沈黙の部隊
「行くわよ! チナミ、前へ。あなたたち、少し後ろから左右を固めるのよ」
目の前でカノンさんの号令が飛ぶ。
……毎回こんな感じで合戦しているんだろうな。
今回は、チナミちゃんの部隊全員が、前回の合戦報酬《大海亀の甲羅》を大楯代わりにこちらへ向けている。
それにしても、巫女服に亀って似合うな……。
こちらの中央では、榊さんが右手をすっと左へ向ける。
指は一本も立っていない。全員一丸となって左へ進めという合図だ。
モブさんの部隊だけは、後方から補給路を厚く塗りながら追いかけてくる。
ホント、モブさんって指示もないのにやってほしいことをやってくれるよね。
それにしても、進みにくい。僕たちは畔を通っても、部隊のNPCはお構いなしに田んぼのぬかるみを進んでいく。
「カノちゃ~ん……盾が重くて進まないよぅ……」
正面から、チナミちゃんの間延びした声が聞こえてきた。
「陣形を守るのよ。トモ、前に出過ぎないように」
重い《大海亀の甲羅》を抱えた部隊と、身軽な巫女では足並みをそろえるのも難しい。
足並みがそろわないことへの、カノンさんの苛立ちがこちらまで伝わってくる。
対してAZITO側は一言も情報を漏らすことなく、マップの左側に着々と部隊を寄せていく。
「……あなたたち、止まるのよ」
カノンさんは右手をすっと上げ、全員の動きを止める。
「どうした? 何かあるのかい?」
首を傾げたトモさんがカノンさんに話しかけた、そのとき。
まるで、カノンさんたちの動きが止まるのを待っていたかのように――
トン、トン、トン。
三回の合図。
僕はその場に留まり、ほかのメンバーは部隊を僕の周囲に残したまま、カノンさんたちを挟んだ反対側へ回り込むように走りだした。
「挟み撃ちか?」
背後の観戦者が、思わず分析を声に出した。周囲の視線を浴び、我に返ったように頭を下げる。
榊さんを先頭に、東野さん、直くんと続く。最後尾では、モブさんが補給路を絡ませるように蛇行しながらついていく。
続いて、背後から小声が聞こえた。
「四人の中に《応人の盾》を持っている奴がいるな。攪乱にしろ、挟み撃ちにしろ、少人数でも相手にできる自信があるってことだ」
小声だが、聞こえていますよ?
残念ながら、不正解です。
気持ちのよさが、じわじわと広がっていく。罠にはめるって、気持ちいいんだね……。
半笑いの悪い顔を、背後の観戦者に見られていないか心配にもなる。
やがて四人は、カノンさんたちを挟んで、僕とは反対側へ回り込んでいった。
カノンさんが四人の進行方向へ先回りし、弓を放つ。
榊さんの足元へ、二本の矢が続けざまに突き刺さった。
「相手も上達しています。目を離さないように」
榊さんから、開戦後初めての指示が飛んだ。
先週なら、孤立したモブさんへ何本もの矢が飛んでいた。
だが、今回は一本も飛んでこない。
カノンさんはマップの中央付近で足を止めて考えている。
「チナミ! 挑発するならあの四人よ。一人でも釣れれば勝ったようなものね」
カノンさんは、反対側へ回り込んだ四人を牽制するように声を張り上げた。続けて、
「悪あがきもいい加減になさい。ちゃんとあなたに合わせたメイド服を用意しているのよ?」
東野さん一人には、しっかりと言葉で《挑発》を仕掛けている。
「チナミ! あの四人に《大海亀の甲羅》を向けて。NPCに守らせて、あなたは一人で私の背後を守って」
「わかった~」
チナミちゃんはNPC部隊を榊さんたちへ向かわせ、自分はカノンさんの背後へ回っていく。
「たまきさんにメイド服とおっしゃいましたが、あなた方にはウェディングドレスの方がお似合いですよ」
榊さんが珍しく、女性相手に挑発している。
カノンさんは顔に怒りを浮かべ、陣形の両端にいる男性メンバーへ向き直った。
「あっちのNPC共を先に片付けていらっしゃい。あれなら二部隊もあれば十分でしょ?」
「余裕っすよ……」
軽口を返した男性メンバーの槍部隊が二つ、僕に向かって動きだした。
トモさんが何かに気づいたようにチナミちゃんへ話しかける。けれど、チナミちゃんから反応はない。
そんなことより、僕は目の前に迫ってくる槍部隊に集中した。
槍は、直くんが使っているものと同じ《黒曜石の槍》。黒い切っ先が不気味に光っている。あれが刺さると思うと、正直怖い。
「今です!」
「チナミ!」
榊さんとカノンさんの声が、同時に店内へ響いた。
僕は、シールの裏に潜んでいる《応人の盾》のアイコンをクリックした。




