玄室の咆哮、鉄喰の凶獣
ズズズ、と大地を割るような重低音が玄室の奥から響き渡った。
次の瞬間、三丈の高さを誇る漆黒の石扉が、内側からの凄まじい衝撃によって紙風船のように吹き飛ばされた。巨岩の破片が地下水脈の水面を叩き割り、水飛沫と濃密な硫黄の黒煙が視界を覆い尽くす。
噴き出す黒煙を切り裂いて姿を現したのは、神代の昔より語り継がれる悪夢そのものであった。
全長三十丈を優に超える巨大な多足の影。節ごとに重なり合う外殻は、数千年もの間、蹈鞴の鉄滓と黄泉の瘴気を喰らい続けたことで黒鉄そのものへと変貌し、無数の刃のように鋭利な光を放っている。岩盤に突き立てられる百余りの鉄の鉤足が、ジャリ、ジャリと硬質な音を立てて火花を散らし、頭部には大木すら一噛みで両断する巨大な鋏状の大顎が備わっていた。
金喰い大百足。鉱脈を食い荒らし、黄泉の門を守護する太古の凶獣であった。
怪物の頭部にある八つの複眼が血のように赤く輝き、侵入者であるアルスと銀華を捉えた。
ギシャアアアアと鼓膜を劈く金切り声を上げ、怪物は巨体に見合わぬ恐るべき速度で突進してきた。鉄の鉤足が洞窟の壁と床を削り取り、巻き上げられた岩屑が散弾となって降り注ぐ。
『来ます』
アルスは大太刀を中段に構え、つま先に体重を乗せた。
正面から迫る巨大な鉄の大顎。まともに衝突すれば、全身の骨が粉々に砕け散る質量と運動エネルギー。アルスは激突の寸前、わずかに身体を沈めて大太刀の峰を怪物の大顎の側面に滑り込ませた。
キィィィンと耳を刺す金属の摩擦音が鳴り響く。
父アルダシールから徹底的に叩き込まれた受け流しの技法。怪物の強大な突進力を大太刀の傾斜で受け流し、その勢いを利用して自らの身体を左斜め後方へと弾き飛ばした。
足場の悪い濡れた岩場に滑らかに着地したアルスは、すかさず踏み込み、怪物の無防備な胴の節へ向けて大太刀を真一文字に薙ぎ払った。
渾身の剛力を込めた一撃。だが、刀身が外殻に触れた瞬間、カンと甲高い打撃音が響き、アルスの両腕に痺れるような反動が跳ね返ってきた。
鋼鉄を遥かに凌駕する神代の鉄殻。アルスの剛腕をもってしても、硬質化した装甲の表面に白い筋を一つ刻んだに過ぎなかった。
怪物は痛みを感じる様子もなく、長い巨体を鞭のようにしならせ、鉄の尾をアルス目掛けて薙ぎ払ってきた。
『アルス、下がりなさい』
頭上から響いた銀華の凛とした声とともに、空気を切り裂く冷気が降り注いだ。
宙に舞い上がった銀華の背後から、純白の霊気を纏った九本の巨大な尾が扇状に展開していた。黄金に輝く双眸が怪物を見下ろし、白き袖が一閃される。
『千年の鉄を喰らおうと、所詮は地に這う蟲。神気の炎に焼かれ、原初の土へと還るがいい』
銀華の両手から放たれたのは、熱を持たぬ白銀の霊炎であった。
渦を巻く白炎が滝のように降り注ぎ、怪物の巨体を頭から尾の先まで完全に包み込んだ。触れたものを瞬時に凍てつかせ、分子の結合を根底から破壊する絶対零度の神罰の炎。
怪物は身を捩って苦悶の絶叫を上げた。
数千年かけて肉体と癒着していた黒鉄の外殻が、極度の冷却によって急激に脆化し、パキパキと音を立てて亀裂を走らせていく。表面の鉄殻が次々と剥がれ落ち、その装甲の割れ目から、赤黒く脈打つ巨大な霊核が露わになった。黄泉の瘴気が凝縮した、怪物の命脈そのものであった。
『今だよ、アルス。あの核を両断しなさい』
『はい』
アルスは深く息を吸い込み、全身の血脈を沸騰させた。
胸の奥底に眠る古代の生命力が、両腕を通じて大太刀の刀身へと注ぎ込まれる。白刃が黄金の輝きを放ち、周囲の闇を昼間のように照らし出した。
アルスは岩盤を強く蹴り上げ、剥き出しになった怪物の胸元へ向けて一直線に跳躍した。
若き鬼の放つ黄金の刃が、白銀の神火に照らされた暗闇の中で、一筋の閃光となって振り下ろされようとしていた。




