エピソード:メイドインヘヴン
「カノちゃ~ん……寒いよう……」
一昨年の大晦日。三人は仲よく巫女として、とある神社の授与所に立っていた。
もともと三人は、夏場にドームで野球があるたび、ビールサーバーを担いで売り子をしていた。その頃から使っていた呼び名を、今も引き継いでいる。
テントの中とはいえ、電気ヒーターがあるだけ。足元には、アスファルトという名の氷の塊が広がっていた。
腰から下の寒さ対策には、カイロが必須だった。
「チナミは体が弱いな。あたしなんか、ほら」
トモは朱色の袴をまくり上げ、膝のサポーターを見せつけた。そこを巡回してきた宮司に見つかり、さっそく怒られる。
「今は神様に仕える巫女なんだぞ。慎ましくせんか!」
「やっべぇ……」
少しも反省していないトモに代わり、カノンが一歩前へ出て頭を下げた。
「すみません。元気はあるんですけど、礼儀がなっていませんでしたね。お任せください。修正いたします」
なおも小言を続ける宮司を、カノンがやんわりとなだめる。
宮司を見送ったあと、カノンは紙袋から徳用のカイロを取り出した。
「これ、使いなさい」
「カノちゃんといると安心だね!」
チナミはカノンの腰に抱きつき、子供そのものの笑顔を見せた。
三人は同い年だが、どう見てもカノンだけが保護者だった。
「ようこそお参りくださいました」
トモの声が一番よく通り、周囲まで活気づく。
「八百円お納めください」
チナミは小柄な体に似合わない豊かな胸のせいか、目の前には男性の参拝者が多い……気がする。
カノンは会計を担当し、そつのない対応でベテランと間違えられた。
三人で立てば、不思議とうまく回った。
――来年も一緒に巫女さんをしようね。
年始のアルバイトを終えたあと、三人でそう誓い合った。
しかし翌年、巫女のアルバイトに応募した三人は、そろって落選した。
大学生活も残り一年。社会に出れば連絡は取れても、三人で同じ時間を過ごすのは難しくなる。
大学のカフェテリアで今後について相談していると、チナミが一枚の広告を取り出した。
「これ。近くの交差点で配ってた」
それは《メイドインヘヴン》のチラシだった。アルバイト募集中の文字も見える。
カノンは何かを感じ取ったのか、カップをトレーへ戻して立ち上がった。
「三人で働けないならダメよ。今から行くわよ」
「履歴書も用意してないぜ。いいのかよ?」
大柄なトモが勢いよく立ち上がったものだから、周囲の視線が集まる。
カノンは平然と答えた。
「私たちを見て、売上の計算ができなければ、それまでのお店よ」
さっさとカフェを出ていくカノンを見失わないよう、二人は急いでトレーを戻して追いかけた。
「……辛気臭い階段ね」
《メイドインヘヴン》が入る雑居ビルに到着したカノンが、最初に発した言葉だった。
壁はところどころ塗装が剥がれている。三階へ続く階段の途中、二階には閉店したらしい喫茶店の跡があった。
すでに次の店が入るらしく、中では男二人が打ち合わせをしていた。
「……繁盛店が入ればいいわね」
カノンはチナミとトモを引き連れ、三階まで上っていく。
「おいおい、開いてるのかよ? 電話もしねぇで来ちまったけど……」
トモがもっともなことを言うが、カノンは聞く耳を持たない。
「ごめんください」
正面から堂々と、殴り合いにでも行くような迫力でドアを開けた。
「オーナーさんはいらっしゃるかしら?」
奥で掃除をしていた小太りの男が、驚いて跳ねた。
寒い季節だというのに、少し動いただけで額に汗が浮いている。
「お、オーナーって……照れるな……」
カノンは男に向き直った。
「今日は面接に来ましたの。三人一緒に、雇っていただけませんこと?」
男は面食らった顔を見せたあと、咳払いを一つした。
「履歴書は持ってきてる……?」
オーナーがおずおずと尋ねる。
「この見た目が履歴書でしてよ? 細かいことは、あとから書きますわ。まずは、私たちを雇ったあとの売上を想像して、お答えいただきたいですわ」
あまりに大胆な売り込みに、トモは思考を停止し、チナミはその背中に貼りついていた。
対するオーナーは、三人を前に受け答えするだけで精いっぱいといった顔つきだった。
やがて、三人を順にまじまじと見つめる。
「分かった。雇おう。初めての応募が、こんな形になるなんて……」
その声は、喜んでいるようでもあり、不安を感じているようでもあった。
こうして、週に四日、できる限り三人を同じシフトに入れることを条件に、巫女を目指した三人は晴れてメイドになった。
それから一か月。
三人が店の売上を順調に伸ばすと、カノンは少しずつ巫女成分を《メイドインヘヴン》へ浸透させていった。
まず始めたのは、週に一度の巫女イベントだった。
手作りの玉串を持ち、オムライスに向かって、
「おいしくな~れ!」
と祈願する。
コピー用紙を切っておみくじを作り、メニューには《おみくじ付き プラス五十円》と書き加えた。
やがて店内の一角に《授与所》を設け、手作りのお守りや店名入りのお札まで売り始める。
勝手に始めた商売ながら、売上だけは一円残らずレジに通した。
数字を見せられては、オーナーも何も言えなかった。
それ以来、三人は堂々と巫女服で接客している。
「これで、いつでも三人一緒に巫女さんになれるね!」
チナミの一言に、カノンとトモも頷いた。




