炉底の浄化、玄室の門
青白い光の縄が幾重にも交差し、洞内の闇を昼間のように照らし出していた。
動きを封じられた亡者たちが、鉱石と化した喉を震わせて低く唸り声を上げている。赤く濁った眼球には生前の感情は宿っておらず、ただ黄泉の瘴気に突き動かされる破壊の衝動だけが渦巻いていた。
『アルス、一気に終わらせるよ。長く留まれば、この洞穴を満たす穢れがあんたの生気まで蝕みかねない』
空中に浮かぶ銀華が白い衣の袖を翻し、霊光の縄をさらに強く締め上げた。
『はい、銀華姉ちゃん』
アルスは低く構え、濡れた岩肌を滑らかに蹴った。
足音は立たない。全身の関節を柔軟に連動させ、最小限の動きで一体目の亡者の懐へ滑り込む。突き出された鉱石の爪を首をわずかに傾けてかわし、右の手刀を躊躇なく胸元の黒い結晶へと打ち込んだ。
黄金の気が皮膚を透過し、核の深奥を直接揺さぶる。
硬質な破砕音が反響し、黒い煙が立ち上ると同時に、亡者の身体から力が抜けていく。崩れ落ちる肉体を受け止めることなく、アルスはすでに二体目、三体目の亡者の死角へと回り込んでいた。
右から左へ、流れるような円運動を描きながら手刀が閃く。
力で叩き割るのではなく、凝縮された生命の気を針のように撃ち込むことで、悪意の結び目を解き放っていく。一つ、また一つと呪核が砕かれるたびに、洞内に満ちていた鉄錆の悪臭が薄れ、代わりに雨上がりの森のような清冽な気配が広がっていった。
十数体に及ぶ亡者たちが、ことごとく清らかな灰となって足元に散った。
灰の山から無数の小さな光の粒が立ち昇り、暗い天井を淡く照らしながら、導かれるように地上の方角へと消え去っていく。数百年もの間、暗黒の地底で鉄を打ち続けさせられていた古代の鉱夫たちの魂が、ようやく永い苦痛から解き放たれた瞬間であった。
『これで、この炉の亡霊たちはお終いだね』
銀華がふわりと足元へ舞い降り、白き衣の裾を払った。
二人は静まり返った空洞の中央、巨石で組まれた巨大な蹈鞴炉の足元へと歩み寄った。
炉の胴回りは大木十本を束ねたほどに太く、積み上げられた黒い巨石の表面には、長年の高熱によって焼き固められた鉄滓が幾重にも層を成してこびりついていた。その最底部、かつて灼熱の鉄が流れ出ていたはずの排出口の前に、直径一丈あまりの巨大な黒鉄の円盤が地面に埋め込まれていた。
円盤の表面には、同心円を描くように無数の神代文字と幾何学模様が深く刻まれている。
アルスは膝をつき、冷たい鉄の円盤に素手を当てた。
指先を滑らせると、文字の刻み目から微かな霊気の脈動が伝わってくる。頭の中に、かつてこの地で繰り広げられた太古の記憶が断片的な情景となって流れ込んできた。
『銀華姉ちゃん、この文字が読めます。この炉は、ただ鉄を溶かすための場所じゃなかった』
アルスが眉を寄せ、円盤の刻印をなぞりながら言った。
『どういうことだい』
『地上の火と砂鉄だけでは作れない、神をも殺しうる絶対の刃を鍛えるために、大地の底に眠る黄泉の国の瘴気を火床へ引き込む装置として作られたと記されています。この円盤は、その瘴気の流量を調節し、地下深くの玄室と炉を繋ぐ扉そのものです』
『神代の鍛冶師たちも、恐ろしい業に手を出したものだね。人の欲望は、昔も今も変わらないというわけか』
銀華が呆れたように息を吐いた。
『どうしますか、開けますか』
『ここまで来て退く選択肢はないよ。出雲の深奥に眠る真実を確かめ、黄泉の穢れを完全に断ち切らねば、いずれこの瘴気が地上へ噴き出して国中を腐らせる。アルス、あんたの気と私の霊力をこの円盤の左右の極へ注ぎ込むんだ』
二人は円盤を挟んで向かい合い、それぞれ両手を鉄肌へと押し当てた。
アルスの掌から純金の如き生命の気が迸り、銀華の手からは白銀の神気が脈打って流れ込む。二つの強大な力が円盤の溝を満たし、複雑に絡み合う神代文字が眩い光を放ち始めた。
ずずず、と地底の底が震え始めた。
数千年もの間、固く閉ざされていた黒鉄の円盤が、耳をつんざくような金属の擦れ合う音を立てて右へと回転を始めた。噛み合っていた巨石の歯車が噛み直され、円盤が二つに割れて左右の岩盤の中へと滑り込んでいく。
足元が完全に消失し、巨大な竪穴がぽっかりと口を開けた。
穴の底からは、ゴウゴウと激しく渦を巻く地下水脈の轟音が響き上がってきた。吹き上がってくる風は、これまでの洞内とは比較にならぬほどの冷気と、濃密な硫黄の臭気を孕んでいる。
『跳ぶよ、アルス』
『はい』
二人は躊躇することなく、漆黒の竪穴の中へと身を躍らせた。
銀華が張った神気の風に包まれ、落下速度を抑えながら数十丈の深淵を滑り降りていく。やがて視界が開け、激流が岩肌を噛む広大な地下河川の岸辺へと着地した。
黒い飛沫を上げて流れる地下水脈の向こう岸に、異様な威容を誇る古代の玄室がそびえ立っていた。
自然の巨岩をくり抜いて作られたその入口には、高さ三丈にも及ぶ二枚の漆黒の石扉が立ちはだかっている。扉の表面には、龍の如き八つの頭を持つ大蛇が大地を呑み込む姿が、緻密な浮き彫りとなって刻まれていた。
その石扉の隙間から、ドクン、ドクンと、地殻そのものが脈打つような重々しい鼓動が漏れ出ていた。
アルスは背中の大太刀の柄に手を伸ばし、全身の感覚を極限まで研ぎ澄ませた。父アルダシールから教わった戦士の直感が、扉の向こうに潜む存在の桁違いの危険度を告げていた。
その時であった。
グオオオオオと、空間の空気すべてを震わせる凄まじい咆哮が、玄室の奥から轟き渡った。
地下水脈の水面が激しく波打ち、天井から無数の岩の破片が雨のように降り注ぐ。太古の昔からこの地底の鉄と黄泉の瘴気を喰らい続け、神話の時代より封印されてきた異形の守護獣が、侵入者の気配を察知して完全に目覚めた合図であった。
『来たね。出雲の闇を守護する太古の怪物かい』
銀華の双眸が鋭く輝き、白き衣が激しい霊風に煽られて大きく膨らんだ。
アルスは大太刀の柄を固く握り締め、ゆっくりと刃を抜き放った。白刃が地下の暗闇の中で鈍い光を放ち、若き戦士は玄室の巨扉を見据えて身構えた。




