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戦闘訓練

約束の火曜日。一旦家に帰って店長にもらったソフトを持ってAZITOに向かう。


ちょうど店の前で直くんと合流する。


「あの姉ちゃん来る前に早く入ろ」


直くんにせかされ、階段を足早に上る。さすがは小学生、身が軽い。


部活をやっていない僕は、直くんが通った自動ドアが閉じてしまうほど離されていた。


「こんにちは」


店長はお店の飾りつけを作っている最中だった。


「おう、来たな。榊に言われてあそこを空けておいた」


店長が指さした先には、モニターを挟んでPCが四台ずつ向かい合う席がある。


直くんは、カウンターの一番手前の席を指定された。


早速、宿題からやらされているようだ……


僕は無意識に奥の端に座ろうとした。


キーボードの上に、数枚のコピー用紙とネームペンが置かれている。


モブさん……?


僕は結局、推定モブさんの席の向かい側に座ることにした。


PCが立ち上がり、ゲームを起動した頃、正面のモニターの上から


《こんにちは》


と書かれた紙が出てきた。……いつ座ったのだろうか?


「こんにちは」


目の前のちょっとした異常にも慣れた僕がいた。


《ちょっと熊でも見に行く?》


相変わらずの紙。裏にうっすら〈こんにちは〉の文字が読み取れる。


いやいや、秒でやられそうだし、別の獲物にしよう。


「モブさん、僕、この前、熊の往復ビンタでやられちゃって……鹿はどうですか?」


そんな感じで一緒にほのぼのと狩りをしていた。


僕と違って手際が良すぎる。矢が刺さって鹿が倒れた後のとどめが早い。


簡単な狩りでもこんなに違いが出るんだと感心していた。


「あ、がっくん!」


東野さんが手を振ってくれる。幸せで目眩すら感じる。


「こんにちは」


同時に榊さんが入店してきた。


学校では、二人は親公認のカップルになっているらしい……別の意味で目眩がする。


「おう、メガネ。ちょっといいか?」


店長が榊さんを呼んだかと思うと、


「これは買い取り不可だ。化ける気がする……」


それだけ言って、一本のソフトを手渡していた。


その後、片側の四席に、直くん、榊さん、東野さん、僕の順で座った。


僕の向かい側にモブさんが座った。


榊さんが最初に始めたのは、《僕のキャラクターの耐久テスト》だった。


カノンさんの射撃に何発耐えられるか。キャラクターはそれぞれHPが違うため、実際に検証するらしい。


邑の中と違い、草原などのフィールドでは、仲間同士でも誤射によるダメージが入るらしい。


「うん、3発まで耐えれそうだね」


能力値は分からない。一番腕力がありそうな直くんが、射手に選ばれた。


直くんは、楽しそうに僕へ矢を射ち込み、結果だけを告げた。


「だとすると……連射を二回まともに喰らったらアウトですね。西野君、覚えておいてください」


僕のキャラクター、瀕死なんですけど……そう思っていると、隣の巫女が回復してくれた。


「これでよし! あ~、札がもったいないから、もうしないでよ」


東野さん……心配するのは札の数じゃないよね?


「次は、西野君の《応人の盾》を検証します。西野君を起点に、五メートルほどの間隔で一列に並んでください」


【今日のメイン!!】


正面のモニターから紙が出てきた。どうやらモブさんは、これを楽しみに待っていたようだ。


他の三人も僕をしっかりと見つめてくる。


僕を起点に、おおよそ五メートル間隔で四人が一列に並んだ。


「効果範囲に入っていれば、スキルランクが上がります。一番近い直くんは、槍がAになったら、そのままゆっくり離れてください」


「分かった。槍がBになったら止まればいい?」


直くんが先回りして返答する。


「そうです。皆さんも、効果が出ている人はゆっくり離れてください。効果のない人は西野君に近づいてください」


「発動した後でも、範囲に入れば効果を受けられるかもしれないってことね」


一番遠くにいる東野さんが答えた。


「大事な検証です。効果時間は六十秒、リキャストは四百二十秒。無駄にできる時間はありませんよ?」


「はい!」


「分かった!」


正面から親指が出てきた。


「では西野君、お願いします」


「いきます!」


何故か気合いの入った声とともに《応人の盾》を発動した。


近くにいた直くんが離れていく。一番遠くにいた東野さんと、その手前のモブさんが近寄りだす。


榊さんは離れたり近寄ったりしながら、境目を探っている。やがて皆、榊さんの付近で動きを止めた。


境目を確認すると、四人とも僕のそばへ戻ってきた。誰も効果範囲から出ようとしない。


「効果範囲にいれば、スキルランクが上がってる。あ~、熊でも来ればいいのに」


やる気満々の直くん。


「私の《般若》のアイコンが金色になってる!」


東野さんも興奮気味だ。アイコンが金色?


「AからSに上がったから、色が変わったんですね。私も剣がAになっていて、ちょっと浮ついてしまいました」


【大興奮!!】


モブさんもお喜びのようだ。


《応人の盾》の効果が切れるとともに、皆のテンションも収まっていく。


だが、ここには小学生がいる。


「次、熊! 熊行こ~!」


何故か目の前のモニターから熊のイラストが飛び出し、楽しそうに踊っている。


この人は絵も上手だと分かった。


「分かりました。では、熊の討伐は本日二回行います。いいですね?」


「マジで!? やりぃ!」


正面からは、両手の親指が勢いよく突き出された。


「それでは皆さん、NPCを連れて、またここに集合です。西野君は、あそこの熊を見張っておいてください」


皆、か弱い僕を置いて帰っていった。


数分後、部隊を引き連れた四人が戻ってきた。


直くんは、槍で統一した部隊。


榊さんは、剣と盾を持った前衛三人と、後衛に巫女を配置。榊さん自身は弓を持っている。


東野さんも榊さんと同じ編成だが、巫女を東野さん本人が担当している。


モブさんは大楯二人を前衛に、後衛には弓兵二人。モブさん自身は工作兵で、装備は短剣。補給路の太さが倍となっている。


部隊を組んで、前に出て戦うプレイヤーは直くんだけだ。


榊さんと東野さんは後衛で戦うタイプだ。


モブさんは補給路を太くし、相手の補給路を分断する役目だ。


いつもは僕ではなく、剣と盾を持った店長が前に出ているらしい。


「お待たせしました。では行きましょうか」


距離を取りながら熊に近づいていく。意外と大きい。


「まずは《応人の盾》を使った状態で、前衛の耐久力を測ります。盾を持った前衛は前へ。直くんは背後に回って突撃してください」


「分かった」


直くんが返事する。


「十メートル以内に入ったら、西野君の前に立って待機。熊が攻撃する前に、西野君はスキルをお願いします」


「分かりました」


直くんは皆から離れ、熊を挟んだ反対側へ回っていく。


熊はまだこちらを警戒せず、ゆっくりと歩いている。


「では、行きますよ」


僕の前の三部隊が一斉に熊へ近づく。僕も後ろからついていく。


指定の十メートルまで近づいたとき、


「今です! スキルを使ってください。全体、止まれ!」


榊さんが挑発を使ったようだ。熊がこちらに向かってくる。


僕が《応人の盾》を発動する。効果を受けた前方三部隊の前衛が、熊の攻撃を受け止めた。


僕を瞬殺した往復ビンタだ。足がすくみ、その場から動けない。


二、三人はやられたように見えた。


……だが、前衛たちはまだ目の前に立ち、剣で反撃していた。


直後、直くんの突撃を背後から受け、熊が倒れた。


「スゲーよ、兄ちゃん!! 突撃で一発!」


仕留めたのは直くんなのに何故かすごい人になっていた。


「脱落者なしですね。あの攻撃をしのげたのは、スキルランクが一段上がったからでしょう」


東野さんは前衛の回復に向かい、モブさんは熊から肉と皮を採集していた。


「僕の槍もAになったから、あの威力。やっぱりAに上がると気持ちいいや」


直くんはいまだに興奮気味だった。


「回復したら次に行きましょう。熊まで距離があります。リキャストタイムも終わるでしょう」


隣から東野さんが僕に声をかける。


「こんなに簡単に熊を倒すことなんてなかったよ。すごいよ、そのスキル」


返答に困った僕は、


「ひ、東野さんのスキル、派手でいいな……」


と、呟くように返事をした。


「また! たまきでいいって言ったでしょ。同じ仲間なんだし」


恥ずかしさのあまり顔を見ることができず、天井に向かって、


「分かった。たまきさんって呼ぶよ」


精いっぱい声を振り絞ったが、音量は最小限になっていた。


こくりと頷いているのが横目に見える。どうやらこれでいいようだ。


「次は、西野君の前方に部隊を残したあと、四人で熊をそこまで誘導します。誰も倒れないように誘導してください」


三人が頷き、正面からは親指が出てきた。


相変わらず、僕は立ったままだ。


「西野君、指示を出すからその時はスキルお願いしますね」


「分かりました」


四人は熊の攻撃をかわしつつ、こちらへ向かってきた。


それにしても皆、一撃ももらわずに戻ってきている。今の僕には無理な芸当だ。


「今です!」


僕が《応人の盾》を発動すると、僕のすぐ隣を四人がすり抜けていく。


「このままNPCと戦ってもらいます。皆さんは手を出さないでください」


結果は負傷者五名。プレイヤーが手を出さなくても、熊の討伐に成功していた。


「今日はここまでとします」


思ったよりあっさりと、濃密な空気が溶けていった。


――前夜、AZITO店内


「相変わらず几帳面だな……榊」


独り言を呟きながら、榊が持ってきたソフトを一本ずつ鑑定していく。


鑑定機にかけ、俺の《看破》でステータスも覗く。ソフトの出し入れに時間を取られ、一本につき五分ほどかかる。


七十本はあるな……バイトでも雇うか? そう思った、そのとき。


「あるじゃねぇか……。たしか、覚醒の素質を持った個体は一パーセントくらいだったよな。こいつは榊に返しておくか……」


少し疲れも抜け、悪い顔をした俺がいた。

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