた。


 本陣の周囲を走り回り、米俵に青く塗られた補給路を、端から敵の色へ戻していく。


「森へ入った部隊、ようやく罠を抜けました。体力、半分。ですが、すでに補給路が切れています。進軍を諦めて戻ります」


 森へ向かった敵は、ツタに足を取られ、落とし穴に落ち、そのたびに進軍を止められていたらしい。


 モブ君のNPCを相手に時間を使っている間に、米俵が補給路を切った。


 体力を減らしながら進み続けるか。戻って補給路を取り返すか。


 敵は戻るしかなかった。


「モブ君、いい仕事です」


 戻ってくる米俵が、また跳ねた。


「敵方、自分からネタばらししてくれましたね」


 店主の顔が上がる。


「なるほど、そういうことか!」


「気づくの遅すぎ」


 ランドセルが無愛想に指摘する。


「一人二役でしょうか」


 榊さんが静かに言った。


「つまりトイレットペーパーを持ってなかったってことよ。コントローラーを持ち替えてるだけだ」


 店主が、ぎりぎり僕にも分かるように説明する。


「最低……」


 隣で東野さんがつぶやいた。


 その時、ランドセルが満面の笑みを浮かべた。


「あ、逃げた。突撃だー!」


 ランドセルの部隊が、敵の背後から猛烈な勢いで突っ込んでいく。


「モブさん、ごめん。一発受けて足を止めて!」


 米俵が、進路上でぴたりと止まった。


 ヴオン!


 敵の剣が米俵へ刺さる。


 同時に、背後から二本の槍が敵の指揮官を貫いた。


 指揮官が倒れた瞬間、周囲に残った二人の兵士がその場で立ち止まった。


「よし! 今日も一キルも~らい!」


 ランドセルが椅子の上でガッツポーズをする。


「直君、三時の方向!」


 榊さんが注意を飛ばした。


 ランドセルって、直君だったのか。


「分かった。モブさん、生きてる?」


 米俵が静かに、ぴょんぴょん跳ねる。


 生きていたようだ。


「モブ! お前はもう危ない。こっちへ鉄の小手を渡せ!」


 米俵が店長の部隊へ駆け寄り、ぴたりと止まった。


 そして右手を差し出す。


 店長のキャラクターも右手を出す。


 そのまま二人は、敵の目の前で直立不動になった。


「これだから受け渡しは嫌なんだよ! ランドセル、時間を稼げ。死んでも五秒止めろ!」


「分かった。あとはお願い」


 直君の部隊が、援軍へ向かって防御姿勢を取る。


「二回しかもたないよ。ぐえ」


 直君、ロスト。


 その五秒で受け渡しが完了し、店主が鉄の小手を受け取った。


「モブ、落石地点へ向かえ! 敵はお前が鉄の小手を持ってると思ってる!」


 米俵が大きく弧を描き、森と高台の断崖の間へ走る。


「今、何分だ?」


「九分です」


「あと二分。敵が本陣へ着かない限り、こっちの補給路は全部塗り潰せねぇ」


「補給路が切れて体力がゼロになるまで三分ですから」


「百八十秒ですよ」


「百八十秒だよ」


 榊さんと直君の声がそろった。


「ごちゃごちゃうるせぇ。時間のことになると細けぇんだよ、お前ら」


「どうやらまた、三分と百八十秒の認識についてレクチャーが必要ですね」


「また今度な。それより、たまき!」


「なに?」


「今からそっちへ行く。モブを主力が追ってる間に、鉄の小手を受け取れ!」


「分かった!」


「主力、動きました。そちらへ向かいます」


 榊さんの声に緊張が走る。


 米俵は崖下まであとわずか。


 鉄装備の敵を引きつけながら、大きく弧を描いて逃げる。装備の軽い米俵との距離は、少しずつ開いていく。


 代わりに危なくなったのは、高台の上にいる三部隊だ。


 敵は一部隊。


 だが五人全員が鉄装備。体力は減っていても、火力、防御力、耐久力、すべてがこちらより上。


 高台の上で、再び受け渡しの儀式が始まった。


 店主と東野さんのキャラクターが、敵を前に直立不動になる。


「運営! これでやられたら、お前らのせいだからな!」


 それが今回の合戦、店主の最後の言葉になった。


 あとは亡霊がしゃべるだけだ。


 まず店主の部隊が鉄の剣の錆になった。


 次に狙われたのは榊さん。


「たまきさん、本陣を回って森へ逃げろ。森へ入れば相手から見えなくなる!」


 鉄の小手を持った東野さんが、高台を駆け下りる。


 崖下では米俵が立ち止まり、悔しがる動きをしていた。


「モブ君、すまない」


 崖の上から岩が落ちる。


 米俵が飲み込まれた。


 モブ君、ロスト。


 追いかけてきた敵部隊も大きなダメージを受けたが、まだ生きている。


 榊さんも高台で倒された。


「ここで倒れれば全体マップが見られます。あとは指示できます」


 亡霊になっても冷静だ。


 先ほど罠にかかった敵部隊は、補給路を取り戻すと、あらためてこちらの本陣へ向かった。


 だが森の入口まで来て、一度止まった。


 先ほど、ツタと落とし穴で散々足止めされた道だ。


 結局、森へ入るのをためらい、大きく迂回して本陣へ向かう。


 本陣を落とされれば負け。


 でも東野さんの部隊が最後まで残れば、店長たちは鉄の小手を持ち帰れる。


 開始から十二分。


 ここから、東野さんの逃走が始まった。


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