チュートリアル その四
目の前に広がる光景は、草原というよりも、まさに荒野だ。
干からびて所々ひび割れた地面。時折、砂ぼこりを巻き上げる風。
生きているのか枯れているのかも分からない木々。葉はなく、表面はうろこ状にひび割れている。
何もない分、見晴らしはいい。
「右手の中指あたりにR2ボタンがあるでしょ? 一度、目で確認してみて」
東野さんに言われるまま、コントローラーの裏側を見てみる。
確かにあった。R1、R2と並んだボタン。下側にしっかりと刻印されている。
「そこを押すと弓を構える。離すと弓を放つ。あとは、構えている間に丸いサークルが出るから、その中に目標を入れて離すだけ」
試しに押してみる。離すと、東野さんの足元に矢が刺さった。
「西野君、ちゃんとサークルに目標を入れて離すんだよ」
ちょっと圧がかかった。しまった。今は東野先生だ。
「ごめん。次はちゃんと狙うよ。何を狙ったらいい?」
東野先生を見上げる生徒のように返事をする。
先生はゆっくりと答えた。
「まずは矢を拾おうか。大切な消耗品だからね」
足元の矢は拾えるようだ。急いで近寄り、拾い上げる。矢は元通り12本に戻った。
「狩りで外した矢は、できる限り拾ってね。今、村に生産職いないから買うしかないのよ」
切実な邑事情だ。
「まず狙うのは鳥だね。よく降りてくるから、静かに狙ってね」
東野さんが、鳩らしき鳥を狙い始める。
姿勢よし、背筋バッキバキ。上腕二頭筋、惚れそう(男として)。
まさに一流のスナイパーが放った矢は……外れた。
「サークルが大きいと、外すことも多いのよ」
なんだか、言い訳を始める可愛い声の原始人がいた。
直後、東野さんの後ろに鳥が降りてきた。慌てて僕は弓を構える。
サークルに鳥を入れる。さっき東野さんが狙った鳥よりも大きいようだ。
「ち、ちょっと~!! どこ向けて……」
ヒュッと東野さんの脇を抜けた矢が、奥の鳥に突き刺さる。
「東野さん、当たった、当たったよ!」
「どこ? ……あっ」
言うや否や、東野さんは僕の仕留めた鳥に向かって走り出す。
鳥に駆け寄ると、ナイフでとどめを刺した。
「西野く~ん!! キジだよ、キジ。大きい鳥は、もがいてるうちにとどめ刺してね」
東野さんの声が上ずっているのが、ヘッドホン越しによく分かる。
キジと言われてもピンとこない。
ただ、大きい鳥を仕留めた僕より、東野さんのほうが喜んでいることだけは分かった。
「キジはね~。肉よし、羽よし。貴重な資源なんだよ」
東野先生によると、肉は食料、羽は飾りつけの材料になるほか、矢羽根として矢の精度を補正してくれるそうだ。
「もう、弓は実践するだけだね。今後もしっかり励むように」
今度はちょっとご機嫌になられたようだ。
「では、これより狩りの心得を改めて伝授する」
一、熊からは逃げろ。ダメ、絶対。
二、夜は狩り禁止。視界が悪いし、妖怪が出たら死ぬよ。
三、外した矢は全部拾う。合戦中も、できれば拾う。相手の矢も拾う。
四、倒れたら、回収した食料や素材はなくなる。絶対に生きて帰る。
「以上、必ず守りたまえ!!」
「はい、先生。ん? 妖怪、出るんだ……」
「出るよ~。皆さんご存じ、一反木綿は昼も出る。夜の火車に見つかったら終わりだよ」
ちょっと見てみたい気もするが、今はやめておこう。
「ちょうどあそこに野良のイノシシがいる。今日はイノシシを狩って、食料調達とする」
先生によると、イノシシは群れで行動することもある。一匹だけなら、東野さんでも倒せるそうだ。
先生はイノシシに向かって走っていき、さっきの岩を背にして止まった。
いつ見ても男らしいな。
「西野君は、そこから見ておくように」
距離は離れているのに、マイク越しの声は近い。
「まずは岩を背にして弓を発射。あれ? 発射!」
どうやら一発外したようだ。イノシシが先生に向かって突進していく。
このままでは見えない。遠巻きに弧を描いて走り、視点を整えた。
先生、躱したのか? イノシシが岩に突っ込み、その場に倒れる。
先生は倒れたイノシシに駆け寄り、ナイフで斬りつけているようだ。
「せいぜい三回までだよ~。攻撃したら離れる。そして……よっと。躱す。岩に戻って、イノシシがUターンしてきたら……よっと。躱す」
先生はテンポよく躱しては攻撃している。それを数度繰り返すと、イノシシは倒れた。
「操作に慣れてきたら挑戦してね。お店に来れば、また実践してあげるよ」
一時間三百八十円だったっけ? その価値が、ちょっとずつ肌で分かってきた自分が怖い。
「合戦で直君が突撃を使ってたけど、イノシシと一緒で、敵に使われたら必ず躱すのよ。突撃って、自分の補給路から外れて一直線。当たれば四倍のダメージを与えるけど、攻撃を外したら補給路から切れたまま、障害物に当たるまで止まれないからね。しかも、攻撃力分のダメージが自分に返ってくるから」
あの時、直君が敵を倒した技か。あの一瞬で、そこまで判断していたのか。
今になって、直君の凄さがじんわりと体に染み込んできた。
「はい。先生は晩御飯の時間なので、今日はおしまい。何か質問はあるかね、西野君?」
先生との楽しい時間が終わってしまう。だが、東野さんの食事の邪魔はできない。
「今日から弓を持って狩りを続けます。花や石を拾います。矢も拾います。熊からは逃げます」
先生のテンションが上がる。
「よ~し。これからAZITO邑への貢献、励んでくれたまえ。では、さらば」
音声通話が切れた。あっさりと。
こうして、可愛い声をした原始人による『倭国争乱』の日常チュートリアルの幕は閉じた。
チュートリアルやっと終わりました。
次はランドセル(直君)のエピソードです。




