第6話 木の家の中で~女神の使い魔シルクスパイダー~
家の中には木で出来た大きな浴槽のある風呂場があった。
着替えるための脱衣所も備わっていた。
トネリコは吸血鬼の血を引く、カレンデュラとフェンネルを心配して尋ねると、二人はお湯に手を突っ込んで「だいじょうぶ」という。
そして子どもたちを風呂に入れ、服などを洗う仕事が始まった──
「とねりこさま、おふろ、おふろがある」
「おふろが?」
木でできた大きな浴槽のある風呂場があった。
着替えるための脱衣所も備わっていた。
「カレンデュラと、フェンネルは入れそう?」
二人はじっと湯船を見つめてから、手を入れた。
しばらく湯に浸してから、手を引き上げた。
「めがみさまのおゆ、だからだいじょうぶそう」
「だいじょうぶ、そう」
「なら、お風呂に入りましょう。そのお湯で服を洗いましょう」
「うん」
「女の子たちと男の子たち、どちらから入る?」
「カレンデュラたちから入って、おれたちはあとでいい」
「ぼくも」
「シオンは?」
「私が入れるわ」
ちょうど、赤ん坊の沐浴に使えそうなものもあった。
グラネイトは飯の木を見つめていた。
一方、フェンネルは大きなベッド――おそらく私用のベッドの中で、ぐずり始めた。
フェンネルが両親の死を受け入れるには、まだ時間がかかるのだろう。
カレンデュラたちの服を預かり、お風呂のお湯を使って洗うと、汚れはすっかり落ちた。
干し場に服を干すと風が吹き、あっという間に乾いた。
「便利だけど、この服しかないっていうのもね。ほつれたら縫わなきゃいけないけど、針も糸も布もないし」
そう呟いた途端、目の前にどさっと何かが降ってきた。
驚いて体をこわばらせると、そこには愛嬌たっぷりの巨大な蜘蛛がいた。
可愛い。
だが、蜘蛛だ。
それでも悲鳴を飲み込んだ。
『あなたの要望に応えました。それは、私が創った使い魔、シルクスパイダーです。絹のような肌触りで、絹よりも上質かつ扱いやすい糸や布を作ります。名を与え、あなたのしもべにしなさい』
「えっと……シルキーでいい? シルクスパイダーだから」
シルクスパイダー、もといシルキーは、前脚で丸を作った。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「あの子たちが寝るときに着る服がほしいの。寝るときくらい、心地よい服がいいでしょう?」
そう言うと、シルキーは前脚を動かし、腹部から糸を出して、あっという間に布を織り始めた。
できあがったのは、五人分の少し大きめのTシャツのような服だった。
「すごい……」
思わず感嘆の声を漏らした。
そこへグラネイトがやって来た。
「わぁ、しるくすぱいだーだ」
「ええ、シルキーって名前をつけたの」
「めがみさまの、つくったいきものだ」
「そうよ」
「とねりこのしもべ?」
「……まぁ、そんな感じ?」
私はそう言って、パンツとシャツ、それから先ほどシルキーが織った服を持ち、脱衣所に向かった。
体を拭くための布は、木の葉を織った柔らかいものだった。
二人はそれで体を拭いていた。
「はい、これを着てね。寝るときくらい、寝間着を着たほうがいいでしょう?」
「はい、とねりこさま」
「わかりました、とねりこさま」
カレンデュラとベラドンナはそう言うと着替えた。
「これ、なんのぬのですか?」
「とてもきごこちがいいです」
「……シルクスパイダーが織った布よ」
「「しるくすぱいだー」」
二人の目が点になった。
「とねりこ、しるきーが、のせてくれた」
「「きゃっ」」
グラネイトがシルキーに乗ったまま、脱衣所に入ってきたのだ。
「グラネイト、乗ってもいいけど、二人を驚かせてはだめよ」
「あ……ごめん」
「いいの、きがえたあと、だったから」
「きがえてる、ときなら、おこったけど」
「きをつける……」
二人に少し睨まれ、グラネイトはしゅんとした。
シルキーは、二人をなだめるように前脚を何度も動かした。
「わかったわ、もう、おこらない」
「ほんとう」
「つぎは、きをつけてね」
「うん」
「シルキー、あなたは普段どこにいるの?」
私がそう尋ねると、シルキーはグラネイトを下ろした。
そのまま家の外へ出ると、屋根に登り、前脚を振った。
「屋根があなたの住処なのね。教えてくれてありがとう。何かあったらよろしくね」
そう言うと、シルキーは屋根の向こうへ姿を消した。
「さあ、グラネイト、フェンネル。お風呂に入る時間よ」
「やだ、ぼく、とねりことはいる」
「フェンネル、わがままいうな」
「やだ、やだ」
毛布の中でぐずって出てこないフェンネルに、私は優しく声をかけた。
「いいわよ。グラネイト、一人で入れる?」
「うん、わかった」
グラネイトが風呂に入っている間に、彼の服と下着を洗った。
すぐに乾くので、脱衣所にシャツとパンツ、寝間着を置いておく。
フェンネルは私のベッドの中で「かえってこない、かえってこない」とぐずり続けていた。
まだ、ぐずっていても無理はない。
この子はまだ三歳なのだ。
親の死を受け入れるには、あまりにも辛いだろう。
ふと思った。
私が死んだとき、悲しんでくれた人はいただろうか。
家族とは就職してから疎遠になっていた。
だから、悲しんでくれたかどうかも分からなかった。
そう思ったとき、家を形作る木の一部から、一本の根が私の方へ伸びてきた。
触れ、ということか。
私はその根に触れた。
『撫子を返してよ! 私の娘よ! 大事な娘を返してよ!』
母の泣く声がした。
怒鳴るように泣く声だった。
『裁判で徹底的に争います。あなたたちの会社を許すつもりはない』
父の静かで、それでいて怒気を含んだ声がした。
『なあ、撫子。お前、なんで死んだんだよ。普通、親や俺が先に死ぬもんだろ?』
兄が涙声で言っていた。
記者会見の光景。会社の会議室の光景。遺体となった私にすがる兄の姿。
それらがめまぐるしく入れ替わり、多くの人が私の死を嘆いていたことが分かった。
ああ、嘆かれる価値は私にもあったんだ、と少しだけ安堵し、悲しくなった。
親不孝でごめんね、お母さん、お父さん。
兄さん、先に逝っちゃった駄目な妹でごめんね。
目からつうっと涙が流れた。私はそれを拭った。
子どもたちには見せられない。
根はいつの間にか消えていた。
「フェンネル、お風呂に入ろう。カレンデュラ、シオンの沐浴を手伝ってくれる?」
「うん」
「はい、とねりこさま」
私はシオンを抱き、フェンネルも抱き上げて、風呂場へ向かった。
まず、汚れた布オムツをお湯ですすいで干した。
それからシオンの服も洗った。
その間、カレンデュラがシオンの沐浴を手伝ってくれた。
フェンネルも、タオルを取ってくれたり、洗った服を運んでくれたりと、自分にできることを手伝ってくれていた。
乾いた服と布オムツを持って戻ると、シオンの体をタオルで拭いた。
女神様から授かった知識を頼りに、なんとか布オムツを当てて服を着せた。
シオンは温かいお湯で落ち着いたのか、すぅすぅと眠っていた。
「一番小さいベッドに寝かせてあげてくれる?」
「はい、とねりこさま」
それが終わると、私は自分の衣と、フェンネルの服や下着を洗った。
洗濯物が乾くのを待つ間、フェンネルと一緒にお風呂に入った。
フェンネルはお風呂の中でも私に抱きつき、ぐずっていた。
脱衣所を出ると、カレンデュラとグラネイトが洗濯物を取り込んでくれていた。
おかげですぐに着替えることができた。
自分の衣もきれいになり、ようやく一息つけた。
フェンネルもパンツとシャツ、寝間着を着て、私に抱きついてきた。
ぐぅ、と小さなお腹が鳴った。
さぁ、夜の食事の準備をしなければ──
トネリコが困りごとを喋ると、相変わらず見守ってくれているのか女神様が使い魔シルクスパイダーをよこしました。
トネリコもビビります、一応女性ですから、愛嬌がたっぷりあっても蜘蛛ですから。
でも服の心配とかはなくなりましたね。
そしてフェンネルはやはりぐずっています、まだ受け止め切れていないのが理由でしょう。
そんなフェンネルをトネリコは否定せず受け入れています。
またトネリコも過去の自分が死んだ時悲しんだ人は居たのかと思うと女神の計らいで、自分の死後の家族などの光景を目にします。
そこで嘆かれる価値があったと同時に罪悪感を抱きます、トネリコも色々あって自己肯定が低いんですよね。ブラック企業で働いてたから尚更。
次回は夜の食事から始まります。
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