幕切れ
縦に伸びる光とは対照的に、たまきの部隊を中心に漆黒の霧が広がる。
霧は瞬く間に周囲を包み、倒れた兵士たちを揺り起こしていく。
散らばっていた兵士たちは、立ち上がると一直線に正面の大楯へ向かった。
壊滅寸前だった槍部隊も、倒れては立ち上がり、大楯へと続く死者の列に加わっていく。
矢のダメージも感じないのか。あるいは、倒された恨みをぶつけているのか。
モブさんの熊も、店長のプレイキャラも立ち上がり、大楯へ向かっていく。
「待って。そんなに広がっていくなんて……」
スキルを発動している東野さんの表情は硬い。とても戦況をひっくり返している人の顔ではない。
僕の目の前では、今まさに大逆転劇が繰り広げられているというのに……。
やがて漆黒の霧は大楯を越え、チナミの部隊の足元まで伸びた。
「きゃぁぁぁぁあ!!」
三階からの悲鳴だ。
お化け屋敷で女の子が上げるような悲鳴だと思ったが、無理もない。
倒したはずの兵士たちが足元で動き出し、大楯を背後から襲ったのだ。
あの小さな女の子なら、悲鳴を上げるのも当然だった。
ものの数秒で、大楯三体と巫女三体が倒された。
決着はついた……かに見えた。
黒い霧が晴れるまでは。
「三十秒も持たなかった……」
隣で肩を落とす東野さん。
立ち上がっていた兵士たちは、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
「ランドセル!!」
店長の声もむなしく、直くんが倒れた。
死者の列が崩れ、敵陣正面にいた直くんへ、カノンさんの射線が通ったようだ。
「たまき姉ちゃん、早いよ」
東野さんは動揺していたのか、慌てて答えた。
「ごめんなさい。思ったより札の消費が激しくて。無くなっちゃった」
「倉の半分だぞ! そんなに使ったのか?」
店長も、予想外の消費に動揺を隠せない。
「いつもより広い範囲に霧が広がって……札の減り方が普通じゃなかったのよ。西野君のスキル?」
「ちょっと訳ありで、今は話せねえんだ。原因は分かってるつもりだ。スキルランクを見ろ」
画面に視線を戻した東野さんは、手で口を塞いだ。
店長は声を落とした。
「今は何も言わずに戦闘に集中しろ。絶対にカノンたちに札切れを悟らせるな!」
残り時間はあと五分。
残ったカノンたちを相手に、どう戦えばいいのか。
僕には勝ち目が見えない。
僕に思いつくのは、逃げることだけだった。
「東野さん、二手に分かれて逃げよう」
「いやよ!」
即答だった。東野さんはさらに続ける。
「こんな対戦、二度とできないわ。ここで背を向けたら、あの人にずっと言われっぱなしよ」
女の子って、こんなに気合が入るのか……。
「西野君、少し黙って。そこで立ってて」
「ひゃい!」
いつの間にか、どっちが女の子か分からない立ち位置になってしまった。
画面の中では、大量の死体を挟み、メイド三人と僕ら二人がバッチバチにメンチを切り合っている。
カノンたちの大楯部隊が一歩前へ出る。
東野さんが身構えた瞬間、大楯部隊はすぐに元の位置へ戻った。
その間に、後方では巫女部隊と弓部隊が何かを受け渡していた。
「西野君、一緒に前へ出るわよ」
ところが、スティックを倒しても僕のプレイキャラはピクリとも動かない。
「東野さ……」
言いかけたところで、盾を構えたままだったことに気づいた。
慌てて構えを解いた途端、倒しっぱなしだったスティックに反応し、前方へ勢いよく飛び出した。
「一緒にって言ったわよね……」
ヤバい。完全に怒ってらっしゃる。
「ごめん、ちょっと操作を間違えたみたいで……もう大丈夫」
言い訳完了。嘘は言っていない。
足元に三本の矢が突き刺さる。射程ギリギリだったようだ。
「三本だけ?」
東野さんは怒るのも忘れて、首を傾げた。
「もう少しだけ踏み込むわ。盾を前に。行くわよ」
僕は黙って、東野さんの動きに合わせた。
完全に射程内。
二、三歩進むと、前衛の大楯部隊が下がる。続いて巫女部隊も後退した。
正面には、カノンさんの弓部隊だけが残った。
「気をつけて。矢があとどれくらい残っているか分からないから」
言い終わらないうちに、弓部隊がぴたりと僕に狙いを定める。
次の瞬間、二本の矢が飛んできた。
反射的にスティックを横へ倒し、サイドステップを踏む。
カンッ!
一本は盾に刺さり、もう一本はすぐ脇をすり抜けていった。
「兄ちゃん!! やるじゃん!」
直くんが興奮気味に喜んでいるのが分かる。分かるが、視線は外せない。
後方では、下がった巫女部隊から弓部隊へ、また何かが渡されている。
矢の補充だ。
「西野君、今のうちに少し下がるわよ」
褒めてくれてもいいじゃん。
そう思いながら、渋々下がる。
「今、矢を満タンまで補充されたら厳しいわね……」
カノンさんの弓部隊だけが、相変わらず前衛で仁王立ちしている。
大楯部隊と巫女部隊は、結局遠くまで下がっていった。
東野さんの表情が再び硬くなる。
「こっちも火力が足りないのよ……」
それからも、僕たちは少し進んでは下がった。
カノンさんの弓部隊も、矢を射尽くすことなく正面に立ち続けている。
残り時間が一分を切った。
それでも、大楯部隊と巫女部隊は戻ってこない。
般若を警戒しているのだろう。札がないことなど、知るはずもない。
こちらも、最後の一歩を踏み込めない。
どちらも動けないまま、やがて合戦終了を告げるほら貝が鳴り響いた。




