収拾活動
朝一番のラッシュは過ぎた。
十時の開店から二時間。ようやく、カウンター前に立つお客さんの姿がすっかり消えた。
忙しかった……もう勘弁してくれ。
今日は忙しすぎて、商品を販売したあと、会員証を作ってもらうための声掛けをすっかり忘れていた。
新規で席に着き、遊んでいくお客さんがいなかったことだけが救いだった。
カウンター席に座っていた常連客の一人が、俺に声を掛けてくる。
「今度の合戦の時間、予約を入れたいんだけど」
その言葉で、はっと我に返った。
よかった。まだ次回の対戦カードを公表していなくて。
前日、店を終えて帰ろうとするカノンを、店先で呼び止めていた。
「お疲れさん。たまきはやる気だぞ。どうする? 受けてくれるか?」
カノンは待ってましたとばかりに、口の端を上げた。
「それは条件次第よ。私たちが勝ったら、たまきちゃんと一緒にメイド姿でチェキを撮らせてもらうわ」
俺は不思議に思って聞いてみた。
「なんで、たまきのチェキにこだわる?」
カノンは、さも当たり前のように答えた。
「分からないの? 今まで散々勘違いして、三階に上がってきた《お客様》に見せるためよ。また来てもらえるじゃない」
たまき目当てに、三階へ吸い込まれていった高校生を俺は知っている。
未遂一人を含めて。
「分かった。伝えとく。ただし、店で使うだけだ。他の奴らとの撮影はなし。高校生だからな」
「交渉成立ね」
「ああ、成立だ」
こうして、次回の対戦が決まった。
あとは依頼を送るだけだ。
ただ、このままだとマジでやばい。
対戦の日の座席予約をホイホイ受けていたら、会員のお客さんにまで影響が出る。
俺はカウンターの常連客へ答えた。
「今度はちょっとレイアウトを変えて、向かい合って対戦してもらう予定です。予約の案内は前々日の十二時から始めます」
一度言葉を切り、笑顔を作る。
「お客様はもう声に出してくれたので、特別に一席空けておきますよ」
気付かせてくれた礼だ、と言わんばかりの対応だった。
特別扱いに満足したのか、常連客は安心したようだ。
「ありがとう。で、店長。問題が起こっていますよ。AZITOの掲示板が立って、炎上寸前です」
急いで掲示板の検索欄へ『AZITO』と入力する。
そこで今、発覚したのが――
【悲報:店長に追い出される】
【悲報:ガチャンと切られてしまう】
そうだ。
さっき電話が三本鳴ったが、面倒だったので受話器を上げては下ろした覚えしかない。
ただ、追い出された奴。
お前らは当然だろうが!!
俺のお客様対応に対する不満ばかり書いていやがる。
こっちの不満がMAXだったことには、一切触れていない。
それでも今が平穏なのは、買い物だけのお客様には、とりあえず店を出てもらったからだ。
商品はもうない。
それに、対応しているのは俺一人だ。
席料を払って遊ぶお客様だけ、店内に残ってくださいと頼んだのだ。
出ていったお客さんの誰かが、不満を爆発させているらしい。
今が昼時だからか。
飯でも食べに行っているのか。
とりあえず、店内には平和が戻っていた。
言いたい奴には言わせておこう。
それよりも、来週の段取りが先だ。
俺はすぐに案内を作り始めた。
■■■ 対戦再び!![AZITO]vs[メイドインヘヴン] ■■■
〇月〇日 十七時四十分、再び相まみえるライバル同士
話題沸騰のカードを見逃すな!!
ご予約は〇月△日、お昼十二時スタート! ※会員のみ
電話予約は受け付けません。
プリントアウトした案内を、自動ドアの前に貼り付ける。
もちろん両面印刷だ。
店の内外、どちらからでも見えるようにした。
よし。一つ終わった。
十分後、
【悲報:会員証がないと対戦も見られない件】
との書き込みがあったようだが、俺は見ていない。
ただ、このあと一日の会員証発行数が、過去最高記録を叩き出した。
ポスターを貼り終えると、また電話が鳴った。
さっきの【悲報】が気になり、とりあえず受話器を取る。
質問が来たら、即刻切る予定だった。
「榊です」
「おう、メガネ。どうした? 寂しくなったか?」
メガネこと榊は、店に来られない日にはよく電話をくれる。
本人いわく、寂しいらしい。
今日ばかりは、知っている相手の声に安心できた。
「榊です。掲示板を見ました。商品がなくなっていることも確認しています」
榊は俺の軽口を流し、そのまま話を続けた。
「今日は一度帰宅してから伺いますので、少し遅くなります。一時間ほど掛かりますが、私の在庫をお持ちします。待っていてください」
……専属の業者か何かか?
「お、おう。ありがとな。また頼むぜ」
俺も少し外れた返しをしてしまった。
またなんて、そうそうないのによ……。
買い物客がいない以上、店内の渋滞はない。
いつものようにお客さんへ声を掛け、一緒になって笑う日常が戻ってきた。
――十六時。
たまきが帰ってくるまでは。




