壱与降臨
画面に景色が戻ってきた。
目の前には、緑の生えそろった丘がある。
「大儀である」
幼いながらも堂々とした口ぶり。
気づくと、上空に大きな巫女が映っている。
映っている? いや、いるのだ。
金の冠をかぶり、胸元には七色の勾玉が連なる。
透き通った羽衣をまとい、手にした玉串の葉には、宝石のように輝くしずくが浮かんでいる。
巫女服そのものが淡く光り、神々しい。
三階から「きゃーぁぁぁ!」と奇声が聞こえた気がするが……。
「此度、名を冠する御業の確認が取れた。誠に喜ばしいこと。今後、皆も益々の研鑽を積むように」
そう言い残すと、空の彼方へ消えていった……。
あれはいったい、何なんだろう。
「久しぶりに見たぁ~」
隣では、東野さんが余韻にふけっている。
店長も同じような顔をしていた。
画面に目を戻すと、見慣れない表示が出ている。
覚醒に必要な条件を確認しました。
発動しますか? YES/NO
発動条件:レベル差が七十七以上ある状態で、戦場に一人で立つ。
説明が表示されている。
ゲームが進まないので、とりあえずYESをクリックする。
途端に、目の前のキャラクターが燃え上がった。
燃えるというより、頭上へ光の柱が伸びている。
「これって……」
僕の言葉に反応したのか、東野さんの目が見開かれた。
声も出ない、と顔に書いてあるようだ。
ガタッ、と音がした。
店長がカウンターを回り込み、僕の後ろに立っている。
「なんか、レベル差七十……」
「言うな!」
店長の一言で、店中の音が消えた。
「まず、今発動しているスキルを切るぞ」
なぜか小声で僕に告げると、コントローラーを取り上げる。
店長が操作した途端、頭上から伸びていた光が消えていった。
「リキャストタイムは何秒だ?」
「パパ、おそらく四百二十秒よ」
僕を挟んで、息の合った親子。
僕だけ、しっかり取り残された感じだ。
「兄ちゃん、どうしたの?」
直くんが心配そうに聞いてくる。
「合戦が終わったら話す。西野君、スキルを確認させてもらうよ。いいかい?」
僕は黙ってうなずくしかなかった。
店長が小声で唸る。
「まずいな、これは」
定価の二倍ぐらいで買ったはずなのに、スキル以外にも何かまずいことがあるんだろうか。
店長が、さらに声を落とした。
「たまきから離れるな。盾はしっかり構えろ。スキルを発動するときは、たまきに操作してもらえ」
タイミングが難しいスキルなのかな?
特殊なボタンでもあるんだろうか。
アイコンには数字が表示され、カウントダウンしている。
「パパ、合戦中だよ。出遅れてるんじゃない?」
「なぁに、大丈夫だ。作戦は『亀』だし、悲鳴を聞いたろ? 奴らは土下座から戻ったところだろうて」
―― 三階 メイドインヘヴン ――
カノンが阿鼻叫喚の叫び声を上げる。
「きゃーぁぁぁ! 壱与様よ! 何してるの! 頭、頭を下げるのよ! お前たちも、さあ!」
一緒にプレイしているお客さんまで巻き込み、一斉に平伏している。
巫女服が汚れるかもしれないなど、考えることもなく……。
頭を上げたあとも、三人そろって涙ぐむ始末。
合戦のことなど、すっかり忘れている。
我に返った頃には、合戦開始から一分が経過していた。
「待たせてすまんな。じゃあ、丘を登るぞ。たまきと西野君は、俺たちの部隊の陰に隠れてくれ」
ハイキングにでも行くような、店長の掛け声。
「こちらから仕掛けなければ、残りHPの差で負ける。あちらは五人で五部隊。こちらは五人で四部隊だからな」
なんか、すみません。
でも、この緊張感、ちょっと楽しいかも。
障害物もなく、敵と遭遇することもない。
気楽に丘を登りきると、店長が声を上げた。
「見えた! やっぱり『亀』だろ?」
相手の砦の正面には大盾部隊。
その後ろに巫女部隊、さらに後方に弓部隊。
左右の側面を、それぞれ槍部隊が固めている。
店長は、予想どおりといった顔をしている。
ここから、どう動くんだろう。
「とりあえず時間を稼ぐぞ。こっちに必殺の手駒があることを悟られるなよ! 俺しか知らねぇけどよ」
「モブ……もういないか」
さっきまでそこにいた米俵が、いない。
丘の下へ向かった様子もない。
モブさんのNPCたちは、丘の上に並んでいる。
どこに行ったんだろう?
直くんが笑っている。
「もう陽動に行ってるよ、モブさん」
動いている人影は見当たらない。
遠く、画面の端を熊が歩いているだけだ。
ん? 熊が歩いてる?
二足で歩く熊。
まさか、あれがモブさん?
隣で東野さんが笑っている。
「ランドセル! 俺らは反対の橋に回るぞ」
熊は西へ。
店長と直くんは東へ。
二手に分かれて、丘を下りていった。




