第9話:氷が溶けるとき
黄金の光と純白の冷気が完璧な調和を奏でながら、古き遺跡の隅々まで行き渡っていきます。
私とアルカイド様が重ねた手から放たれたその圧倒的な聖なる輝きは、狂暴化していた古代の魔獣を優しく包み込みました。魔獣の真っ赤に血走っていた瞳から次第に凶気が消え、やがてそれは美しい大地の粒子となって、静かに土へと還っていったのです。
空間を汚染していた異音と地鳴りが止み、静寂が戻った遺跡の中に、眩い光の余韻だけが優しく揺らめいていました。
「……信じられん……。あの魔獣を、一瞬で……。いや、それ以前に何だあの膨大な魔力は。魔力ゼロの役立たずのくせに、なぜそんな神の如き力を持っているんだ!」
床にへたり込んだままのジュリアンが、髪を振り乱して絶叫しました。
その隣で、エレノア様はただただ震え、あまりの現実離れした光景に声も出せないようでした。
アルカイド様は私を抱きしめていた腕をゆっくりと緩め、冷徹極まる銀色の瞳を彼らへと向けました。
「ジュリアン・ヴァン・ローゼンブラウ。そしてエレノア・フォン・セレスティア。我がヴァルハイト公爵家の未来の主を謀略に嵌め、国家禁忌の魔導兵器を暴走させて王都を危機に晒した罪、その身を以て償ってもらう」
「ひ、ひぃっ……!」
ジュリアンは完全に戦意を喪失し、その場に平伏しました。エレノア様も涙を流しながら床に崩れ落ちます。
その後、置き手紙を読んだレイラが通報し、遅れて駆けつけたヴァルハイト公爵家の私兵たちによって、二人はその場で拘束されました。実家であるローゼンブラウ伯爵家も、この件による魔導兵器の違法開発が白日の下に晒され、取り潰しは免れないでしょう。私を苦しめた過去の因縁は、こうして完全に決着がついたのです。
事件の処理を部下に任せ、アルカイド様は私を連れて、遺跡の裏手に広がる精霊の森の開けた場所へと移動しました。
夜空には満天の星が輝き、私たちの足元では、ガイアの祝福を受けた草花がかすかに黄金の光を放っています。
「エルリア」
アルカイド様が私の前に立ち、私の両手を優しく包み込みました。
「お怪我はありませんか、アルカイド様。私の力が間に合って、本当によかった……」
私が微笑むと、彼は切なそうに眉をひそめ、私の手を自身の胸へと強く押し当てました。
そこからは、トクン、トクンと激しい鼓動が伝わってきます。
「怪我などどうでもいい。私が恐ろしかったのは、お前を失うことだけだ……」
彼の声は、社交界の誰もが恐れる黒狼公爵のものとは思えないほど、微かに震えていました。
「エルリア。私はあの日、お前の特別な力を求めて契約を結んだ。それは事実だ。だが、お前と過ごす日々の中で、お前の真面目で、芯が強くて、誰よりも温かい心に触れ……私はいつの間にか、呪いを解くためではなく、ただお前という一人の女性を心の底から愛してしまっていたのだ」
凍てつくような銀色の瞳に、今、私への狂おしいほどの情愛と独占欲、そして不器用な誠実さが溢れていました。
「私はもう、お前を契約の檻に縛り付けたくはない。お前は自由だ。実家の脅威も消えた。私の呪いを抑える義務もない。……だが、それでも、一人の男として乞わせてほしい。私の妻になってくれないか。生涯をかけて、お前を愛し、守り抜くと誓う」
「アルカイド様……」
私の目から、ぽろぽろと涙が溢れ出しました。
無能と蔑まれていた私を見つけ、手を引き、居場所をくれた人。打算の契約から始まった関係だったとしても、私の心はとっくに、この不器用で優しい私の公爵様に捧げられていたのです。
「私も、アルカイド様を愛しております。契約としてではなく、あなた様の妻として、ずっとお隣にいさせてください」
私が答えると、アルカイド様は今までに見たこともないような、子供のように眩しい、美しい笑顔を浮かべました。そして、私の身体を引き寄せ、優しく、けれど深く、私たちの愛を確かめ合う口づけを交わしたのです。
冬のように冷たかった彼の心が、大地の温もりによって完全に溶けた、忘れられない夜となりました。










