第10話:守護の乙女と黒狼の至福
あの激動の遺跡事件から数ヶ月の月日が流れ、王都ルミナスにはうららかな春の光が降り注いでいました。
私を呼び出し、魔導兵器の実験体にしようとした義兄ジュリアンとエレノア様には、国家反逆罪および禁忌兵器の違法開発・暴走の罪により、爵位剥奪と辺境への永久追放という厳罰が下されました。これに伴い、違法な研究を黙認していた私の実家であるローゼンブラウ伯爵家は完全に潰え、父もまたすべての財産を失って失脚しました。
かつて私を「無能」と呼び、埃っぽい離れに閉じ込めていた実家との因縁は、こうして名実ともに完全に断ち切られたのです。
今の私には、帰るべき本当の場所があります。
「お嬢様! いえ、本日からは公爵夫人閣下とお呼びしなければなりませんね。本当に、本当にお美しいですわ……!」
ヴァルハイト公爵邸の鏡の前で、レイラが嬉し涙をボロボロと流しながら、私のウェディングドレスの裾を丁寧に整えてくれました。
純白のシルクに、ガイアの精霊たちの祝福を受けた大地の黄金の刺繍が施されたドレス。胸元には、アルカイド様の瞳と同じ、澄んだ輝きを放つ最高級の銀晶石が飾られています。
「ありがとう、レイラ。あなたがずっと私を支えてくれたから、私は今日という日を迎えられたのよ」
私が鏡の中の自分に向かって微笑むと、控え室の扉が静かに開きました。
そこに立っていたのは、純白の礼服を身にまとったアルカイド様でした。
いつもは冷徹な黒狼公爵として恐れられる彼ですが、今日のその銀色の瞳には、とろけるような深い愛おしさだけが宿っています。彼は私を一目見るなり、息を呑んでその場に立ち尽くしてしまいました。
「……エルリア。あまりの美しさに、言葉を失ってしまった。お前を私の妻として迎えられる私は、世界で最も果報者だな」
「アルカイド様もお似合いですわ。少し照れくさいですが……とても嬉しいです」
彼が差し出してくださった大きな手に、私はそっと自分の手を重ねました。あの日、夜会で初めて触れ合った時の冷たさはもうどこにもなく、今では私を安心させてくれる、確かな熱が伝わってきます。
大聖堂の扉が開くと、鳴り響く祝福の鐘の音と共に、割れんばかりの歓声が私たちを包み込みました。
かつて私を無能令嬢と嘲笑った社交界の貴族たちは、今や畏怖と羨望の眼差しで私たちを見上げています。人間の作った測定器では測れない最上位精霊ガイアの加護を持つ聖なる乙女と、国最強の魔力を持つヴァルハイト公爵の婚姻は、王国の新たな繁栄の象徴として国中から祝福されていたのです。
神前で誓いの言葉を交わし、私たちが優しく口づけを交わすと、王都の空に、純金の光の粒子と澄み切った氷の結晶が舞い上がりました。それは私たちの魔力が完璧に調和し、世界を祝福している証でした。
その日の夜、盛大な披露宴を終えた私たちは、公爵邸の静かなバルコニーで、二人きりで夜風に当たっていました。
「アルカイド様。私たちの出会いは、打算の『契約』から始まりましたわね」
私が夜空を見上げながら呟くと、アルカイド様は背後から私の腰に腕を回し、その広い胸に私をそっと引き寄せました。
「ああ、そうだ。お前の抑止力としての力を求め、私の呪いを抑えるための盾としてお前を呼んだ。……だが、今ではお前がいない人生など、想像することもできない」
アルカイド様は私の首筋に愛おしそうに顔を埋め、低く心地よい声で囁き続けます。
「私の内に渦巻く冷気は、お前の温もりによって完全に満たされた。エルリア、お前は私の呪いを解いたのではない。私の心を、魂を救ってくれたのだ。一生をかけて、お前を幸せにすると誓う」
「私も、あなたと共に歩めることが何よりの幸福です。これからは契約ではなく、生涯の伴侶として、あなたの隣で共に生きてまいりますわ」
見上げれば、満天の星々が私たちの未来を祝福するように瞬いています。
無能と呼ばれ、すべてを諦めていた伯爵令嬢の物語は、ここでめでたく幕を閉じます。けれど、私と、私を心から愛してくれる愛おしい黒狼公爵との「本当の物語」は、この輝かしい春の日から、新しく始まっていくのです。










