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アルダシールと銀華~千年の時空を駆ける鬼と狐の恋物語  作者: 秋津ネオ


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五つの命と賑やかな朝

 

 『ほらアナ、しっかり首に手を回してね。落ちちゃうよ』


『あーしゅ、たかい! たかいねえ!』


 十三歳を迎えて背丈も格段に伸び、肩幅もがっしりと頼もしくなったアルスは、背中に三歳になった長女のアナをおんぶしながら、弾んだ声で笑った。アナはアルスの首に小さな腕をぎゅっと巻きつけ、嬉しそうに足をバタつかせている。


 そのすぐ隣で、五歳になった次男のバルスが、大人でも持ち上げるのが困難な厚い丸太を両手で抱え込み、どん、と威勢よく土間に放り投げた。


『パパ! ぼく、この丸太一人で運べたよ!』


『おお、バルス。それは大人でも二人で運ぶような太い杉ではないか。見事な力だな』


 庭の作業場で手斧を振るっていたアルダシールは、手を止めて息子の快挙を叩えた。バルスは五歳にして並の大人を凌駕する体躯と筋力を備え始めており、その表情には誇らしげな笑みが満ちていた。


『ふふ、頼もしいお兄ちゃんたちですね。カルスも、お兄ちゃんたちの元気な声を聞いて喜んでいますよ』


 居間の柔らかい布団の上で、メイファが三男として生まれたばかりの赤ん坊を優しく抱き上げていた。


 アルス、バルスと続いて生まれた男の子ゆえに、アルダシールとメイファが「兄弟として互いを支え合って生きていけるように」と願って授けた名が、カルスだった。生後数ヶ月になるカルスは、二人の兄や姉のアナの声を聴くと、小さな手を可愛らしくあやすように動かすのだった。


 さらにメイファのお腹の中には、すでに五番目となる新しい命がすくすくと宿り始めている。まさに屋敷全体が、溢れんばかりの生命の気配と歓声で満ちていた。


 『よし、朝の薪拾いに行こうか。バルス、アナ、カルスのお世話はママに任せて、僕たちで森の入口まで小枝を探しに行こう』


『うん! ぼく、もっとおっきい木、もってくる!』


『あなも行く! お兄ちゃんと行く!』


 アナがアルスの背中から軽やかに跳び下り、兄ふたりの手にしっかりと掴まった。アルスは妹の小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩き出し、バルスは自分の腕の太さを確かめるように握り拳を作りながら先頭を歩いた。


 朝日が木々の隙間から爽やかに差し込む幣立の森の入口は、澄み切った清涼な空気に満ちていた。


 三人並んだ足音が落ち葉を踏み鳴らす中、頭上の大杉の枝がさわさわと揺れた。


『ハッハッハ! 朝から賑やかな小鬼どもじゃな』


 赤顔の天狗が豪快に笑いながら、大きな羽団扇を手にして枝の上から舞い下りてきた。天狗が軽く団扇を扇ぐと、心地よい山風が吹き抜け、地面に落ちていた乾いた小枝や松かさが、まるで意思を持ったかのように一箇所へとくるくると集まってきた。


『わあ! 天狗さん、すごい! 落ち葉の山ができた!』


 アナが小さな手を叩いて喜ぶと、天狗は嬉しそうに丸い鼻をひくつかせた。


『なに、これくらい朝飯前じゃ。アナの姫さん、この松かさを籠に入れてごらん』


『うん!』


 アナが小さな手で一生懸命に松かさを集める横で、バルスは天狗の目の前へ歩み寄り、小さな胸を張った。


『天狗さん、ぼくね、さっき一人で太い丸太運んだんだよ!』


『ほう、そいつは大したものだ。バルス坊やの腕力は、森の小熊など足元にも及ばんな。だが、力を誇るだけでなく、その力を妹や弟を守るために使うのだぞ』


『うん! バルス、みんなを守る強い鬼になる!』


 バルスが力強く頷く姿を、アルスは優しい眼差しで見つめていた。


 アナとバルスが松かさを竹籠に詰めて遊んでいる隙に、天狗はそっとアルスの傍らに寄り添い、低く落ち着いた声で話しかけた。


『アルス坊や、お前もすっかり良い男になったな。十三ともなれば、もう立派な若者じゃ』


『天狗さん、いつも僕たちを見守ってくれてありがとう。でも、なんだか今日は少し険しい顔をしているね』


 アルスが鋭く察して尋ねると、天狗は羽団扇で自身の顎を撫でながら、森の外角へ視線を向けた。


『うむ。実はな、この益城の聖域から少し離れた外の世界では、ヤマトの勢力がさらに強まり、古き村々や民が追いつめられているのじゃ。身寄りをなくした者や、理不尽な掟に苦しむ人々が、着実に増えておる』


(外の世界で、そんなにたくさんの人が泣いているんだ)


 アルスの胸の奥が、ぎゅっと熱く締め付けられた。


 自分がこの温かい家族とあやかしたちに囲まれて幸せに暮らしている裏側で、同じ日の本の下に住む人々が苦しんでいるという現実に、強い憤りと庇護欲が湧き上がってくるのだった。


『僕がもっともっと大きくなって、もっと強くなったら、そういう困っている人たちを助けてあげられるかな』


 アルスが澄み切った瞳で問いかけると、天狗は深く頷き、力強い手でアルスの肩を叩いた。


『ああ、お前ならきっとできる。お前の中に眠る強い力と優しい心は、いずれ世界を照らす光となるはずじゃ。だが、焦ることはない。今はここで家族を愛し、しっかりと大地に根を張るのだ』


『うん、分かった』


 アルスは自分の大きな手のひらを見つめ、静かに拳を握りしめた。外の世界への思いが、胸の中に確かな芽となって芽生えた瞬間だった。


 『お兄ちゃん! 籠がいっぱいになったよ!』


 アナの可愛らしい呼び声で、アルスは我に返った。振り返ると、バルスとアナが力を合わせて、溢れんばかりの松かさと小枝が詰まった竹籠を誇らしげに掲げていた。


『すごいじゃないか、ふたりとも。よし、パパとママが待つお家に帰ろう』


『お家に帰って、カルスにも見せてあげるの!』


 三人の兄弟は仲良く手をつなぎ、朝日の差し込む小道を元気に歩き出した。天狗は杉の木のてっぺんから、その背中を優しく見送っていた。


 屋敷へ戻ると、囲炉裏には香ばしい魚の焼ける匂いと、温かい汁物の湯気が立ち上っていた。


 アルダシールとメイファは、薪を抱えて元気に飛び込んできた子供たちを、溢れんばかりの笑顔で迎えた。


『パパ! ママ! 松かさいっぱい集めたよ!』


『アナも集めたの!』


『良く頑張ったね、みんな。さあ、手と顔を洗って、みんなで朝ご飯にしましょう』


 メイファが幼いカルスをあやしながら優しく声をかけ、アルダシールが子供たちの頭を一人ずつ抱き寄せるように撫でた。


 食卓を囲む四人の子供たちと、愛する妻。手狭になった囲炉裏端は、元気な笑い声と温かい熱気で満ち溢れていた。


 アルダシールは手斧を壁に立てかけ、頼もしく成長していくアルスやバルス、無邪気なアナやカルスたちの表情を一人ひとり愛おしそうに見つめた。


(みんな、本当に健やかに育ってくれた。アルスの瞳に宿る決意も、バルスの秘めた力も、この家族のぬくもりがあってこそ磨かれていくのだな)


 アルダシールは胸の奥に満ちる温かい情愛を噛み締めながら、囲炉裏の火に薪をそっと足した。


 父の温かい眼差しに見守られながら、十三歳のアルスは、妹のアナや弟のバルス、赤ん坊のカルスを愛おしそうに見つめ、手際よく汁物を椀に装ってやっていた。


 命の芽吹きが幾重にも重なる益城の聖域で、賑やかで幸福な朝が、今日も力強く開けていくのだった。


 


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