共存共栄
十五時。いつものようにランドセルがやってきた。
「こんにちは。どうしたの? 店長。何か、店の雰囲気が……あ、ソフトがない……」
早速、異変に気付いたようだ。
「まあ、そこに座れ」
いつもは好きな場所に座らせてやるが、今日は目の届く位置に置きたい。
カウンター前の、一番近い席に案内した。
「昨日のあの兄ちゃん、運が良すぎでしょ」
そう思うのも当然だろう。なにせ、壱与降臨はゲーム開始以来、七例目だ。
「宿題を片付けてから遊べよ」
そう言って、俺は客の相手に戻る。
接客と言っても、ゲームの進捗や武勇伝を聞く程度だ。
「店長、階段に結構人が立ってたけど、あれは何?」
思い出したようにランドセルが聞いてきた。
怪訝に思って自動ドアから外を窺うと、男の列。
そういや、たまきの学校がそろそろ終わる頃だ。
俺はすぐ常連に頼み、カウンターへ席を移動してもらった。
たまきが帰る前に、常連の大楯部隊を配備したというところか。
店内の部隊配置も整ったところで、今日の主役の一人、『全滅姫』が帰還する。
後で知ったことだが、掲示板では『全滅姫』の帰還予想時刻まで共有されており、彼女が姿を見せたこの時、初めて【朗報:】の文字が並んだそうだ。
「ただいま~。外、すっごい人がいたけど、予約待ち? 席、空いてるんだけどな~」
たまき、お前の後ろを確認しろ……すでに後半戦のゴングが鳴っている。
「いいから、さっさと着替えて……今日はカウンターの中から出るなよ!」
俺はフロントに立ち、会員証の発行と席への案内を始めた。
皆、カウンターに座りたかったのか、恨めしそうにそちらを見ながら席へつく。
どうだ。この壁は破れまい。
ここでもまた【悲報】が出たことは言うまでもない。
『全滅姫』の帰還から、わずか十分で予約待ちの状態になる。
にわかの客は何とか接触しようと注文を出すが、ドリンクの配膳などは全て俺がやる。
カウンターの常連客は、たまきと楽しそうに話しながらゲームをしていた。
しばらくすると、行列をかき分けてカノンが店に入ってきた。
「あら、今日は全部埋まっていますのね。珍しい。外のお客様にお声をかけても構いませんこと?」
察した俺は、カノンに親指を突き立てる。どれだけでも持っていってくれ。
早速、店を出たカノンは、並んだ男どもに向かって言い放つ。
「皆さん、暑い中ご苦労様です。前回、こちらのお店と対戦したのはわたくし達ですの。次回のリベンジ戦も、お相手はわたくし達でしてよ」
ひと呼吸置いて、さらに続ける。
「涼しい場所は三階にあります。有料ですが、楽しい時間をお約束しますわ」
立っているだけなら絵になる女だ。メイド姿を想像すれば、ついていく奴もいるだろう。
「カノちゃ~ん!」
「おう。何だ? この人だかりは」
チナミとトモも上がってきている。
チナミはオタクのドストライク。トモは背が高いが、小顔でショートヘアがよく似合う。
自動ドアの前でランドセルを探さなければ、いい女だ……。
大半の男どもを引き連れ、カノンたちは三階へ上がっていった。
階段の列は半分にまで減っている。恐るべき三人である。
カウンター席が空くたびに、別の常連を、
「お席、空きましたよ。どうぞ」
と案内していく。接客の合間に、「今日はたまきを助けてやってくれ」と頼んでおいた効果だ。
やがてランドセルが帰る時間になり、空いた席へ『予約中』の札を立てた。
榊は、いつもより一時間遅れてやって来ると言っていた。ちょうどいいだろう。
だが、思ったより早く、ランドセルと入れ替わるように入ってきた。
「榊さん、こんにちは。次の合戦は出るんでしょ?」
ランドセルの問いに、榊は笑顔で答える。
「ええ。よろしくお願いしますね。今度、一緒に熊を相手に合戦の練習をしましょう」
榊は誰に対しても丁寧だ。
二人は手を振り合い、榊はこちらへ向き直った。
「これをどうぞ。買取金額は、そちらの言い値で結構です。使わずに心苦しかったので……」
そう言って差し出したのは、キャリーケース。中には、今日売った本数をはるかに超える量の『倭国争乱』が詰まっていた。
一本一本、スキルと感想を書いた付箋が背表紙に貼り付けてある。
できる男は、やっぱりできる。
「ありがとうな。査定には時間がかかる。明日でもいいか?」
榊はにこやかに答えた。
「構いません。来週でも来月でも大丈夫ですよ」
こ、こいつには勝てる気がしねぇ。ありがたく受け取らせてもらおう。
「席はカウンターに用意してある。たまきを頼む」
最後だけ声を落として、席へ案内した。
榊はいつものように『オロヤク』を頼む。
たまきは榊の来店で安心したのか、満面の笑顔で『オロヤク』を差し出す。
間違いない。今頃、掲示板は大荒れだろう……。
遠くから恨めしそうに眺めるにわかども。眺めるだけなら無料だ。
そのうち、隠し撮りをしていた三名には、丁寧に? ご退出を願った。
階段の列も、やがて引いていく。
メイドインヘヴンの評判が良かったのか、そちらへ流れていったようだ。
AZITOの掲示板だというのに、今では『カノン様』推し、『ふんわりチナミ』推し、『トモのビンタを喰らいたい』組が、次々と書き込みを始めていた。
――時間は過ぎ、たまきが帰る時間が迫る。
「店長、今日はたまきちゃんを、私が途中までお送りしましょうか?」
榊、なんてできる奴だ……。査定金額、上げてやるからな。
「助かる」
榊はたまきを連れ、階段下に待たせてあったタクシーで帰っていった。
店内はいつものAZITOに戻り、ようやく平穏が訪れる。
今のうちに、オークションで安いソフトも仕入れなければいけない。
平穏なうちに、今やるべき仕事をさっさとこなそう。
その日の最後の【悲報:】は、『あんな男に勝てるか!』という男どもの敗北宣言で埋め尽くされていた。




