大きなお腹とお兄ちゃんたち
朝の光が庭一面に広がる中、かまどの脇に積まれた薪の山が低くなっていることに、真っ先に気づいたのはアルスだった。
「大変だ、薪が少なくなってる。ママが困っちゃうから、今のうちに集めておかなきゃ」
アルスが竹籠を手にして庭へ飛び出すと、縁側で木彫りの鹿をいじっていたバルスが耳をぴんと立てた。大好きなお兄ちゃんが何か面白いことを始めようとしているのを、幼い直感で察知したのだ。
「あぅ、あーしゅ! ぼくも!」
バルスは短く太い脚を懸命に動かし、おもちゃを放り出してアルスの後を追った。
「バルスも手伝ってくれるの? じゃあ、どっちがたくさん小枝を集められるか競走だよ」
アルスが笑いかけると、バルスは意味が分かったのか分かっていないのか、ニッと歯の生えそろわない口を開けて「しゃー!」と小さな勝ち鬨をあげた。
庭の奥や杉の木の根元には、昨夜の風で落ちた乾いた小枝や松かさがたくさん転がっていた。アルスは持ち前の素早さで、手頃な大きさの薪を次々と拾い上げ、手際よく竹籠に詰めていく。
一方のバルスも負けてはいなかった。まだおぼつかない足取りながら、自分の腕ほどもある太い小枝を見つけると、両手でがっしりと掴んで力任せに持ち上げた。幼い体に似合わない力強さで小枝を抱え、足元をしっかり踏みしめながら、アルスの持つ籠へ向かってよちよちと歩いていく。
「見て見て、あーしゅ! おおきい!」
「うわあ、バルスすごいな。そんなに太い枝を拾ってきたの? 力持ちだねえ」
アルスに頭を撫でられると、バルスは誇らしげに胸を張り、今度はさらに大きな枝を探して庭をキョロキョロと見回した。ふたりの兄弟は競い合うように、そして楽しそうにはしゃぎながら、あっという間に大きな竹籠をいっぱいにしてみせた。
そこへ、杉の香る居間から、大きなお腹をそっと支えたメイファが顔を出した。月満ちてふっくらと膨らんだお腹は、三人目の命がすくすくと育っている証だった。
「ふたりとも、朝から何をそんなに張り切っているのですか?」
母の声に振り返ったふたりは、顔を見合わせると同時に弾かれたように走り出した。
「ママ、見て! 僕とバルスで薪をいっぱい集めたよ!」
「あぅ! ぼく、おおきいのお!」
ふたりはメイファのもとへ競うように駆け寄ったが、母のお腹が大きいことをよく分かっているアルスは、寸前でバルスの服の首元をキュッと引っ張って立ち止まらせた。
「バルス、駄目だよ。ママのお腹にぶつかったら痛い痛いだからね」
「あぅ、たい? ごめんね」
バルスは目を丸くしたあと、申し訳なさそうに自分の小さな手でお腹をさする仕草をして見せた。メイファはその愛くるしいふたりの姿に笑みをこぼし、縁側にそっと腰を下ろすと、ふたりを両腕で抱き寄せた。
「ありがとう、ふたりとも。とても助かりましたわ。アルスもバルスも、本当に頼もしいお兄ちゃんですね」
母に褒められたふたりは、お互いの顔を見合わせてえへへと嬉しそうに笑った。
庭の日陰では、アルダシールが一人黙々と作業台に向かっていた。
手にしておるのは、良く研ぎ澄まされた鉋と、角を優しく丸め落とした無垢の杉材。三人目の我が子のために、新しい揺りかごを削り出しているところだった。
鉋を滑らせるたびに、さらさらと薄い木屑が舞い落ち、杉の香りが立ち上る。その作業の手を、アルダシールはふと止めた。
庭の境界あたり、杉の大木の陰から、真っ赤な顔をした天狗がひょっこりと顔を出していたからだ。
アルスが幼い頃、森で出会って仲良くなったというあやかしたち。最初、アルスが「山で天狗さんや大きな蛇さんに会ったよ」と無邪気に話したとき、アルダシールもメイファも半信半疑だった。だが、アルスが持ち帰る珍しい山果や清らかな湧き水、そして何よりアルスの身のこなしに山の気の妙が混ざっているのを見て、森の神々に見守られていることを察したのだった。
やがてヤマトの兵をアルスが追い払った頃から、あやかしたちは隠れるのをやめ、こうして庭先まで姿を見せるようになった。人間を警戒していた山の住人たちが、アルスという存在を通して、この家族を幣立の森の一員として受け入れた瞬間だった。
「天狗殿、そこにおられたか」
アルダシールが作業の手を止め、腰を落として頭を下げると、天狗は大団扇を肩に担ぎながら、ぬっと庭へ足を踏み入れた。
「ふむ、アルダシールよ。そう畏まられるな。わしらはアルス坊やとバルス坊やの笑顔が見たくて顔を出しておるだけじゃ。……それにしても、見事な削り痕じゃな。木の肌が滑らかで、手触りが優しい」
「生まれたばかりの肌は柔らかいですからね。少しのトゲも残せません」
「なるほどな。人の親の気遣いというものは、細やかなものじゃ」
天狗が感心したように団扇をそっと煽ると、作業台の上に溜まっていた細かい木屑がふわっと吹き飛んだ。
池のほうからは、水音を立てて巨大な白蛇が頭をもたげた。最初は巨大な姿に驚いたメイファも、今では「森の守り神様」として深く感謝し、朝一番の清らかな水を器に汲んで供えるのが日課になっている。
白蛇は静かに揺りかごの枠組みへ鼻先を寄せ、匂いを確かめるようにゆっくりと頭を揺らした。
「良い気が満ちておる。この揺りかごで眠る子は、心地よい夢を見よう」
「守り神様、いつも子供たちを見守ってくださり、ありがとうございます」
縁側からメイファが静かに深く頭を下げると、白蛇は満足そうに目を細め、静かに池のほうへと身を引いた。
昼下がり、暖かな日差しが差し込む縁側で、メイファが少し横になって身体を休めていた。
そこへ、足音を忍ばせたアルスとバルスが静かに近づいてきた。ふたりはメイファを起こさないように顔を見合わせ、両側からそっと大きなお腹へ顔を寄せた。
「赤ちゃん、聞こえる? 僕が一番目のお兄ちゃんだよ。お外にはね、お花も美味しい木の実もたくさんあるんだよ」
アルスが囁くように話しかけると、バルスも真似をして小さなお手手をメイファのお腹に当てた。
「あぅ、あかちゃん。あーしゅと、ぼく、まってるよ」
その瞬間、メイファのお腹が内側からぽこんと力強く跳ね返った。
「わあ! 動いた! バルス、聞こえた? 今、足で蹴ったよ!」
「あ! ぽこん! ぽこんした!」
ふたりは目を丸くして顔を見合わせ、声を押し殺しながら大はしゃぎした。メイファも目を覚まし、ふたりの頭を優しく撫でながら愛おしそうにお腹に手を添えた。
「赤ちゃんも、お兄ちゃんたちの声が聞こえて嬉しかったのですね。元気に会えるのを楽しみにしていますよ」
ふたりの小さなお兄ちゃんは、母のお腹に何度も優しく話しかけ、生まれてくる新しい家族に思いを馳せた。
屋根の最頂部では、九本の白い尾を秋の風になびかせた銀華が、膝を抱えて座っていた。
銀華は縁側で寄り添う家族の姿を静かに見下ろし、その温かな雰囲気を感じ取りながら、母親のような柔らかな笑みを浮かべた。
「本当に、あたたかくて良い家ね。アルスもバルスも、立派なお兄ちゃんになっていくわ。新しい命も、この家ならきっと幸せに包まれて育っていくわね」
銀華の静かな祈りが、優しく澄んだ風となって幣立の森を吹き抜けていく。
愛する家族の笑い声と、手作りの揺りかごを刻む心地よい音が重なり合いながら、穏やかな秋のひとときがどこまでも優しく流れていった。




