衝突
東野たまきは焦っていた。合戦に備え、斥候に出てマップを確認しないといけない。
今は大通りをひたすら走り、AZITOへ向かっている途中だ。
今日は汗臭くなっちゃうかもね……。気にはなるけど、着替えられるから問題はないはず。
パパから、ゲーム内で開く店の花火大会が忙しいから、代わりに斥候をしてくれと頼まれている。
合戦自体は明日だが、今日の二十二時までマップを確認できる。
現在、午後四時三十分。時間はあるようで、ない。
昨日、お母さんからお小言をもらったから。
外で食事を済ませて帰ってくるのは助かるけど、お母さんとしては、家に帰ったときに誰もいないと不安になるらしい。
お母さんはいつも二十時半に帰ってくる。片道一時間の通勤はきついだろうなとも思う。
だから、せめて寂しい思いはさせたくない。
今日は二十時に帰らなきゃ。
マップの斥候自体は一時間あればできる。ただ、相手も動いている時間に斥候すると、戦闘になる。
やられると、そのキャラは使えなくなるのよね。マップも埋められない。
だから時間がないというのに、この女は階段の上から私を見下ろして待っている。
「あ~ら、たまきちゃん。今から?」
三階のメイド喫茶、メイドインヘヴンのカノンさん。目は「待っていたぞ」と言っているくせに、口ぶりだけは偶然を装っている。
私の一番苦手なタイプ。最近は店の売り上げのために、「メイドに着替えて、チェキを撮らせて」などと、訳の分からない要求までしてくる。
「今日は今から忙しいので、また」
自分でも顔つきが変わっていると分かる。お店の前だし、早くこの場を離れたい。
「残念だわ~。せ~っかく、全滅姫にまた全滅の機会が訪れるのにね。今日はそれをお知らせしたくて」
待っていたんでしょうね。言葉にはせず、目で返す。
少し前まで、私はいつも全滅させられていた。また同じように全滅する、とからかっているんだね。意地悪だな。
三階のメイド三人が「倭国争乱」をやっていることは知っている。
発売から二年。メイドインヘヴンは半年前に作ったAZITO 邑よりも更に半年先行している。
つまりは格上。
巫女服が大好きで、メイド喫茶なのに巫女服を着て接客するほどの筋金入りだ。
店の外へ出るときは、宣伝のためか、脚を露出したメイド服に着替えている。
そしてゲーム内では、上下を紅白に塗り分けた貫頭衣を、プレイキャラだけでなくNPCにまで装備させている。
「な~んだ。まだ何も知らなかったのね? ごめんなさ~い。私ったら、噂の全滅姫をこの手で全滅させられると思ったら、いてもたってもいられなくって」
カノンさんは、握った拳を軽く頭に当てる。
「もうそんな年じゃないでしょ」と、たまきはまたも目で訴える。
え……この手で? どういうこと?
「すいません。時間なくって。失礼します」
足早に店へ入り、そのまま奥の部屋へ向かう。鼓動が収まらない。
まさか……まさか……と、頭の中でカノンさんの言葉を思い返す。
全滅姫を、この手で……。
着替えを終えたたまきは、フロントに座ると自分のPCを起動する。
ゲームを立ち上げ、真っ先に開いたのは【次の対戦相手のお知らせ】だった。
そこには「メイドインヘヴン」と、はっきり書かれていた。
咄嗟にパパへ声をかける。
「パパ~! 次の対戦相手、知ってる?」
「知らん。後で話は聞くから」
私にとっては一大事なのに、と腹も立つが、ここはお店。お客様優先。
そのとき、電話が鳴った。表示された名前は「榊優希」。榊さんだ。
藁にもすがる思いというけれど、今は榊さんにすがりつく思いで電話を取る。
「榊です」
「榊さん、ちょうど……」
「すみません。今から出張でして、明日の合戦には参加できません。店長にはよろしくお伝えください」
「え? 榊さん、明日は――」
電話は切れてしまった。
何で、よりにもよってこんなときに。考えが頭の中をぐるぐると回る。
サービス開始から二年。サーバー内には「邑」が約二万ある。
あり得ない確率で決まった対戦。そんな日に作戦参謀がいないなんて。
まとめ上げるのはパパ。作戦の基礎を作るのは榊さん。特攻隊長は直君。私は回復兼、Aスキル持ち。攪乱はモブ君。
レギュラーだけで回してきたので、層が薄い。というか、ない。
不安を抱えたまま、斥候を始める。
一時間後。斥候を終え、マップは埋まってきたけれど、私の心配は埋まらない。
フロントへ戻ってきたパパに事情を話した。
店内を見回してみても、今日は邑の住人が一人もいない。
「西野君だっけ? ヤツを呼べばいいじゃねぇか。始めたんだろ? ゲーム」
「初心者だよ。それに、部隊もいないし」
ほとんどのプレイヤーはソフトを五本以上持ち、部隊を作っている。
新品で買う人、とりあえず中古で安くそろえる人、高額でも高ランクのスキルを持ったソフトを買う人。
人それぞれ、違う個性と構成を持っている。
「一人がどうした? ヤツには貸しがある。呼べば来る。それに、補欠として今のうちに馴染んでもらわないとな」
パパはあっけらかんと答え、会員名簿に目を通す。
気づけば「おい、代われ」と受話器を渡してきた。
今回からタイトルとサブタイトル入れ替えています。迷わせたらごめんなさい。




