因縁
店長がカウンター内から呼びかける。
「さて、今日の対戦相手は三階のメイドインヘヴンだ。上の三人、連携してくるからちょっと厄介だぞ。特にカノンの連射……」
そのとき、入口の自動ドアが開いた。
「あら、わたくしがどうなさいました?」
巫女服に身を包んだ、黒髪のショートボブ。優等生オーラがすごい。
東野さんにも同じものはあるけれど、もっと柔らかい。目の前のショートボブからは、威圧感たっぷりのオーラを感じる。
「メイドインヘヴンのカノンです。今日は皆さんと対戦できて幸せですわ」
さっきの弓対策って、この人に対する対策だったわけ?
カノンさんの背後から、頭がひとつ分高い誰かがぬっと顔を出した。さっきの大女だ。
「ちわっす。トモです」
直くんにアイコンタクトを送っている。
直くんはというと、『うわっ』と明らかに顔で拒否ってる。
「チナミです。今日は、よ、よろしくね」
今度はカノンさんの後ろから小さいのが出てきた。肩まで伸びた、ふんわりした茶髪。この子も巫女服を着ている。
だが、両肩には交通標識の一時停止マークに、しっかりと『NO TOUCH』と書かれたアップリケ。
胸の襟元には『お触り厳禁』のお札が貼り付いている。お札の奥……にある膨らみの自己主張が強い。
東野さんがこちらを向いたので、慌てて目線をそらした。
「あたし、この人苦手なの……」
その言葉に被せるように、カノンさんがツッコむ。
「あら、気が合いますわね。私もあなたがちょっと苦手ですわよ」
両者のにらみ合いが始まり、店内が静まり返る。
誰も二人を止められない。
カノンさんが東野さんのディスプレイを覗き込む。
「びっくりしました。まだ原始人の装備ですの? 邑を興して半年ぐらいですわよね?」
東野さんの耳が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「人手が足りないのよ。あなたたちだって、貫頭衣を上下紅白に塗っただけの衣装でしょ? それに貫頭衣を着るより、毛皮のほうが防御力は上よ!」
何か、この前と話が違う気がする。
女心がどうとか言っていた気がするが、ここは黙っておこう。
「少しは身だしなみに気を配っては? 髪もボサボサ、けものの皮をまとっていては、女性として失格ですわよ」
カノンさんの目が、勝ち誇ったように笑っている。
後ろの小さい子はカノンさんの袖をちょいちょい引っ張り、止めに入っていた。
慰める言葉を僕は持っていない。
「人手不足は俺の責任だな。榊がいないからといって、手加減するなよ?」
店長が横やりを入れる。
「あら、あの方は不在ですの? いてもいなくても結果は変わりませんわよ」
涼しげに切り返してきた。
東野さん、まだ肩が震えてる……。
「AZITOの皆さま、合戦が終わりましたら、ぜひ三階までお越しください。勝利記念におみくじを差し上げますわよ。ゲーム女子との会話なんて、そうそうできるものじゃありませんわ。では」
腰を四十五度に折り、お手本のような姿勢でお辞儀する。
トモさんは手を振り、チナミさんはぺこぺこと何度も頭を下げた。
自動ドアの向こうへ、嵐は退場していった。
奥から、
「カノちゃ~ん。たまきちゃん可哀想でしょ? メッだよ」
と聞こえてくる。
三人の足音が聞こえなくなった途端、
「……ああもう! だからあの人、苦手なのよ!」
東野さん、どうぞお鎮まりください。
隣で祈る僕。
「まあなんだ。合戦前のデモンストレーションだな。しっかり営業までしていきやがった」
店長も苦笑いしている。
「では、これから作戦会議といこう。相手はメイドインヘヴン。戦術は亀だな。守りを固めて、こちらの体力を削ってくる」
店長が説明を続ける。
「正面は大盾五人部隊。後方にカノン率いる弓五人部隊。カノンは連射を持っているから、射程距離に入ったら一気に距離を詰めろ。厄介なのは、その間にいる巫女五人部隊だ。すぐに回復してきやがる。陣形のどこかに穴を開ける必要があるぞ」
「あれって、パパが仕込んだんだよね?」
東野さんが、カウンター越しに怒りの視線を飛ばす。
「……お客様は平等だ。勝ち方に迷っていたら、分け隔てなく助けるぞ」
一歩後ずさりはしたものの、ちゃんと受け止める店長。さすがはパパだ。
あることに気づいた僕は、店長に聞いてみる。
「矢って、十二本しか持てませんよね? 矢が尽きるのを待ってみては?」
隣の東野さんが、ため息交じりに答えてくれた。
「大盾部隊も巫女部隊も、全員十二本ずつ持ってる。真ん中の巫女部隊が中継役になって、後方の弓部隊に渡してるのよ」
「ほんっと、誰が教えたのやら……」
店長は愛想笑いを浮かべるしかなくなった。
だが、即座に空気を切り替え、指揮官の顔に戻る。
このあたりの切り替えはさすがだ。
「マップは今回、シンプルだ。中央を真一文字に丘が横切っていて、初手では相手の姿が見えない。まずは丘へ登れ。そうだな……全員、地図の中央に集合だ」
皆、静かに頷く。
「その先、進軍ルートは二か所の橋に限られる。まずは中央へ。その後の進路は俺が伝える」
店長が直くんへ顔を向ける。
「ランドセル! お前の突撃のタイミングで勝ち筋が決まるからな。モブは左右どちらか一部隊でいい。引きつけてくれ」
直くんの椅子がカチャカチャと鳴る。
奥から手が伸びてきて、ゆっくりと手のひらを振った。
分かったのだろう。
……そろそろ十五時。開始時間が迫ってきた。
「たまき、今回『札』持ってるか?」
「あの人相手だもん。倉庫から半分持ってきてるわよ」
「半分!?」
店長が目を見開く。だが、すぐに表情を切り替えた。
「西野君は、たまきから離れないように。盾は構えておけよ」
店長も、いよいよ戦闘モードに入ったようだ。
時計が十五時を告げる。
腹に響くような、重低音の太鼓が鳴った。
――直後、僕の画面は真っ白に塗りつぶされた。




