表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/30

猫の取り扱いについて

昨日、訓練を終えた僕は、家で一人、河川エリアで釣りをしていた。


最近はイノシシだの鹿だの、昨日は熊まで相手にした。さすがに少し疲れている。


今日は川でのんびりと、鯉やフナを釣っていた。


「たまにでっかいナマズが釣れそうになるんだよな……引くタイミングが難しすぎるよ」


不満は漏らすが、意外と楽しい。


魚が食いつくと振り子のゲージが現れ、ランダムに表示される青い範囲で止めなければならない。


魚の大きさや種類によって、範囲の広さと成功させる回数が変わる。


大物になるほど青い範囲は狭くなり、何度も成功させなければならない。


「あ~……今のは絶対に大きかった……」


がっくりと肩を落とすと、近くの木陰に猫が座っていた。


「可愛いな。猫もペットで連れて回れればいいのに……」


そんなことを考えていると――


『荒御魂を鎮めよ。再度告ぐ、荒御魂を鎮めよ』


壱与からのアナウンスだ。降臨した時に聞いたあの声は、未だに耳に残っている。


前回とは違い、御姿は見えない。ただ、透明な声だけが世界の隅々まで広がっていく。


そう言われましても……ムリなものはムリ!


熊に遭遇すれば瞬殺される僕に、戦う意思は全くない。


そう思いつつ、癒やしを求めて木陰の猫に近寄った。


「おー、よしよし……」


猫の前まで移動し、決定ボタンを押した。


次の瞬間、画面が真っ暗になった。


気づくと、僕のキャラクターは地面に倒れている。


猫は何もなかったかのように毛繕いをしていた。


負傷状態になると、救護NPCが来るまで待つか、邑のプレイヤーに助け起こしてもらえば復帰できる。


僕はスマホを手に取り、助けを呼ぶことにした。


(すみません。負傷しました。河川エリアの中央付近に倒れています。誰か起こしてくれませんか?)


早速、邑のグルチャに書き込んだ。


すぐに笑っている顔文字が返ってきた。……モブさんだ。


(西野君、今行くから待っていてください)


丁寧な言葉は榊さんだ。


(河童でも出ましたか? 何に倒されたのでしょうか?)


僕も分からないんだよ……それが。


(分かりません。猫がいたので、前に立って決定ボタンを押したら、何かにやられたようで……)


(後ろから? カメラを回してみて……)


東野さんからだ。


カメラを回してみるが、映るのは猫と大きな木と、さっきまで釣りをしていた川だけだ。


(何も見えません。敵らしいものは……猫しかいません)


(その猫には、誰も触れないように。皆、部隊を連れてくるように!)


榊さんからの号令だった。


その頃、『倭国争乱』の公式掲示板では――


【荒御魂どこよ?】というスレッドが荒れていた。


これまでのレイドでは、天狗や巨大な火車など、見るからに強そうな個体が現れるのが通例だった。


しかし今回は、フィールドのどこにもそれらしい個体が見当たらない。


『川の近くにいた猫を調べたら死んだ』


『俺も猫にやられた』


『川に潜ったら河童が出た』


『それはいつものことじゃねぇか!』


『崖から落ちろ。下にレイドボスがいる』


『ただ死んだだけなんだが?』


『騙されるほうが悪い』


《猫》という言葉だけは、何度も現れていた。


だが、それが荒御魂なのか、何かの罠なのか。その先の答えにたどり着いた書き込みは見当たらない。


制限時間は二時間。掲示板は、ますます混沌としていった。


ほどなくして、榊さん、東野さん、モブさんが到着し、僕を助け起こしてくれた。


僕は最近覚えたお辞儀のジェスチャーで、皆に感謝を表現した。


(猫は?)


東野さんが聞いてきた。


(あそこの木の陰)


僕はキャラクターの身体を、猫のいる木陰へ向けた。


(僕が行きましょう)


榊さんはNPC部隊を率いて、猫へ近づいた。


猫をNPCたちの攻撃範囲に入れると、自分のキャラクターだけを後方へ下げる。


先頭のNPCが武器を構えた。


数秒後――部隊は全滅していた。


猫は顔を上げることすらなく、相変わらず毛繕いをしている。


何が起きたのかは見えなかった。ただ、結果だけがそこにあった。


(今回のレイドボスは、この猫で間違いなさそうです)


榊さんがそう断言した。


(でも、どうやって倒すの? 攻撃モーションも見えなかったわ)


東野さんは攻略の糸口を探している。


触ってもダメ。攻撃してもダメ。


脳裏に浮かんだのは、あの声だった。


『荒御魂を鎮めよ』


(神様を鎮めるって、何をするの?)


思ったままに書き込んだ。


(鎮めるって言ったら……人柱?)


たまきさんが怖いことを言ってくる……誰を捧げるんですか? 僕はもう、捧げちゃってるんですが……。


頭の中でツッコミながら、猫をじっと見つめる。


猫の足元に、一枚だけ大きな葉が置かれていた。


落ち葉というより、皿のように見える。


(あの葉っぱ、皿みたいに置かれていませんか?)


(もしかして……魚を供えるんじゃないですか?)


(……その可能性はあります。西野君、魚は持っていますか?)


魚なら、さっき釣ったものがある。


持ち物からフナを一匹選び、大きな葉の上へ落とした。


猫は嬉しそうに魚を食べるモーションを見せ、食べ終えると再び毛繕いを始めた。


(足りないようですね……)


残っていた四匹も、すべて葉の上へ落とす。


猫は一匹ずつ平らげたが、食べ終えるとまた毛繕いに戻った。


(同じ反応です。量が足りないのか、大きさが足りないのか……)


榊さんが書き込んだ直後、店長からメッセージが入った。


(倉庫から釣り竿と骨の釣り針を持っていく。みんな、そこで待っとけ!)


数分後、店長が到着した。


(お前たち、時間がない! 今回、攻略できる邑は少ないはずだ。チャンスだから気合い入れて釣れ!)


こうして、AZITOメンバーによる釣り大会が始まった。


小さなアタリには目もくれず、大きなアタリだけに集中する。


竿を投げ込み、弱いアタリならすぐに戻して、また投げ入れる。


モブさんが八十センチの鯉を釣り上げ、スキップで献上に向かう。……帰り道の足取りは重い。


一メートルを超えたナマズを釣り上げ、榊さんが悠々と歩いていったが、トボトボと帰ってきた。


二十分もすると、皆、無言で釣るようになっていた。


その時、東野さんの竿が大きくしなった。


(パパ、これ無理! 代わって!)


何度も続く狭い青の範囲を、止めきれないらしい。


店内にいる東野さんが、店長に操作を頼んだようだ。


数秒後、金色のエフェクトをまとった小魚が釣り上げられた。


東野さんが金色の小魚を持っていく。


大きな葉の上へ落とした途端、目の前の猫は二本の尻尾をピンと立て、勢いよく食べ始めた。


(猫又……だったようですね)


榊さんの感想など聞くはずもなく、猫又は空へ駆け上がるようにして消えていった。


その頃、公式掲示板では、正解に近い書き込みも流れ始めていた。


『猫の前にある葉っぱへ魚を置け』


『五匹食わせても終わらなかったぞ』


『金色の魚らしい』


『今度は釣りかよ。もう騙されんぞ』


『攻略した邑が増えてる。成功した奴、答えを出せ』


『次の合戦で敵になる相手に、誰が教えるんだよ』


本物も偽物も、同じ速さで流れていく。


正しい情報は確かに書かれていたが、それを信じられる者は少なかった。


やがて、二時間の制限時間が終了した。


壱与の透き通った声が、再び世界に響く。


『荒御魂は鎮まった。二十三の邑には褒美を取らす』


イベントに参加した邑のうち、攻略できたのは一割ほどだった。


食料充足率を十パーセント上昇させるアイテム《猫に小判》が、AZITOの倉庫に入った。


運営には抗議のメールが殺到したようだが、一切の回答はなかったそうだ。


こうして、僕らの釣り大会は終わった。


ほっと一息ついた時、店長からメールが届いた。


「明日、店のレイアウトを変える。男手が欲しいんだ。時給は出すから、手伝わないか?」


AZITOで遊ぶためのお金を稼げるなら、断る理由はない。


僕は即答で「OK」と返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ